闇に光
「えー、それはズルいなー」
カイは非難の目を向ける。失われた筈の両腕がスーッと伸びていき、一度手の形になるとまた剣に変形した。
「幾ら何でも今ので無傷じゃ困ってしまいますよ」
「きぃーさぁーまぁー」
意識を対峙する黒髪の青年に向け過ぎて決定的な隙を作らないようにしているが、声音は怒りを示している。じりじりと背後に回り込もうとするチャムを、剣を振って牽制するとカイにも剣を突き付けた。
口先で文句を言いながらも全く困った顔などしていない。それどころか、見つけたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべている。
事実、魔人は動揺している。これほど強い光属性の魔法を受けた試しなど無い。生み出された時に、過去の魔人の記憶情報を一部は受け継いでいるが、その中にもそんな情報は無かった。一撃で魔人の身体を消し飛ばすような光の魔法。それは決して侮れない。
「なるほど。じゃあ、こうですね」
カイはマルチガントレットの拳の上の膨らみに位置するスリットから
先ほどは空を向いていたから
その代りにカイにはまだ
「人の子なぞ物の数ではないと思っていたが、それは驕りだったようだな」
「まさか、ここから本気を出すとか言わないでくださいね?」
「違うな。手段を選ばんだけだ」
カイが発現させた魔法の威力を見て取った魔人は、この場を切り抜ける為に方針を切り替えると言う。
腕の剣に風を纏わりつかせると、大きく周りに振るう。すると、剣から数十にも及ぶ
「
急に攻撃対象になった民衆からは悲鳴が上がるが、そこには魔法対策を待機させているフィノが居る。彼女が張った防御膜に
一瞬に踏み込んできたカイの
「そこまで読んでいたか、貴様?」
「何をするか解らない相手を敵に回すんです。保険くらい掛けておくに決まっているでしょう?」
「私の正体を知っていたという事だな?」
「運良く対処も可能な専門家が仲間に居たんですよ。それなりの対策は打ってきています。もっとも、効きが悪いと聞いていた魔法の中にも、弱点が潜んでいたとは僥倖でしたけど?」
魔人の黒い
「魔闘拳士。貴様は何なのだ? 勇者の真似事か? 今以上の名誉を求めるか?」
「神の都合も、魔王の都合も知りません。人に仇なすものは全て排除対象です」
「それが勇者の真似事だと言っている」
「そう思いますか? 人に仇なす人も排除対象なのですよ? むしろやる事はそちら側に近いかもしれません」
言葉を交わすと同時に、光の刃と黒い剣も噛み合い続けている。全てをぶつけ合うかのように。
「それで何を得る。何の得にもならんのではないか?」
「僕の正義が納得するんですよ」
「それは子供の理屈だ。貴様など人の世では生きていられんぞ!」
人間社会に潜むだけあって人の事をそれなりに学んでいるらしい。言葉の操り方も堂に入っている。その駆け引きで動揺を誘おうとしているらしいが、その程度の言葉で揺らぐカイではない。
「それでも受け入れてくれる人は居るのですよ。ならば僕は全てを賭けられます」
「戯言だ」
「僕の生き様を酔狂と言うのは勝手ですけど、それでこの拳を止められると思うのは大間違いですよ?」
腰溜めから突き入れられる左拳は脅威でなくとも、そこから伸びている
◇ ◇ ◇
遠巻きに見つめる目には疑念が混じり始めている。
ホルツレインでの出来事は明確にも正確にも伝わってはこないが、サーガの英雄と呼ばれる人物を神敵とする噂は伝わってきている。漏れ聞こえてきたのか意図的に伝えられたのかは定かでないにしても、民衆の耳に入ってきているのは確かだ。
しかし、目の前で起きているこの事態は何だと言うのだろう。黒い影は間違いなく人類の敵である魔人。当然、神の敵でもある。その魔人と戦っているのが神敵とされる魔闘拳士であり、自分達を守っているのは魔闘拳士の仲間だ。
彼は果たして本当に神敵なのか? その疑問が民衆に投げ掛けられている。答えは間もなく出ようとしている。誰もがその結果を見逃してはいけないと感じているようだった。
◇ ◇ ◇
次々と振り下ろされる黒い剣が路面を削る。小刻みな歩幅で躱し、カウンターで光の刃を走らせれば、軋み音が鳴って弾かれる。魔人の素早さの基本にあるのは力技だ。攻撃にも防御にも流れは無いが、強引に振り回している。
風を斬って唸る刃がぶつかり合い、足は路面を蹴り付ける。足を止めれば連撃が襲い掛かり余計に動けなくなる為に、カイはずっと動き続けていた。
黒い剣を搔い潜って突きを放つが、その一撃は肩で僅かに粒子を散らすに終わる。至近の身体に右の剣が斬り下ろされ、それを左の
しかし、肩口から袈裟に斬られると思われた左の剣が瞬時に霧散する。そこには右のマルチガントレットが形成した
それは絶対的な好機に見えた。次の瞬間までは。目標を身体の中央に据えて、
それは躱せる距離とは思えなかったのだが、カイは敢えて腰を落とし、尻餅を突いてまで無理矢理躱す。態勢は目まぐるしく変わり、今度は魔人に圧倒的有利。再生した左手の剣と共に、前屈みに斬り下ろしてくる。
ところが、その正面にはカイが右腕を突き出していた。
首から上を失った魔人を見て、周囲から歓声が上がる。だが、それは力無く萎んでいった。魔人の首が再生され始めたからだ。
「終わったと思ったか? 愚か者め!」
完全に再生された頭が、侮蔑の言葉を吐く。
「いいえ、終わりましたよ」
「何? ぐほぁああっ!」
その胸の中央にはチャムの剣が生えていた。カイの数段構えの攻撃に耐え切ったと思った魔人は、その意識からチャムの存在が消えていたのだ。カイに圧し掛かった態勢は、決定的な隙だった。
魔人は全身から黒い粒子を散らしていき、その身体を徐々に失っていく。
魔人が滅ぼされた瞬間だった。
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