分断
挑発に乗った元騎士達は、誇りに目を瞑って複数がそれぞれの獲物を手に襲い掛かってくる。対するカイはそれを見て石突を下げて普通の右構えに移行した。
「ふん!」
昂っているからといって相手も歴戦の戦士達である。単純な仕掛けではない。
先頭に立ったのは同じ長柄を操る騎士。ハルバートの穂先を突き込むと同時に思い切り踏み込んでくる。青年が柄を擦らせるように逸らすと、軸方向に回転させて斧状になっている部分を叩きつけようと振り回す。
だが、長柄武器の特性を知っているのはカイも同じ。そして彼が操るのは斬撃武器である。踏み込んでくれば、動きの少ない長柄の手元を曝す羽目になり、そこに伸びた刀身が硬質な木の柄を容易に斬り落とした。
そして、そこからさらに伸びてくる。刃がくるりと裏返って左肩を貫いた。
「ぎ…いぃ!」
悲鳴を堪えても、切っ先は鎖骨や肩甲骨を斬り裂いていて左腕はもう使い物にならない。残った柄を投げつけて退いていった。
それでも或る意味役割は成し遂げている。カイがハルバートの騎士と斬り結んでいる間に、槍の戦士と長剣の使い手の包囲を受けていた。
今度は槍をいなしていたら、長剣の間合いに踏み込まれる。やはり先手を打ってきた槍の刺突にカイは合わせず、身体を開いて躱す。突進する剣士の長剣を薙刀の鉤で絡めて奪い取ると肩口から斜めに斬り裂いた。
身体は流すままに槍の使い手の眼前まで踏み込むと、重い金属球体の石突を顔面に送り込む。次の一撃に穂先を引こうとしていたが、それに及ばずひしゃげた鼻から血の尾を引かせつつ昏倒する。
黒髪の青年は一時たりとも止まらない。
剣を振り被っている剣士に横からの斬撃を放つと、身を沈めて躱された。好機と見た男は上に伸び上がるように突き込んでくる。しかし、そこは長柄の間合いの内側でも、拳士の間合いである。右手の薙刀を右脇に抱え込むようにするとその重みの反動まで込め、長剣を打ち砕きながら左の拳は顔面を捉える。
骨の砕ける感触とともにもんどりうった剣士は、舗装上を捲れるように転がった。
「ぎひぃ!」
膝を折って沈みながら踵支点で回転すると、脇の薙刀が迫る剣士の脛を薙ぐ。さすがに耐え切れなかったのか悲鳴を上げて蹲ったところへ、カイの左の蹴りが側頭部に入り、横に蹴り飛ばされると今度は悲鳴を上げる間もなく気絶した。
なみいる騎士や戦士、それぞれが故国では英雄と称賛された人物達が一合も結ぶ間もなく打ち倒されていく。一撃が次の一撃に繋がる流れるような体捌きに、それが極めて高等戦技だと分かる彼らは見惚れそうにもなるが、今は敵と目される相手であれば身が縮む思いを味わう。
二の足を踏む戦士達に、カイは次を注文するように手招きをした。
◇ ◇ ◇
音もなく飛来する金属針を盾で弾く。
こちらはプレスガンも使えないというのに、密偵達は平気で投擲武器を使ってくる。市民への被害は度外視しているのだろう。元々そういう性質の技能者集団だと思えば納得も出来るが、捌くのは容易ではない。
(そろそろ厳しいわね)
カイとの間の人の層が厚みを帯び始めている。とても一足にとは思えないほど開いてしまった。
(向こうはあの人の実力を見て取って、動けなくなってるみたい。頃合いかしらね?)
こちらもずっとはこの状態を維持出来ない。トゥリオは大盾の影に自分ごとフィノを隠せるし、チャムも投擲武器に反応出来る。しかし、
魔法なら防ぐ手立てがあるのに、今回は魔法士を投入してきていない。相手方も一般市民に大き過ぎる被害が出るのは見過ごせないのだろうか? それとも混乱を助長し、制御するには武器のほうが有効だと考えているのだろうか?
