魔闘拳士の暴露
演説台前に歩み出てくる人物を見て、トルテスキン大司教は追い払うような仕草を繰り返す。
「こ、これ、待て! 時間なら後に設ける。今は大人しく聞いておけ」
声を抑えて留めようとするが、男は止まらなかった。
「ご高説痛み入りますが、貴方のような存在に掻き回されるのは不快ですねぇ」
「此奴を招き入れたのはトルテスキン猊下ですかな? 国家転覆罪の手配犯を」
「なんですと!?」
目深に被ったフードから僅かにのぞく容貌と身に着けた装備品から、間近に居るハンザビークには見て取れたのだ。
「ええ、猊下には大変お世話になりましたよ。お陰でこうして再びお目に掛かれました」
そう言い放った男はフードをかなぐり捨て、その顔を
「なっ! き、き、貴様ぁー! 魔闘拳士ー! なぜこのようなところに!」
その声は教会関係者の列から放たれた。そこにはファーガスン大司教とフォルディート大司教の姿が在る。彼に煮え湯を飲まされた二人は指を突き付けて騒がしく吠えたてている。
「この神敵めが!」
「よくぞのこのこと臆面も無く顔を見せられたものだな!」
「おや、まだその列に並べる地位に居られたのですね? とうに失脚なさったかと思っていましたのに」
「全部、貴様の所為だー!」
両手の平を上にして肩を竦めてカイは言うが、目くじらを立てて憤激やる方無い様子だ。
「魔闘拳士、だと?」
「そう呼ばれる事が多いですね、不本意ながら」
驚愕に固まっているトルテスキンではなく、ハンザビークのほうが問い掛けてくる。
「西方の英雄殿が私に何か用かな?」
「それは貴方が一番よくご存じでしょう?」
「お前……、お前は帝国の使者ではなかったのか?」
ようやく我に返ったトルテスキンが指差すと、カイは何でもない事のように答える。
「あんなもの、全部嘘に決まっていますよ。これを引き摺り出す為のね。マルチガントレット!
一気に台上に跳び上がって、ハンザビークの背後に降り立つと侯爵の首に右腕を掛け、左腕を後ろに捻り上げる。それを見た護衛の騎士や神聖騎士が動こうとするが、これ見よがしに拘束した侯爵の姿を見せつけられると自重した。そんな中、新たに民衆から駆け出た三人もフード付きローブを投げ捨てて演説台に接近する。
「そのままよ!」
青髪を翻した女剣士が叫ぶと、剣身に魔法文字を浮き立たせた剣を振り翳して迫り、ひと息に振り切る。身を捩って躱そうとした為にその刃は掠っただけに留まったが、それで十分に目的は達せる。
「ぐううっ!」
ハンザビーク侯爵は苦しげに眉根を寄せ震えると、その色彩が剥がれて消えていく。奇妙な表現に思えるかもしれないが、見ている誰もがその様をそうとしか表現出来ないのは間違いない。
肌の色も髪の色も、衣服さえも粒子となって消え散っていく様は異様の一言だ。その下から現れたのは闇そのものに見える。光を全く反射しない紛う事無き影の人型。その姿は誰の目にも禍々しい物に見えた。
「へぇ、これが本当の魔人の姿かぁ。なかなか不気味なもんだねえ」
カイは自分が組み付いている相手が晒す闇の肌に、感心した様子を見せている。
「そうよ。完全に人に化けていたけど、それが魔人の本来の姿」
「確かにこれじゃあ、そのまま人の間に潜む事なんか不可能だね」
その頃になって観衆たちも我に返り始める。口々に悲鳴を上げて逃げ惑うが、肝心なハンザビーク侯爵の正体の情報が遠くまでは伝わっていない為に、後ろの人間はその場に留まっていて皆が逃げ散る状態にはならない。それでも中心付近に居た者が「魔人が出た!」と騒げば情報だけは徐々に伝わっていく。結果、ざわざわとする観衆が遠巻きに輪になるという状態が現出してしまった。
「やるぞ、フィノ」
「はいですぅ!」
打合せ通りに二人は観衆の前に陣取って、戦いの余波で皆が傷付かないように構える。
神聖騎士達は教会関係者を守るように位置するが、護衛の騎士達はまだ衝撃から脱せないでいるようだ。何しろ彼らの警護の対象が変貌してしまったのでは、何を守り何と戦えば良いのか分からないのかもしれない。
「それで、本物のハンザビーク侯爵はどちらにいらっしゃるのですか?」
首に掛けた右腕の力を強めて問い詰める。
「そんなものは屋敷の庭でとうに土に還っておるわ」
「まあそうでしょうね。魔人が人間を生かしておく価値なんて見出せないでしょうから」
そのまま首をへし折ってやろうかと力を籠めると、急に物凄い力で抵抗してきて抜け出してしまった。人間の形態をとっているとは言え、折る首の骨が有るかどうかも疑わしい相手だ。密着している危険性を鑑みれば、そこで無理に抑え込んでいるのは愚に思えてカイも無理はしていない。
演説台から降りた魔人は、木製のそれに手を掛ける。危険を察したカイは咄嗟に飛び退いてチャムの前に位置取りする。魔人は片手で演説台を持ち上げると、地面に叩き付けて打ち壊してしまった。破片が周囲に飛び散り、各所から悲鳴が上がる。
「ほ、本当にあの魔人なのか、ハンザビーク侯爵!」
ブルキナシム枢機卿は未だに信じられないのか、相手が人間であるのかのように呼び掛ける。
「私がハンザビークだと名乗れば信じるのか?愚かなり、人の子どもよ。貴様らが栄える意味などどこにも無いわ!」
魔人は
「何をやっているんです? 貴方の相手は僕ですよ」
「がああ!」
言葉と共に迫る拳を転がって躱すと、魔人は一声吠えて跳び掛かってくる。
カイを襲う黒い拳はマルチガントレットに阻まれるが、その衝撃は突き抜けて来そうなほどの勢いで、受けた彼は軽く後ろに跳ねて逃がす。
足が後ろに摺り下がろうがその場に踏み止まるのも可能だろうが、そこまで全身に力を込めてしまうと次の挙動に移るのに一瞬の間が出来てしまう。
相手によっては決定的とは言わないまでも、優位に持ち込めるくらいの隙になってしまうので、カイはそれを嫌う。
「とてつもない力だよ、チャム。これはちょっと難物だね」
「正面から受けておいて、そんな事言うのはあなたくらいのものよ」
正直、普通ならば今の一撃で吹っ飛んでいたとしてもおかしくはない。そのくらい凄まじい衝撃音がしたのだ。それを、腕が痺れたのか振っている程度で済ませているのだから彼女も呆れてしまう。
聞いた範囲の伝承では魔人の防御力に関して多くが触れられていたが、その能力についてはあまり言及されていなかったのを思い出す。先ほど確認した、まるで道具を扱うように無挙動で魔法を放たれるのも十分厄介だが、物理攻撃力も決して侮れないのを思い知らされている。
破裂音がして、魔人の身体から黒い粒子が漂う。
「まるで効いている風が無いわね。やっぱり普通に斬り付けても無駄みたいだわ。この剣以外は」
盾を向けてプレスガンを放った姿勢でチャムが言う。どうやら命中はしたみたいだが、その結果があの漂う粒子という事だろう。触れられるとは言え、普通の物質で出来ている訳ではないのだろうとカイは理解した。
ならば決定力を持っているのはチャムだけという意味になる。彼の役目はその最後の一撃を入れるまでの補助だ。
カイは、魔人の素早い動きに対応する為にガードを上げて構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます