姉弟修行中

 四陽よっかの休養を兼ねた視察を終えて、一行は五陽目いつかめの朝にスーア・メジンを発つ。

 プルスにはクラインから魔法院製の遠話器が渡され、今後は密に連絡を取り合いつつの統治が為される。こういう時の為に魔法院から幾つかの遠話器がクラインに渡されており、彼の裁量に任されている。遠話器の拡散には配慮が必要だが、遠隔統治のような場合にこそ真価を発揮する遠話器。使わない手はない。


 それとは別に昨夜、トゥリオとフィノにもカイのお手製遠話器が渡された。

 新しい物好きのフィノは涙を流さんばかりに喜んだ。目をキラキラさせながら頬ずりした後には、一緒に手渡されたコードリストと首っ引きでリングで括られたコードタブに自分だけ解る目印を付けている。横から覗くと、真剣な顔をした彼女はタブの裏に簡単なイラストを描いていた。デフォルメされた顔のイラストだが、それは特徴を捉えていてカイとチャムを爆笑させる。照れて真っ赤になりながらも彼女は作業を続けている。


「おい、良いのか?」

 トゥリオは眉根に皺を寄せて訊いてくる。今の立場がどうあれ、彼の意識はフリギア寄りにある。家族の住むフリギア王国の利益を捨てられないのが本音だ。それがホルツレインの不利益にならないとは限らないと思っている。それ故のこの台詞だろう。

「構わないよ。ホルツレインの要人だって馬鹿じゃない。君の前でどうしても秘密にしなければならない事を口にしたりはしないさ。それは僕に対してだってそうだよ。教えてもらえない機密なんてごまんと有るだろうね」

「そんなものか。アルバート陛下はお前には何でも話しているのかと思ってた」

「さすがにそれは無いよ。僕のほうからカマをかけて引き出す事は時々有るけどね。それは他では絶対に口にしないから気にしなくていい。そもそも秘密の無い国なんて恐ろしくて仕方ないじゃないか。君は相手が親友だからこそ打ち明けた秘密を言いふらされていたら関係が壊れると思わないかい? 国だって似たようなものだよ。そんないつ壊れてもおかしくない国になんか住めたものじゃないと思わない?」

 軽く言っているが内容は怖ろしく重い。

「確かにな。秘密って言うのは絆にも枷にもなるな」

「そうい事。だから君は違う意味で気を付けたほうが良い。機転の利く者ならむしろ君とフリギアの繋がりを利用しようって考える」

「あー、面倒臭ぇな! なんで国ってのはそんな面倒な事ばかりするんだ」

「それが自分達の幸せに繋がるって信じているからさ」

 大人になり切れない大人は髪を搔きむしるしかない。


(君の立場じゃ、それは出来て当たり前なんだけどね?)


 そうは思っても言葉にはしないカイだった。


   ◇      ◇      ◇


 トストスと草原に刺さるのは氷の槍というにはおこがましいくらいの20メック24cmの氷の針。生み出したのはセイナだ。それより長大な槍と呼べるくらいの物でも一本くらいは生み出せるのだが、今は複数生成及び制御の課題。


 馬車と騎馬の旅でも休憩は挟む。馬を休ませる為の休憩である。水を飲ませたり、塩を舐めさせたりして体力の回復を図る。対してセネル鳥せねるちょうは休憩時でもガッツリ食べる。積載能力の低さと、この燃費の悪さが彼らの欠点であろう。


 この休憩時間を利用してセイナは魔法の練習をしている。フィノからの指示通りの魔法を発現させるのが、その時々の課題だ。

 今回は3ルステン36m先の地面に氷の針を五本突き立てる事。一つの課題を反復練習させるのではなくその都度課題を変えるのは、イメージ力の向上を促す為だ。

 多角的に全体の能力底上げに配慮しているのである。フィノは優秀な魔法士であるが、魔法講師としても十二分に優秀だと言えよう。しかし彼女の本領が発揮されるのはあくまで実戦の中になるのは疑いようが無いが。


