魔法実験と守護者カイ
実は
もし、言語が魔法と密接に関係しているならば、この世界の言語を扱えなかった頃のカイが魔法を使える訳がない。
それに彼は魔法発現キーワードさえ発した事も無い。ごく簡単な魔法を使える侯爵家のメイドに点火の魔法を見せてもらった時は、「
そこでカイは幾つかの検証実験を行って仮説を実証する。結果、魔法の発現に重要なのは「認識」であると判明した。
例えば、現代日本教育を受けてきたカイならば『水は水素と酸素の化合物で、常温で液体であるが蒸発すると水蒸気に変化し、零度以下に下がれば固体である氷の状態を見せる』と知っている。
この異世界の人々はそこまで詳しくは知らない。
彼らにとって水は『パシャパシャとした液状で、川に流れていたり時折り空から降ってきたりする。空気の中にも小さい粒で存在し、凍らせると固い氷になる』くらいの認識なのだ。
しかし、それが膨大な数の人々の共通認識であればその意味合いは変わってくる。皆がそう思うのであればそれは
この巨大な認識が魔法のイメージ力を支えている。
転じてカイの魔法は性質が異なる。知識でイメージ力を支えている。どういう物か知っているから変化を促す事も可能なのだ。
それに関してカイが行った実験がこれだ。
しかし一度でも触れるとその組成情報が頭に入り込んでくる。すると触れなくとも魔法で変形させられるようになるのだ。
この認識情報でカイの魔法は成り立っている。
◇ ◇ ◇
魔法実験をしようとして用意してもらった果実を触れないようにお盆に乗せたまま、庭にあるテーブル上に運ぶ。
室内で変形させて誤って爆発させたりなんかすると掃除をする方々に申し訳ない。だから実験はいつも外で行っていた。
「カイ君、何してるの?」
「これからちょっと魔法で遊びます」
話しかけてきたのは侯爵家のメイドの中でも人懐っこい一人で確かクラレと言った。
彼女らにはあれからカイがグラウドの後見を受けた客人であると伝えられ、正式にお世話の対象になった。
だが、いつもニコニコしてどこか捉えどころのない少年に仕えるという意識は持てないでいるのか、気楽に接してくる。
「ニケイの実をどうするの?」
「そうですねぇ…」
まずは手を翳して何も起こらないと確認する。数度繰り返した後、果実に触り、もう一度置く。今度は手を翳しただけでグニャリと横長に広がった。
「わあ! 食べ物を玩具にするのはいただけないけど、面白いわね」
「問題無いです。変質させていないので食べられますから」
「そうなんだ」
更に変形させて今度は縦長にすると果実はコロンと転がった。イメージ力を高めて精密な変化を促すと、ニケイの実はクラレの似姿に変形していた。
「あげます」
「ええー、こんなにされたら食べにくいじゃないのよぅ」
「腐ってしまうからちゃんと食べてくださいね」
「意地悪ぅ」
二人してケタケタと笑い合う。
そんな息抜きもしながら実証実験していたのだ。
「ご主人様にデザートとして出してやるから」
「それはいかがなもんでしょう?」
◇ ◇ ◇
カイがエレノアに異世界人であるのを打ち明けた時の反応は鈍かった。
しかと理解できていないのか、それともどうでもいい事のように思っているのかは知れない。でも、カイに対する彼女の態度が全く変化しなかったのは非常に嬉しかった。
だからカイはまずエレノアの役に立つのが一番だと思っている。外出する時には同行者の身分として問題が無ければ着いていき護衛を務めた。
もう
しかし、本人はどう考えているのかあまり社交界に顔を出さない。ところがその美姫が最近、少年を傍らに侍らせていると衝撃のニュースが走る。
晩餐会を開いて招待してもエレノアは姿を現さず、屋敷も城門内に在っては軽々通う訳にもいかない。お近付きになりたくても全然機会が無いのだ。
彼女の姿を一目見たいと悶々としている貴族の子弟達にとってそれは驚天動地の事態だった。
そんな時に王宮晩餐会が一つ催される。
王家の方々が参加なされる訳ではないがかなり大規模な会で、有力貴族が名を連ねて参加している。
それほどの晩餐会となれば、さすがにエレノアも父の顔を立てて参加しなくてはならない。父も参加するその会に、少しごねて見せてカイの同行の許可を取り付ける。
本来なら何の地位も持たない市井の民がとても参加できる類の晩餐会ではないのだが、アセッドゴーン侯爵の後見を受ける者としてギリギリ潜り込ませる算段だ。
晩餐会は王宮で行われるため、カイはずいぶん着飾らされた。
それでも馬子にも衣裳の域を全く出ない出来上がりだったが、本人は至って平然としている。自分などが注目される訳が無く、陰ながら侯爵やエレノアの護衛が出来れば十分だと思っていたからだ。
ところが、その予想はいとも簡単に打ち砕かれた。
グラウドがエレノアをエスコートして会場入りすると大喝采が沸き上がる。それは飛ぶ鳥落とす勢いの、陛下の信任厚い大貴族と、ホルツレイン王国一、いや西方一とも謳われる美姫の登場だ。
