伏兵の頭

 竈を作るほどの余裕は無いので、フィノに炎をを出してもらって軽く焙って嚙り付く。


「たまに食べると乙なものよねえ、干し肉って」

「運動した後にこの塩気って染みるよね」

「ひゃごちゃえがんりゅとみゃんじょくきゃんみょ……」

「飲み込んでから喋りなさい」

 口いっぱいでモグモグしながら次の干し肉を咥えているフィノがチャムに叱られる。

「あー、酒飲みてぇー。ああん、ありゃあ?」

 思い思いに休んでいる兵士達の間を縫って、軽凱に簡素な服を身に着けた男達が肩を怒らせて分け入ってくる。

「おい、こいつを仕組んだのはどいつだよ? 将軍様か軍師か? どこに居る?」


 行きずりの若い兵を捕まえて問い詰めている。その男の纏う粗暴な空気に、訓練を受けた兵も腰が引けて視線が黒髪の青年のほうに向いてしまう。周囲の者もチラチラと視線を飛ばしているので隠しようは無いが。

 そのままでは掴み上げられている兵が可哀想なのでカイは黙って立ち上がって見つめる。それに気付いた中年男は兵を放り出して足音高く近寄ってくる。その威圧感は生半可な者では耐えられないほどだろう。


「お気に召しませんでしたか?」

 他に被害が及ばないようにとの配慮か、カイは挑発するように問い掛けた。

「手前ぇ、良い根性してやがんなぁ」

「怒られるような筋合いは無いでしょう? 御馳走を用意して差し上げたんですから」

 彼よりは頭一つは背が高く厚みは倍はありそうな男が、怒気を滲ませて覆い被さるように睨み付けてきているのに相変わらずのどこ吹く風だ。

「ああ、とびきりの御馳走だったぜ。それだけで涎が垂れそうないい匂いをプンプンさせながら鼻面を掠めたら、どんな奴だって食い付くに決まってんだろうが? ああ? 解っててやりやがったっつーんだな?」


 横っ腹を突いてくださいとばかりにラガッシ軍に前方を横切られたら、針葉樹林に潜んでいた彼らは飛び出す以外に選択肢が無かっただろう。つまり彼らは自分達で図っていた機を外され、引き摺り出された形になってしまったのが気に入らなくてしようが無いのだ。


「えー、最高の登場場面だったのに不満だって言うんですかぁ? 我儘をおっしゃらないでください。きっとクエンタさんの評価だって最高だった筈ですよ?」

「手前ぇに仕組まれた筋書き通りに踊らされて、それで褒められたって嬉しくも何ともねえぞ?」

「解りましたよ。次が有れば貴方の好みも聞いて差し上げますから。好き嫌いが有るなら先に教えといてくださいね?」


 あくまで笑顔を崩さず全く省みる様子も見せない青年に、中年男は口の端をヒクヒクと痙攣させ始める。危険な兆候にしばらく前から立ち上がっていたトゥリオやチャムもやるならやるぞという姿勢を取っている。


「ようこそおいで下さいました、ギールさん」

 一発触発の空気も読まずに、にこやかに声を掛けてきたのはクエンタだ。

「おう、お嬢ちゃん。こいつぁ何だよ? 俺はこんな恥かかされるために呼ばれたんじゃねえだろうな?」

「はい? それより見事な働きでした。本当にありがとうございます」

 中年男の雑な呼びかけに女王に追随してきた親衛隊士は気色ばむが、彼女が深々と腰を折って見せれば追及すのも憚られる。

「何もやってねえよ。引き摺り出されて見せ駒に使われたんだぜ」

「団長、どうかそこはお納めください。陛下も俺……、私も了解していた訳ではないのです。いつの間にかあんな事に」

 親衛隊長カシューダが進み出て、中年男を宥めに掛かる。どうやら彼の知己のようだ。

「無理を言ってすみませんでした。ともあれ来てくださって我々は救われました」


 親衛隊長カシューダは、元は傭兵であった。若い頃、たまたまクエンタの警護任務に就いた彼は彼女にその腕前を見出され、メルクトゥー王宮に仕える事になった。

 それが後継のラガッシであれば有り得ない事であったが、奔放に育ったクエンタの事、その程度の我儘は通用したのである。


 当時カシューダが所属していたバルガシュ傭兵団の団長ギールは、彼の出世を喜び、背中を叩いて送り出したのであった。

 その後も何かにつけ、縁を繋げてきたバルガシュ傭兵団を今回は極秘に呼び寄せていたのである。それは親衛隊長から傭兵ギルドを通して伝えられ、クエンタとカシューダだけが把握していた。

 そんな経緯があってバルガシュ傭兵団は針葉樹林に潜み続けていたのである。


「んで、こいつは何なんだ? 何で俺達の事を知ってやがったんだ? 話してあったのか?」

 食料調達に少人数を走らせただけで、それ以外では動かず潜み続けていたのだ。シャリアでさえ把握していなかったその存在をカイが知っていたのは皆も不思議でならない。

「伏兵なんてこの人には無駄よ、無駄。広域のサーチ魔法使わせたら、40ルッツ48km近く向こうまで見えるって言うんだから」

「この辺は通りが悪いから精々30ルッツ36kmくらいだよ」


 偵察行の時に彼が豪気・・と評したのが彼らの事である。魔境山脈や密林ほどに魔獣が居ないとは言え、林の中で長期に寝泊まりするとは命懸けの生活になるのは変わりない。


「何だそりゃ。俺らは丸見えだったっつーのか?」

「ええ」

「何でしゃべらなかった?」

「だって、クエンタさんにとったら虎の子の戦力でしょう?」


 迂闊に露見すれば何の意味も無い。それはおそらく籠城戦に陥ったとしても、遊撃軍としてラガッシ軍の後背を窺い消耗を強いる為の戦力だ。必要なその時まで、絶対に秘密にしなければならない。そう彼は語る。


「そこまで解っていて利用するたぁどういう了見だ?」

「ここが勝負処だったからですよ。十分な結果が出るなら、切っても良い手札でしょう? 僕の早計でしたか?」

「いや」


 現実にラガッシ軍はその戦力を半分以下に減じて敗走した。対して味方はほとんど消耗せず、戦力を維持している。今や完全に戦力比は逆転に至ったと言っても良い。その状況を作り出せたのは、ここで彼ら傭兵団が姿を見せて、挟撃を演出したからに他ならない。

 それがギールにも重々承知出来るだけに反論は厳しい。ただ、だからと言って踊らされて利用されてその上にやり込められるのは如何にも業腹である。


「小僧、お前ぇは何がしたい? メルクトゥーに取り入って仕官の口でも探してんのか? それならこうやって目立つよりゃ、もっと誠実に勤めなきゃ信用は勝ち取れねえだろうが?」

「そんな風に見えます? 僕達はただの冒険者ですよ。契約通り依頼主の利益になるように立ち回っているだけなんですけどね」


(それは半分嘘でしょ?)とチャムは思う。

 身の上や状況を聞いて、カイは明らかにクエンタに肩入れしている。彼女の政治姿勢を買っているのだろう。おそらくチャムと同様に彼もクエンタに王器は見出せてはいないだろうが、国が大きく乱れてしまっている今は、彼女の優しい治世が必要なのだと考えているのだと思う。


「変な奴だな。だが面白ぇぞ、小僧」

「僕にはカイって名前が有るんですけど?」

「お前ぇなんぞ小僧で十分だ」

「酷いなぁ」

 目を笑みの形に線にしながら言うのだから軽口だと知れる。

「ともあれ、カイさんもありがとうございました。貴方のお陰で勝利を得、民を手放さなくて済みました」

「まだ、感謝は早いですよ。ここからが大変なんです。どれだけ国を弱らせずにこの内紛を収められるかが大事なのですから」

「はい」

 クエンタは心が揺るがせられるのを抑えられない。


(この方はそこまで考えて動いていらっしゃるの?)

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