魔人の力
オリハルコン合金で
つまりカイの攻撃では何一つ失っていない。打ち合う事で魔人が疲労を覚えるのかを問えば、それも怪しげなものだ。そのまま打ち合い続ければ、先に体力が落ちてきてそこに付け込まれるのはカイのほうであろう。もっともそこまで付き合うつもりなど無い。やれる事は試していくのが彼のやり方だ。
普通に見て避けているようでは絶対に間に合わないような速度で顔面に右拳が迫ってくる。目を逸らさないまま僅かに首を傾げて躱すと、左腕を絡めて逆関節を決める。腕を折るのが本命ではない。それにどれだけ意味が有るか解らない状態で、そこに攻撃の終点を持っていくのは愚の骨頂だ。
絡めた腕を引き込むように身体を捻り、浮きかけた魔人の腹に膝を打ち込む。お互いに崩れた態勢での一撃に大きな効果は望めないが、魔人の身体を完全に浮かせる事に成功する。そのまま右手で首輪を仕掛け、振り回して路面に叩き付けた。
土魔法で固められた路面は、魔人の身体が落ちた衝撃で細かいひびが走る。相手が普通の人間ならそれだけで昏倒させられる筈だが、飛び退いたカイに遅れること数瞬で魔人も跳ね起きてくる。
「どれだけ強靭な身体をしているって言うんです?」
「ふん、貴様ら人の子が脆弱なだけだ」
「いえいえ、僕だって
カイはこの世界では身体強化魔法構成が常時起動しているので、全ての身体能力が5倍になっている。それは筋力はもちろん、魔力にも及んでいる。神経系を走る電気信号の速度は物理的に変化する事は有り得ないが、脳の処理速度も上がっているし、信号を受けてから筋肉が動作に入る反射速度も数倍に上がっている。力だけでなく反射神経も上がっているようなものだ。
そこへ更に彼は
実際にその場にいる者達は、ほとんどカイの動きを目で追えていない。チャムでもギリギリというところで、先ほどから隙を見て斬り込もうと虎視眈々と狙っているのに、彼女でさえ一瞬見失いかけてしまう有様では不用意に仕掛けられないでいる。
衝撃が風となってカイの顔を掠めていく。魔人が振り上げた前蹴りをステップバックして躱したつもりだったが、あまり距離的な余裕は無かったらしい。魔人の足が交互に跳ね上がってきて、躱すのが精一杯になってしまう。迫り来る膝や足を手で捌こうにも、その一撃に込められた力が段違いで、手ごと弾き飛ばされてしまうので数合で諦めた。
この足を絡め取ろうとすれば、一撃は被弾を覚悟しなければならない。果たしてそれに値するかどうか計算出来ないようでは、賭けに出る訳にもいかず後手に回ってしまう。
(攻め手に欠ける。でも、後退を考えなければならないほど圧倒されてもいない。さて、どうしたものかな?)
鋭い回し蹴りが空間を切り裂いていく。その足に後押しの拳打を入れて、慣性で魔人の身体を回転させる。低く飛び込もうと頭を下げたら、そこへ裏拳が迫ってきた。カイは顔を顰めて踏み込んだ足を蹴って頭を無理矢理引く。
ところが、裏拳を避け切った筈の彼の顔の横まで何かが迫ってきた。頭を跳ね上げて躱そうとしたが間に合わず、鼻面を衝撃が襲った。
慣性に身を任せて後ろに転がったカイだが、鼻先がパックリと裂け、更に受けた衝撃で鼻血も出て、血を撒き散らす事になった。
「カイっ!」
「
血を失い過ぎる危険を察して、すぐさま傷だけは癒したが何をされたか解らない。追い打ちを怖れて必要以上に転がり続け立ち上がって魔人のほうを見ると、腕そのものが鋭い剣に変化している。
「良くぞ躱したな」
「そんな裏技が有ったんですね? してやられました」
血だらけになってしまった口元を肩口の服でで拭いつつ、苦々しく言う。裏技は裏技。一度見た以上は同じ手は二度と食いたくはないのだが、いかんせん伸びた間合いはそれだけで意味を持つ。現実に魔人は、先に変化させていた右腕に続き、左腕も剣に変化させた。
ブンブンと唸りを上げて迫る両手の剣を躱し続ける状態に変化した。幸い、腕が伸びたりはしないようだ。変形は出来ても、容量に変化を必要とする攻撃までは無いようで少しホッとする。
(どうにも良くないな。突破口が見えない。やっぱり殴れば何とかなるとか言っちゃいけないみたいだね)
カイは心の中で舌を出した。
◇ ◇ ◇
チャムは前に出られない。激しく交錯するカイと魔人の動きが速過ぎて追える気がしないのだ。
(どこかで一撃入れなきゃ終わらないのに、付け入る隙が見えてこない。カイからはまだ切羽詰まった感じはしないけど、この人がそんな様子を私に見せるとも思えないし、どうすれば良いの? 下手に仕掛ければ足を引っ張りそうで怖い)
こうしてみると普段は彼が自分に合わせてくれているのだと痛感する。当然、いつも
(ダメよ。行けないと思ってしまうから行けなくなる。私はあそこに行くの! 絶対に!)
距離を詰め過ぎないように魔人の後ろに回り込もうと動く。魔人の目には白目も無いのでどこを見ているのかも分からないが、首の動きでこちらを気にしているのが解る。それは当然だろう。魔人を確実に滅せる武器を持っているのは自分のほうだ。
今はカイの相手で手一杯のようでも、チャムさえなんとかしてしまえば他に敵はいないと考えていても変ではない。つまり、彼女が動いていればそれだけで牽制になるはず。捕らえられてカイの邪魔をしないように気を付けながら、チャムは魔人を見据えて必死に足を動かす。
◇ ◇ ◇
カイの目から見てもほとんど隙が見えないのだが、チャムが諦めずに動き回ってくれているお陰で彼も多少は楽になっている。
剣の腹を叩いて払い踏み込もうとするが、今度は鋭い棘を生やした膝が打ち上ってきて出足を妨げられる。それは予想の範囲内だ。変形が可能だと頭に入れておけば、今の棘膝蹴りも、先の蹴りの途中に変化させてきた剣状の足も避けられる。そして払えるようになったのだ。手足であれば重過ぎて払えなかった攻撃も、剣状になって鋭さは増し受けるのは儘ならなくなっても、横から叩いて逸らせられるなら対処は出来る。
突いてきた左手を右の掌底で跳ね上げ、続いて伸びてくる右手は見切って躱し、肘裏を叩いて大きく弾くと、強引に踏み込んで固めた右拳を腹に叩き込もうとする。その時、ぞくりとする感触が背筋を走り、咄嗟に右腕を顔の前に持って行きガードする。すると、魔人の胸から棘が飛び出してきた。
一本はマルチガントレットを削るように伸びてカイのこめかみを掠める。そしてもう一本は
(しまった!)
魔人はカイの腹を踏みつけると両手の剣を振り下ろそうと構えている。彼は苦し紛れに左のマルチガントレットの
カイはゆっくりと立ち上がると口角を吊り上げて笑った。
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