その後ろにひっそりと控えるカイは意識から外れているはず。しかし、明らかに視線が突き刺さるように当たってくる。彼はいったい何が起こっているのか解らなかった。
貴族の子弟達は噂の少年の登場に敵意全開である。
どこから湧いて出たのか解らない馬の骨が最高の美姫の寵愛を独り占めしているのだ。平静でいられるはずもない。ぶしつけな殺意に近い敵意が四方八方から襲い掛かってくる。
カイは(これは何の試練なんだ)と思っていた。
時は進んで宴もたけなわとなった頃には、勇気ある子弟達はエレノアの興味を引こうと挑み、適当にあしらわれて玉砕の憂き目に遭っていた。
それくらいには彼女も社交界慣れしているのだ。だが、そんな晩餐会にも場違いに驕り高ぶった者は混ざっているものだ。
その男はクレイモン伯爵の長子でベイオルという。
伯爵家跡継ぎであることを鼻にかけ威張り散らす様が散見され、良い噂の無い人物だった。
ベイオルは軽く酩酊した様子で無遠慮に近付いてきてエレノアに話し掛ける。
「これはエレノア様。このような場でなければお会いできない我が身を哀れにお思いであれば、どうかひと時をご一緒できませんでしょうか?」
ベイオルが進み出て勝手に手を取ろうとしたので、エレノアはスッと身を引き距離を取る。
「ベイオル様、お酒が過ぎているようでありましてよ。すこし夜風にでも当たっていらしてはいかがですか?」
「おお、バルコニーにご一緒させていただけるのですな。では参りましょう」
今度は強引に手を取ろうとしたのでカイが身体を割り入れて阻止する。
「何をする、小僧?」
「嫌がっている女性をそんな風に扱うのはとても褒められたものではありませんよ、貴族様」
「うるさい! うるさい! 邪魔をするな! 政務卿の飼い犬ごときがぁ!」
「ベイオル様!」
さすがにエレノアもその発言を咎める。しかしベイオルは引き下がらなかった。
「貴族に逆らった報いを受けさせてやる。決闘だぁ! もちろん真剣でだぞ!」
周りで止めようと動き始めていた者も一気に限度を超えた事態に、止めようがなくなった。
貴族たるもの、そこまでハッキリと宣言してしまうと取り下げるのは体面に関わる。
「やめてもいいのよ、カイ。あなたは社交界には関係ないのだから」
「うむ、彼ももう引っ込みはつかないだろうが、何とか処理してやろう」
騒ぎに駆けつけてきたグラウドとエレノアに諫められるカイだが、躊躇わずにに口を開く。
「もし、あの無粋漢を叩きのめしたとしたら、侯爵様や姉ぇに迷惑が掛かるでしょうか?」
「…。いや、本人が決闘と宣言した以上、後腐れはないと思っていい。ただ、殺さないでやってくれるか?」
彼が
ただカイの目に浮かんだあまりに剣呑な光に一つ付け加える必要を感じたのだ。
「仰せに従います」
ベイオルは距離を置いてカイと対峙している。
手には細身の剣を持ち、ニヤニヤと笑っている。どうやら子供相手なら真剣をチラつかせれば臆すると思っているようだ。
対してカイはガントレットを装着する。この頃にはエレノアに頼んで金属素材を都合してもらい、パーツ同士を持ち合わせの皮で接合したほぼ金属製のガントレットを作り上げていた。
「なんだなんだ守るだけでこのベイオル様に勝てると思ってるのかぁ?」
その様子を見てベイオルがせせら笑うがカイは全く取り合わない。
「いいから早くやりましょう」
「生意気な! 行くぞ!」
風切り音を鳴らしつつ剣を振り回して斬りかかるが、狙いは怪しいものだ。身体に当りそうな分だけガントレットで弾きながら後ろに下がる。
「ほらほら、じきに後が無くなるぞ」
「それは困りますね」
斬り込んできたのをスッと横に躱すとそのまま前に出て肉薄する。何か感じたのか下がっていくので合わせてスタスタと詰めていく。
「この! 小僧ぉ!」
大振りな剣をカイは掴み取ってしまう。
「全然なってませんね。つまらない。もう終わらせましょう」
そのまま力を込めて剣を握り砕いた。
「ひっ!」
その時になってようやく自分が相手にしているのが遥かに高い技量を持った人間だと認識した。だがもう遅い。
「ぐぶっ!」
腹に一撃もらったベイオルは身を折る。
落ちた頭のこめかみに軽く曲げた手刀を放り込んでやると横に吹っ飛んでいってピクリとも動かなくなってしまった。
カイが嬉しそうなエレノアとグラウドに手を挙げて近付いて行っていると、その背中に喝采が降り注いできた。
驚いて振り返るとかなりの数の観客が彼に拍手を送っている。
「こんなんでいいんですか?」
「お前の戦いぶりが痛快だったのだろうよ。貴族と言う人種は娯楽に飢えているのだ」
そう答えるグラウドの隣でエレノアは満面の笑みだ。
カイが認められたのがよほど嬉しく浮かれてしまっているのだろう。爆弾を放り込んでしまう。
「そうだわ、わたくし、このカイを倒せたものと結婚しようかしら?」
その噂は一瞬で王都ホルムトを駆け抜けるのだった。
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