「お見事です、セイナ様。距離もほぼ指定通りですね」

「はい、ありがとうございます、先生」

 本数や大きさより距離を褒められるところが逆にセイナのプレッシャーになる。生み出した後の制御を求められているという意味だ。

「では次は本数を八本にして4ルステン48mの場所に」

「ひぅ」

 フィノが示す壁は高い。見上げて高さに動揺すれば魔法の制御は手を離れてしまう。必死に抑え込んで、セイナは構成を編み始める。


 馬車の反対側ではカンカンと木を打ち合う音が響く。ゼインは木製の短剣を一生懸命振るうが簡単にあしらわれている。それは仕方ない。相手はチャムなのだ。ブラックメダル冒険者に素人の技が届く筈も無い。届かないのは当然なのだが、自分で上達しているのか解らないのが辛い。


 ゼインがカイとチャムに護身の為の技術を教えてくれるよう頼んだのは神聖騎士の一件から。あの時、彼が不必要に動揺せねば切り抜けられたかもしれないという思いからだ。

 もし自分に最低限、身を守れるくらいの技量が有れば自信を持って冷静な対処が出来たとゼインは考えた。その為には鍛えなければならない。カイが自分に与えてくれた短剣に見合うくらいには。


「ほらほら、足が動いてないわよ。そんな手先で振ったんじゃ小枝だって斬り飛ばせないわ」

 さすがにチャムもゼイン相手では、動けていないからといって足を掛けて転ばせる訳にはいかない。本人が厳しさを求めていても他人の目がある。近衛騎士達が見ている前で王族を無様に這いつくばせると問題が有ろう。仕方ないので動けなくなれば手の届かない所まで距離を取って足を使わせる。

「は、はい……!」

 もう足元が覚束ない。疲れも限界にきているのだろう。昼下がりの休憩中だ。馬車移動中は腰掛けて休んでいるとは言え、朝、昼とチャムに振り回されて足の疲労が抜け切らないように見える。だがここのひと頑張りが明陽あすの上達に繋がる。だから彼女は更に引っ張り回すのだ。

「あっ!」

 ゼインが躓いて転ぶ。顔に泥が付き、はぁはぁと荒い呼吸を吐いているが目が死んでいない。肘を突いて必死に上体を持ち上げようとするが、力足らずに潰れる。それでも、腰に手を置いて待っているチャムから視線を外さない。男の顔をしている。それを彼女はとても好ましく思って、つい顔を綻ばせて近付き、腕を取って立ち上がらせた。


「よく動けるようになってきたわね。もうじき休憩は終わり。一陽いちにち付いて来れるくらいの体力が付いてきたのよ。ここからは少しずつ楽になってくるわ」

「本当……?」

「ええ、ちゃんと進歩しているのよ。安心なさい」

「よかっ……」

 グニャリと力が抜けて寝息を立て始める。ゼインは気を失うように眠ってしまった。チャムは抱き上げて馬車まで運び、エレノアの膝に横たえてやった。

「ありがとう、チャム。この子がこんなに頑張り屋さんだったなんて今まで思いもしなかったわ。あなた達のお陰ね」

「そんな事は無いわ。私達は手伝っているだけ。彼をそういう風に育てたのは貴女よ」

「そうなら嬉しいわ。男の子はカイみたいなとびきり優秀な子しか面倒を見たこと無かったから、ちょっと育てるのが不安だったの」

「私は経験無いから解らないけど、放っておいても男の子に育っていくものなのかもね」

「そうなのかしら」

 西方を代表する美女二人は「うふふ」と笑い合う。


 セイナはクラインにもたれ掛かり、ゼインはそのままエレノアの膝で眠り続けている。リドもゼインの胸元で大切なものを守るように、しがみ付いて眠っている。

「疲れ切っちゃってますね」

 並走するパープルの上で伸び上がって様子を窺うカイ。

「ちょっと厳しくないか?」

「チャムは優しいですよ。クライン様のお師匠ほど厳しくないでしょう?」

「う、あの女性ひとは……、な」


 母親ニケアを思い浮かべ、返す言葉の無いクラインだった。

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