暗躍する者(3)
聖堂に集まった皆が跪き、大司教の話に聞き入っている。トルテスキンはその中に見慣れてきた黒髪の使者の姿を認めて安堵する。ハンザビーク侯爵に十分な献金をして出座を願い、それは適ったものの肝心の使者に連絡する手段が無いのに気付いた。
三
接触し易いよう外回り説法を増やして、積極的に外に出るようにしていたら、
「待ちわびておったぞ。遅いではないか」
説法終了後に珍しく笑顔で皆を見送っていると、気配も感じさせず使者が近付いてくる。トルテスキンにはまさに専門家の身のこなしに見えた。
「おまたせしてしまいましたか。申し訳ございません、猊下」
「無論だ。侯爵閣下ほどのお方を招くとなれば、期日の調整は困難を極める。無駄足を踏ませては申し開きが出来んではないか?」
「三
「む、そうだったか」
使者のほうでも情報収集に余念が無かったようで、無駄にやきもきしていた己の不明を恥じる。
「やはり猊下にお願い致して正解でしたね。こんなに簡単に事が進むとは思ってもございませんでした。この愚か者をお笑いください」
「そう申すな。其の方の立場では出来る事に限りがあろう。主も酷な事を言うものよの。正しい人選をしたというのに」
へりくだった使者に気を良くしたトルテスキンは、彼の選択を褒める。それはつまり己が成果を誇るのに繋がっているのを強調するのも忘れない。
「下の者の苦労などこのようなものでございましょう。主は主で常に重大な決断を迫られてばかりなのですから、責める事など出来はしません」
「良い部下に恵まれたようだな」
主を立てるのも忘れない使者に、トルテスキンも感心してみせる。自分の部下もこんな人間ばかりなら苦労が減るものをと思う。彼の部下と来たら、神を賛美し四六時中祈りを捧げていれば実りが有ると勘違いしている。
信徒とは、神の教えを説き善行を積ませれば、つまり多くの寄付をさせれば魂は救われると思い込まさせなければならない。そんな事も解らず、奉仕の精神ばかりを肥大させたところで教会の懐は潤わないのだ。
教会に力が無ければ神の教えを広め、より多くの者を救う事も出来ない。それが肝要なのだと、彼は心から思っている。
「書状は
もったいぶってトルテスキンは伝えた。
「本当でごさいますか? それは望外の栄誉にございます。猊下には感謝の言葉もございません。この上は、我が主の意志を正確に伝えるべく、言葉を尽くさねばなりませんね」
「程々にしておけよ。閣下もお忙しい身の上であるからな」
(問題有りません。彼には消えてもらいますから、その後の事に配慮など必要ありませんよ)
黒髪の使者は心の中で舌を出す。
「猊下もその場にご出座いただけるのですよね?」
「無論。今の予定ではブルキナシム枢機卿の出座も予定している。その他、多くの教会関係者も参列するぞ。その意味解っておろうな? それがアトラシア教会の意思だと知ってもらわねばならん」
「ええ、主には十二分に伝えさせていただきます」
トルテスキンが一番望んでいるであろう言葉を渡しておく。
アトラシア教会は、帝国に対して含意が無いと示したいのだ。トルテスキンの思惑は別としても、その姿勢を提示していたかどうかが、帝国が今後も拡大政策を続けた時に大きな意味を持つのである。
「王国と教会の選択は将来に大きな変化を及ぼす事になるでしょう」
「うむ、頼むぞ」
使者は最後にこれだけは腹蔵無い言葉を紡いだ。
◇ ◇ ◇
三
その
「秘匿性の高い依頼で来たの。解るでしょう?」
彼女は隠しから徽章を取り出してそっと見せ、その中央の黒いメダルを明示する。高ランク冒険者が秘密の依頼を遂行する為に、顔と身分を隠して街門をくぐりたいと言っているのだ。
「むう、仕方あるまい。間違っても騒ぎは起こすな?」
「感謝するわ」
門衛をしていれば、こんな状況には少なからず遭遇する。こういった場合、あまり通過を渋って報告など上げようものなら、逆に叱責を受ける事の方が多い。それなりの身分の者の依頼である場合がほとんどだからだ。手順としては止めるほうが正解なのに、そこから圧力が掛かって結局は通す事になる。抵抗するだけ無駄だと言える。
門衛は渋い顔を周囲に見せつつも、彼女がそっと握らせた金貨を懐に入れ、素知らぬ顔で次の検分に移っていく。
◇ ◇ ◇
中央広場には大勢の市民が詰め掛けている。
そんな中、フードの男女が混ざっていれば当然警戒の目を引いてしまうのだが、使者の姿をいち早く見つけたトルテスキン大司教の指示で彼らが誰何を受ける事など無かった。
台上にブルキナシム枢機卿が姿を現し、
民衆からはどよめきが上がり、続いてハンザビーク侯爵が台上に歩を進めると、万雷の拍手が彼を迎える。ハンザビーク侯爵が両手を前に、抑えるようジェスチャーを送るとその拍手や歓声も徐々に収まっていった。
「ご声援をありがとうございます。
教会関係者から控え目な拍手が上がり、それに侯爵が頷き返す事で民衆にその繋がりの深さを印象付けようとする。
「我がメナスフット王国の発展の為には、この信仰こそが要石。神の教えの下に我らは等しく平和の道を歩んでいけるものと信じています。そして同じ祈りの
彼は両手を掲げて賛同を得ようとする。
だが、湧き上がる民衆の中からフードの男が進み出た事で状況は一変する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます