中と外
フィノを両腕で横抱きにしたカイは一軒の露天の屋根に舞い降りる。
見上げる獣人少女の不安を解消するように頷くと、チャム達のほうを見やる。
「パープル」
しかし、その目は青髪の美貌には向いていない。
「二人を外まで無事に連れ出して。もし、阻もうとする者がいれば何人殺してもいい」
滅多に命令しないカイがパープルに命じる。それだけではない。普段は人に危害を加えないよう戒めるのに攻撃の許可も与える。
全ての責を負う覚悟で命じているのが、その真摯な視線ではっきりと分かった。
「キュイ!」
高らかにひと声鳴くと、他の三羽の先頭に立って駆け出した。
「ちょっと! ダメよ、ダメ! ブルー、止まりなさい! 二人を残して行けるわけないじゃない! こら、止まれ!」
「く…、ダメか、ブラック。お前もか?」
騎乗した二人は下りられない。
「カイ! この子達を止めて! あなたを置いていけないの! お願い!」
懇願は届かない。
「チャム。外で待っててくれるかな? こんな事をやらかしてくれた愚か者をきっちり片付けたら迎えに行くから。ごめんね。フィノは心配要らないよ」
「そんなんじゃないのよ、バカ! 許さないんだから!」
彼女の怒りの視線にカイは微笑み返した。
◇ ◇ ◇
パープルが先頭に立ち、大きく羽ばたいて威嚇し人の波をこじ開けるように走る。
セネル鳥のパーティーは見事な連携で駆け抜けていく。
行く手には、カイが相手取っていた戦士の一団が待ち構えて、「止まれ!」と呼び掛けてきている。
「こいつらくらい取り押さえないと殿下に合わせる顔がないぞ!」
武器を携え、チャムを指している。
「あんた達、退きなさい! 今の私は虫の居所が悪いわよ!」
「悪ぃ事ぁ言わねえから本当に止めとけ! これ以上怒らせてくれるな」
(あとで宥めるのにどれだけ苦労すると思ってる?)
拳骨の二、三発は覚悟の上だ。
(どうせフィノをしっかりと守り切れないから、こんな羽目になったとか怒られるんだぞ?)
敵を前にしながら、別の事で暗澹たる気分になる大男。
「退く気は無いわけね?」
両手を広げてセネル鳥の行き足を止めようとする戦士達。
「じゃあ、痛い思いをなさい」
察したパープルがチャムの前から逃げ出す。
元騎士や戦士達は集団を形成している。工作員達のように一般市民を間に交えていない。
そうなれば出来る事が変わってくる。チャムは盾を持ち上げるとそこに空いた穴を彼らに向け、
「ぐあっ!」
「あぎっ!」
「くぅっ!」
悲鳴が交錯する。
暗器を投擲するような仕草が見られもしないのに、連続して襲い来る鉄針に身体の各所を押さえて蹲る者が続出した。
そこへ四羽が突進を掛けて蹴散らす。
敵は騎乗者への常套攻撃手段をなぞる。
本来なら長柄武器が有効なのだが、カイに撃破されてもういない。代わりに肩の高さに構えた剣を突き込んでくる。
その突きを大盾で弾き、大剣で逸らし、泳いだ身体に斬撃を浴びせていく。相手は制止するつもりなので急所を避け、手傷を負わせるような攻撃を繰り返してくる。応じてトゥリオも加減してしまう。剣の腹で頭を殴り、肩口を斬り裂いて戦闘不能にしていった。
本人は明確に意識していないが、敵するのは名だたる騎士や戦士達。彼らを意図的に手加減して下せるほどに上達した剣技を存分に振るっていた。
騎士達の中には逃げ出したと思われる馬を捕らえて騎乗し、襲い掛かってくる者もいた。
それで同等と侮って考えているようだが相手が悪い。黒刃を持つ細身で長めの長剣は、大振りで叩きつけられる剣を一合で大きく逸らし、刺突が鎧を貫いて身体にまで届く。落馬しないまでも痛みに攻撃が鈍れば、寸分の狂いもない剣閃が防具の隙間を深く斬り裂いて離脱を余儀なくさせていた。
青髪の美貌が振るう絶技とも言える剣技が、彼らを全く寄せ付けない。しかも今は、氷のように温度を失った緑眼が容赦なく隙を見出し、的確に突いていく。
騎馬はみるみる数を減らし、落馬して呻いているか、打ち所が悪くて命を失う。チャムの周りには敗者の山が築かれていた。
阻む者もなくなったセネル鳥はざわめきの広がる大通りを駆け抜けていく。
騒動の噂は流れて来ているようで、それと二人を関連付けて指差す姿も見受けられたが、無視して突き進んだ。
(状況は変わってしまったわ。もう戻っても仕方ない。今は無事に離脱してあの人が自由に動けるようにしなければ)
チャムは苦汁を噛み締めながらブルーに揺られる。
(忌々しい! 罠と分かって警戒してきたけど、まさか自国民を道具のように使って追い込んで来るなんて信じられない)
この収拾をどう付けるつもりなのだろうか。場合によっては大きな反感を生み、叛逆の種を植え付ける事になるというのに。
だが、相手の心配をしている場合ではない。こうもあからさまな攻撃を受ければもう帝国を敵と判断するしかない。カイとフィノを敵地に孤立させてしまった。
しかも、ここは敵の本拠地で支援の段取りもない。麗人はこの先どう応じるべきか悩む。
幸い、街門の警備は強化されていなかった。よほど深く引き込んでの罠に自信を持っていたらしい。
遠慮なく突っ切らせてもらう。立ち塞がろうとする衛士も見えたが、ブルー達の開いたクチバシに紅熱球を認めると慌てふためいて逃げ出していった。
空いた隙間を四羽と二人と一匹は擦り抜けて、帝都ラドゥリウスの外に出た。
(無事でいて…)
願うまでもないのかもしれない。
それでもチャムは案じる気持ちを捨て切れなかった。
◇ ◇ ◇
セネル鳥が駆け去る様を確認したカイは、更に大きく跳躍すると尖塔の上に降り立った。
ジギリスタ教会の尖塔らしいそこは周囲で最も高い建造物で、下が十分に見渡せる。青年は状況把握に努めた。
まずはチャム達を追おうとしている工作員達に目を留める。
しゃがんだ膝の上にフィノを腰掛けさせ左腕で支えると、右腕で眼下を指す。意識すると狙撃リング二つが起動し、望遠視野を脳内に送り込んできた。
レーザー発振器が微かな唸りを伝えてくると、ナイフを逆手に走る男がもんどりうって倒れる。頭に空いた穴から漏れた薄桃色の液体が舗装に染みを作った。
俯瞰で状況を把握していれば狙撃は容易い。カイは追撃の動きを見せる工作員を次々と撃ち殺していく。
続々と増えていく死体に、鎮まりかけていた市民の混乱は再び度合いを深めていくが、見えない攻撃は正確に工作員だけを貫いていく。フィノはそれで青年の静かな怒りを知った。
「こんなものかな?」
二人の位置に気付いた工作員が屋根伝いに迫ろうともしていたが、皆撃ち抜かれて転落していった。今はもう建物の影から様子を窺うのが精々だ。
「ごめんなさいですぅ。フィノが足を引っ張って」
「どうして? 僕も一人はちょっと寂しいから、悪いけど付き合ってもらってもいい?」
明らかな気遣いでも気休めにはなる。
「はい、頑張りますぅ」
いつもの微笑みが犬耳娘の胸に染みた。
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