から騒ぎ
「やってくれたね、姉ぇ?」
「そ、そのね…。ちょ、ちょっとした出来心だったの。決して本気じゃ…」
「それを誰もが冗談で受け取ってくれると思う?」
彼女のそれも、体面を大事にする貴族の言葉だ。
「…いやねぇ、わたくしだって侯爵家のものよ? そんな風に結婚を決められる訳がないって分るでしょう?」
「これ、何だと思う?」
カイはエレノアの前にドサリと皮紙の束を突きつける。
「全部決闘、とはいかないまでも試合の申し込みだよ。どうすんの、これ?」
「あ ── …」
もちろん試合を断る事も出来ようが、それをやるとアセッドゴーン侯爵家の名が地に堕ちるだろう。
そうならないよう少なくとも一部は受けざるを得なくなるのだが、もしカイが負けようものならその噂はあっという間に流布されてエレノアの結婚の話に変わっていってしまう。
当然、そんな事が許される訳が無いからグラウドは火消しに奔走しなくてはいけなくなる。上手く火消しに成功しても、各所には多大なる迷惑を掛ける事になってしまう。
「そうだわ! カイが負けなければいいんでしょう? そ、そうよ、きっとカイなら誰にも負けないわ」
「気楽に言ってくれるよねぇ」
それはアセッドゴーン侯爵家で私的に雇っている護衛達が誰一人としてカイに歯も立たなかった事を根拠にした主張だろう。
確かに武装した相手でもある程度は勝ちに持ち込む自信がカイにはある。だが、そうもいかない相手も多数出てくるのも容易に想像できる。
少なくとも魔法攻撃相手に徒手で挑むなど無謀の極地だ。防御手段を得るか、こちらも遠距離攻撃手段を得るかどちらかしかない。
◇ ◇ ◇
カイは攻撃魔法として一般的な地水火風雷の属性魔法があまり上手に使えない。攻撃手段として使えるレベルに届くものはほとんど発現しない。
これはおそらく共通認識の数の暴力に彼の個人認識が押し負けてしまっているからだろうと推察できた。
例えば炎の魔法。「炎っていうのは赤く光ってすごく熱いものだ」と考えている無数の人々の唱和の前で、「ブラウン運動の増加により熱量が…」とか「熱エネルギーによる電子の軌道遷移で光が…」とか主張した所で簡単にかき消されてしまう。この差はいかんともし難い。
それならば迎合すればいいと思うかもしれないが、そんな自分も誤魔化せない言葉で世界に語り掛けようが受け入れてくれるほど甘くはなかった。
それに比して光魔法に関してはかなり高度な構成が出来る。これはこの世界の人の光に関する認識か相当雑だからだろう。
対して闇魔法は全く発現しない。カイにとって闇というのは「光が無い状態」であり、闇そのものを概念としてさえ認識出来ない所為だと思われる。
最も確実で効率よく運用できるのが、土魔法に分類されていたが派生形として独立した変形魔法と変性魔法だ。
これは物質の成り立ちに関して詳細な知識があるほうが有利らしい。中学・高校レベルでも十分なのだろう。ただ、変形・変性魔法に直接的な攻撃魔法は無い。
有効な攻撃手段を模索したカイはもう一つの魔法系統に目を向ける。
それは記述魔法。記述刻印に魔力を流し込んで発現させる、魔法具に利用する魔法系統だが、一般に高度な魔法の記述は困難とされている。
しかしその特性、同じ記述刻印であれば誰でも同じ魔法を発現させられるという点に着目し。
流し込む魔力の量で威力操作が出来るなら、複雑な刻印に挑戦する価値はあるのでないかと考えた。
グラウドに頼って記述魔法に造詣の深い人物の紹介を頼むと、王宮魔法院への紹介状を書いてくれた。
そこでまた魔法文字の勉強を始めなければならないのだが、こちらは共通言語と違って習得方法が確立されていた。専門に学びたい者はその全てが通らなければならない道である以上、当然とも言えるが。
ここでもカイは優秀な生徒になる訳だが、いい加減限界が近い。
短期間に詰め込んだ知識量で頭がオーバーヒートしそうだ。死活問題でなければとうに放り出している。
なのでちょっと方向転換させてもらう。既存記述の習得は遠慮させてもらって直接記述内容に手を付ける。文法だけやって一足飛びに応用に入らせてもらう。
現代知識を記述に転化する事で形にしようとして成功と失敗を繰り返す。
その内の使い物になりそうなものだけ利用させてもらうつもりだった。
◇ ◇ ◇
或る
「侯爵殿、彼の少年は天才ですな」
「ほう、それほどですかな?」
「新たな記述ばかりに執着しているのでただの無謀の徒だと思っていたのじゃが、幾つかに一つは成功させおる。それで慣れでもしたのか最近は既存記述の効率の悪い部分まで指摘してくる。あれを儂に預けてくれるなら、歴史に名を遺す記述研究者に仕立て上げて見せまするぞ」
黒髪の青年をずいぶんと買ったものだと思う。
「ですが、彼は手段としての勉強なら全力を尽くすとしても、勉学そのものを好むタイプではないと娘が言っておりましてな。好奇心は人一倍のようですが」
「もったいない。あれほどの才能を」
(魔法院に繋いだのは失敗だったかな? あれは良きにつけ悪しきにつけ波風を立てる天才のようだな)
適当なところで手を引かせたほうが良さそうだとグラウドは思った。
◇ ◇ ◇
対抗手段をカイが練っている間にも挑戦者は陸続とやってきていた。
仕方なく、時間を設けて練兵場を借り受け仮設試合場にして相手している。相手は実にバラエティに富んでいた。
腕に覚え有りのブラックメダル冒険者が剛剣を振るって挑んでくると、いなしつつ踏み込んでいき胸部に一撃を入れて吹っ飛ばす。
へっぴり腰の貴族の子弟が弓を持ち出して狙撃しようとすると、矢を叩き落しながら駆け寄り顎に一発で昏倒させる。
王国騎士が騎馬でランスを打ち込んでこようとすると、握り取って落馬させ鳩尾に蹴りを入れて泡を吹かせる。
同じ拳士が特異な格闘術を披露してくると、正面から打ち合って叩き潰す。
名だたる剛の者を退けるうちに挑戦者は徐々に減ってきた。
それでもゼロにはならないところが頭が痛い。そのうちこちらの弱点である魔法士の挑戦者も現れ始めるだろう。
それまでに必要な物が有った。
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