チーズ事情

 このはルドウ基金本部に王太子一家が訪れていた。

 ちょっとした懇親会を兼ねた情報交換の場であるのだが、さすがに王太子本人ともなると自宅にという訳にもいかず、基金本部の応接室での面談となっている。


「……という話だから、今のところ新街道の経路の選定探査は順調のようだ」

 クラインの口からもたらされる情報にカイ達は耳を傾けている。

「でも、そいつぁ国土と外務の仕事なんだろう、殿下?」

「ああ、基本的には国土大臣の下、国土院の仕切りでやらせている」


 街道計画は国土大臣の管轄である。ただし今回の計画は直轄領地も大きく関わる為に国務大臣傘下の政務官に、メルクトゥー王国との交渉も有るので外務からも政務官が配置されて、国土院に計画遂行チームが編成されていた。


 その話がなぜカイの元に届けられるかというと、魔獣除け魔法陣の適用外使用の事も有るし、最大の問題となるメルクトゥー側到達点の選定に、カイ達が持ち帰った街道図が用いられているからである。その街道図には、彼らが通った裏街道の状態はもちろん、農地の広がり具合や魔境山脈の地形までもが広域サーチによって調査され書き込まれていたのだ。


 今後の為にメモ感覚でカイが残していたものに三人の記憶を融合させた街道図は、もうメルクトゥーの軍事情報に近い代物であった。その為、女王クエンタに確認を取って利用許可を得た街道図から到達点候補を選定した新街道計画チームは、メルクトゥーに調査依頼を出したという経緯が有ってカイ達が大きく関わっていたのである。

 何よりカイの名を連ねておけば、メルクトゥー側への要求が通り易いという思惑も有って、彼も関わる形にしたがっている節もある。


「街道基点の選定は一応通っているから、領外の自由都市群との交渉を行っているのだが、どうやら帰順を示している様子なのだ」

 クラインの台詞にカイは訝しげに眉根を寄せる。

「ホルツレインに併呑されたいと?」

「小さな利益より大きな発展を望むらしい」


 当初は街道整備工事の請負や関税徴収の為の関の設置などを交渉のテーブルに持ち込んだ自由都市群だったが、その計画規模に触れるにつれて態度が軟化してきた。そんな小さな利益を大国ホルツレインに睨まれつつ得るよりは、王国の主要街道上の宿場都市としての将来の発展のほうが遥かに大きい利益に繋がると気付いたようであった。

 結果、魔境山脈付近の自由都市群もホルツレインの一地方になる事を望むらしい。各都市の長と調印後は、当座王国直轄地として運営されるようだ。


「彼らにも厳しい環境で生き抜いてきた意地が有るのかと思っていましたが、意外と簡単に折れましたね」

 自分の予想が外れて、肩を竦めて見せる。

「そういう土地柄だからこそ、余計に強かなのではないか?」

「なるほど、それなら頷けます」

 そう言いつつカイは隣のセイナの頭に手を置いた。


 妙に無反応だった彼女は、無心にチーズトーストを貪っている。そんな、らしくないと言えばらしくない子供っぽいセイナの反応を皆が微笑ましく見守っていた。

 そのチーズトーストは、黒縞牛ストライプカウ牧場製のモッツァレラチーズを乗せて軽く焙っただけのものなのだが、セイナやゼインを魅了して止まない。エレノアも頬に手を当てて顔を綻ばせている。チェインはフィノの腕の中でお昼寝中だ。


「これは出荷しないのか?」

 そんな台詞もカイ達は聞き飽きてきている。

「モッツァレラチーズは痛み易いのでどう足掻いても無理です。これも試験的に作っているのをうちの子達が気を利かせて届けてくれたものなんですから」

「儘ならないものだな」

「ところがそれがそうでも無くて……」

 ここで割り込んできたのはイルメイラだった。

「ん? 何か有りました?」

「最近、牧場に直接引き合いに来られる方が多くて、あまりの熱心さにお渡しした事が有ったのだそうです」

「ありゃー、やっちゃいましたねぇ」

「はい」

 こういうのは一度前例を作ったらお終いである。噂が噂を呼び、幾らでも発注が来るようになってしまうのがオチだ。

「それ以来、相手が子供であるところに付け込まれないよう職員を詰めさせるようにしたのですが、それでもある程度は受注せざるを得ない状況で」

 彼女の判断は間違っていないのだが、この事態を予測できなかったのが面白くないのか、イルメイラは困り眉になってしまっていた。


 彼女曰く、その受注そのものが複雑化しているようなのだった。

 モッツァレラチーズの出荷には、『倉庫持ち』能力者での受け取りを義務化する。そしてプロセスチーズの出荷にも基本は『倉庫持ち』による受け取りで、それ以外の場合には消費期限を設けるようにした。

 この二つで食中毒などの事故の防止に努めてきている。


 それに伴い、作業人員の増強も必要になってきた。

今陽きょうお耳に入れるつもりだったのですが」と前置きした彼女は、既に子供達からの要望で、替わりで二十の院から数名ずつ集まった数十人が作業に当たっているらしい。

 これは替わりの牧場担当班とは別で、午前中は普通に勉学の時間を過ごし、午後から牧場に出向いて作業に従事しているというのだ。


「少し過負荷になっていないかな?」

 それを聞いたカイは不安げだ。

「私も懸念はしているのですが、どうも彼らの中で自治会のような組織が出来上がりつつあるようで、それを諫めるのが難しくなってしまっております」

「あー、そっちですかぁ」

「何か問題が有りますの? カイ兄様が勝手を咎めれば済むだけだと思いますが?」

「いや、それはね……」


 カイやイルメイラとしては、院の子供達に目覚めた自治の芽を摘みたくはない。ここで大人が注意をしてしまうと萎縮してしまうかもしれないのだ。

 自治の意識も、その中で学ぶものも子供達にはかけがえの無いものだ。絶対に阻害したくない。しかし、あまりに自由にさせるのも誤った道に迷い込んでしまう可能性も高い。


「これはもう、きちんと正式な自治組織を立ち上げたほうが良いのかもね」

「うん、そうだと思う」

 それまで黙々と食事をしていたゼインが、思い付いたように口を挟んだ。

「僕も、父様や兄様が後ろで見守ってくれているから、色々言えるんだよ。もし、好きにしても良いって言われたら怖くなっちゃうや」

「つまり、ちゃんと銘打った自治会を作って、間違ったら正してあげるからやってみなさいって言えば安心して挑戦出来るって事だね?」

「そうだよ。それだったら失敗して怒られても、次を頑張ろうって思えるから」

 それは甘えといえば甘えかもしれない。でも、相手が子供であれば優しい手段になるだろうと思えた。


「じゃあ、イーラ女史、その方向でお願いしてもいいですか?」

 彼女は少し考えたようであったが、頷いてくれた。

「承りました。彼らと話して自治会を運営する人員を決めて組織表を作成します。決定事項は書類化して申告させるように致します」

「何だったら植物繊維紙製造器を購入してもいいですよ」

「いえ、そこまでは申しません。その代わり、牧場経理担当者の増員を許可お願いします」


 経理も院から専属の子二名を配置しているのだが、どうやら受注の多様化で手が回らなくなっているらしい。

 だが、それは方便だろう。おそらく彼女は経理技能を教え込んで、将来の補佐役を育てようとしているのだとカイは思う。今回の件にかこつけて、イルメイラはルドウ基金を将来的にも確固たる組織に編成しようとしている。


(そのくらいの野心は無くては困るかな)とも思うのでカイは快く了承した。

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