隠剣の嘲笑
「接触したか? 予定通りの位置だな。ふふふ、もう逃れられんぞ」
新たな伝令の報告にマークナードはほくそ笑む。
民衆の中での襲撃が
地の利のない魔闘拳士達に退路の確保をさせず、動きが限定される中での戦闘。しかも市民に紛れれば魔法はまず使えない。更には、そこら中に使い易い盾が幾らでもあるときている。
「不自由なものだな、英雄というものは。それだけでは確たる地位が有るわけではない。発言権や影響力はあれど、それは愚民どもの支持あってのものだ」
マークナードは、戦闘状況を思い浮かべているのか、せせら笑う。
「その愚民に危害を加えるのはもちろん、見殺しにすることも適わない。目の前の、何の利にもならない人間をただ守り続けねばならんのだ」
「兄者、市民を盾に戦わせているのですか?」
「何か文句があるのか? いつもは口さがなく不平不満を垂れ流しているだけの連中が、
(こいつは何を聞いていた? 一般市民に害為せば魔闘拳士を怒らせると言ったじゃないか。それとも、直接手を下さなければ許されるとでも思っているのか?)
第二皇子の人を人とも思わぬ姿勢がこんな台詞を平気で言わせているのだろう。
彼にとって民とは社会を構成する部品。要は役に立つか立たないかが判断基準でしかない。
「良いな? 分断しろ」
最初から決めていた命令なのだろうが、念を押すように言う。
「魔闘拳士と仲間を分断するのだ。民衆で割って押し込め。完全に切り離したら仲間を取り囲んで確保しろ。奴は逃がしてもいい。
「それは決して得策とは思えませんよ?」
「お前はまだ言うか? 詰めが甘いから相手に手出しできる余地を残してしまうのだ。どうにも手が出せない状況を作れば、降伏するしかないと解れ」
(弱点と言えど、それは激怒させる点だぞ? そこを突けばもう完全に自制などしてくれまい。本気で帝都を焼きたいのか、この御仁は)
逆鱗中の逆鱗に手を出そうとしている。ディムザは真剣に皇帝を脱出させる手段を考えなければいけないのかとまで思う。
(身近過ぎる。どうせ使うなら、もっと関係が薄い方が効果的なはずだ。交渉に持ち込める可能性が高い。だが、トゥリオ達に手を出せば…、間違って危害でも加えてしまえば後が厳しいな)
我が事のように収拾の難しさに頭を悩ませる。
(これは失敗してくれるのを祈るしかなさそうだ)
◇ ◇ ◇
正直、大振りに見える。躱すのは訳ない筈なのだ。
しかし、黒刃が閃くとつい間合いの外に退いてしまう。それというのも、最初の一人がまずかった。
斬撃を刀身に弾かれた騎士は、反動で切っ先を巡らせるとそのまま地を這うような剣閃を走らせる。それが回転した石突で受けられると、長柄の回転は身体の横でピタリと止まる。再始動して迫る黒刃を柄尻を跳ね上げるように受けようとした。
ところが刀身は何事もなかったかのように通過し、金属が鳴く音とともに剣身だけが舗装面に落ち、そして鳩尾辺りから横一文字に血が
柄だけになった剣を放り出して転がって逃げた男は、斬られた場所を押さえて蹲っているが追撃はない。黒髪の青年は次の仕掛けに対応するように元の構えに戻っている。もう迂闊に仕掛けようとする者などいないというのに油断なく構えていた。
男に魔法士が駆け寄って
そのまま引き摺られるように下げられた。
問題は負けた事ではない。剣身を
混乱の中で、亡国の騎士達は恐怖を味わっていた。
◇ ◇ ◇
逃げ惑う群衆に惑わせられながらもチャム達は、突如として襲い来る凶刃に対している。
包囲陣でも多数を占めている密偵らしき者達はその性質から暗殺なども担当するのだろう。獲物はナイフやダガー、長針、鋼線などがほとんどで一撃の怖さには劣る。毒の危険もあるが、
こちらの武装を見誤ったのか、何人かは深手を負わせて倒れるなり離脱するなりさせた。このまま陣形を崩さないようにしている限りは、付け入る隙は与えないはず。
「ごめんなさいですぅ」
お飾りと化したフィノがか細い声で謝る。
「気にすんなよ。そこにいる限り心配ねえからな」
「いつもはあなたの大火力任せで一人消耗させているのだから、こんな時くらい甘えなさい」
大盾に圧され足を留めれば大剣の突きがくぐもった悲鳴を上げさせる。寸分の狂いもないのではないかと思わせるような長剣の一閃がダガーを斬り飛ばし、血の線を刻む。
「ギールルル!」
それでも防御陣形は徐々に市場の中ほどへと圧し込まれていると感じる。
(これは意図的なものだと思うべきよね?)
騎士や戦士らしき者はカイが引き付けてくれているが、彼我の距離は離されつつあった。青年のほうでもこちらとの距離を測っている素振りは見せている。
(これは容認出来る距離なの、カイ? こいつらはたぶん…)
交わす視線の間を未だに市民が横切る。戦闘が始まってからの時間を考えれば、逃げ去っていないのは奇妙に感じる。観察すると、これ見よがしに白刃を閃かせる密偵達が、群衆に恐慌を起こさせていた。
(切り離すつもり!? カイとの間に壁を作られる!)
それは黒瞳の青年も気付いていようが、戦士の一団を抑えている以上はそう足を使う訳にはいかないだろう。
(いけない!)
相手の作戦を正確に読み取ったチャムは考えを巡らせた。
◇ ◇ ◇
「これだけの戦力が揃っているのだ。敵わないのは解っているだろう? 武器を捨てて投降しろ。今なら我らの名に賭けて穏便に取り計らうよう約束する!」
容易に踏み込めなくなってきた騎士達は勧告を投げ掛けてくる。
チャム達との距離を測ると、まだひと呼吸に駆け付けられる位置だ。多少の時間は取れる。
「無理を言うものではありませんよ。それとも貴公らは、この国で皇帝よりも発言力を持っていると言うのですか?」
「…そこまでではない。だが、この程度の騒乱の罪なら我らで何とかしてやると言っている!」
「そうやって出来もしない事を吹聴するから守るべきものを守れず、国を失っているのでしょう?
動いている手勢から、カイはこれが第二皇子の策だと看破していた。子飼いにしている亡国の戦士を投入しているのだ。
「貴様、殿下を悪し様に言うか!? ただでは済まさぬぞ!」
(足踏みされていると困るんだよ)
自分達は明らかに誘導されている。いつまでも騎士達だけ構っている訳にはいかない。
(圧される振りをして下がろうにも、一般市民が右往左往しているところに間合いの長い武器を手にした連中を引き込めないじゃないか)
カイは挑発するような視線で対峙している元騎士達を
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