(どちらにせよ、もうこれ以上離される訳にはいかない。連中を黙らせる)
「フィノ、拡声魔法」
申し訳無さそうにしている犬耳娘に指示を与える。
やっと役立てるかと「はいっ!」と喜色を露わにすると、軽くロッドを振る。彼女にとっては時間を掛けて構成を編むほどではない魔法のようだ。
「
撥ねるような声が
「聞きなさい!」
張りのある、それでいて艶を含む美声が市場に響き渡る。
「そこの戦士達! その人に挑むのは無駄と知りなさい! 名だたる戦士と言えど敵う相手ではないわ!」
歌うような声音で告げる青髪の美貌に、戦士達は激昂したりはしない。それを自覚し始めていたからだろう。
「彼はあの『魔闘拳士』! それでも挑む気概のある者は踏み出すがいい! すぐに後悔する事になるわ!」
彼女の宣言を邪魔するように密偵が一斉に動くが、赤毛の美丈夫が大盾を掲げて行く手に立ちはだかった。
「ま、魔闘拳士だって!?」
戦士の一団に動揺が走る。
「ぐっ…。英雄の中の英雄じゃないか。東方に姿を見せているとは聞いていたが、こんなところに?」
「帝国に敵対しているという噂は本当だったのか!」
「し、しかし、殿下はこの帝都に仇なす反帝国の徒だと…」
彼らは混乱して見交わしている。
「マー…、あの方が敵としていたのは魔闘拳士だったのか」
「西方の英雄が帝国に喧嘩を売りに来たのか?」
「帝国の覇権とその後の平和の為になら…。しかし…」
黒い長柄の武器を構え、静かに見据える青年がそうなのだとすれば、彼らの同胞が敗退したのも納得出来る。本人達にも背中を濡らす汗が冷や汗なのか興奮によるものなのか分からなかった。
(この間に合流して、カイ。ここはもう強引にでも離脱するしかないわ)
身動きの取れなくなった戦士達を見て、チャムは自分の策が嵌ったと考えていた。
「ブルー、来なさい」
その意思を示すように彼女は騎乗する。
青年がその様を確認しているのも見えていたが、その顔が変化する。目を細めるようにしたかと思えば身を翻す。
何が起こったのかと動揺したチャムが見回すと、彼女の前にはポカンと見上げる男の子が立っていた。
(しまった!)
逃げ惑う群衆の中、拡声魔法を通した彼女の声に興味を奪われた男の子が見上げて来ていた。
それに反応したのはフィノ。自身もブラックに騎乗しようとしていたトゥリオは一歩遅れる。
工作員の一人に追い立てられた女性が一人駆け抜けようとし、男の子に当たって蹴倒してしまう。女性は興奮のあまりにそのまま行き過ぎるが、フィノが助け起こそうとし、その保護者らしい老婆も駆け寄る。
「フィノ!」
トゥリオの叫びに顔を上げると襲い来る男の姿。女性を追い立てていた、ダガーをかざした工作員が迫る。
それに絶望した老婆が男の子に覆い被さり、更に隠すようにフィノが敵を睨みつけながら覆い被さる。平板な顔の工作員だったが、口元に一瞬嗜虐的な笑みが浮かんだ。
しかし、そのダガーが誰かに届く事はない。飛来した影が、振り下ろした拳が頬を捉えると、舗装面に叩き付ける。男は人体とは思えない跳ね方をして遠くに落ちる。とても生きているとは思えない方向に首が捻れていた。
彼らの傍らには
だが、チャム達との距離は開いており、阻むように密偵達が雪崩れ込んで合流を阻止する構えだ。
男の子と老婆を逃がした彼は、フィノを抱き上げるとその場から跳躍した。
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