出陣式
一時的に休戦状態だったロードナック帝国との戦争が再び始まるのは、広報せずとも自然に広まっていく。大きな戦闘になるであろう事も実しやかに囁かれる。
しかし、ラムレキア国民は不安を覚えたりはしない。彼らには、これまでもこれからも国を守ってくれる勇者王とその妃がいるからだ。
準備は着々と進められてきたが、開戦に向けて将兵の気運を高めるのと、商業界を始めとした各方面に継続的な協力を促す為に出陣式が催される。
司令官として国王ザイード・ムルキアスの、短いながらも決意に満ちた演説が為され、続いて王妃からこの戦いに魔闘拳士の協力が得られると発表された。
これには全員が安堵の溜息に続き歓声を上げ、一部からは熱狂的な喝采を博する。
彼らはラムレキアに避難した獣人達の一団であり、数万にも及ぶ志願兵のうち元々指揮官位に在って取り上げられた者達が式にも参加していたのだ。神託の導きの者とともに戦えるのが歓喜となって表れた。
参加出来なかった兵士は官舎に集い、それぞれの指揮官から王宮からの鼓舞の言葉が代読されて、戦意発揚を促した後にいつもより贅を凝らした料理や酒が振る舞われている。出陣式もそのまま壮行の宴へと移行していった。
客分になる四人は出陣式は遠慮したものの、壮行の宴からは参加するよう要請された。姿を見せる事で、心強い味方が付いたと知らしめる為に。
美丈夫であるトゥリオが頭髪を整え、紺色に金の縁取りや刺繍が散りばめられた貴族服に身を包んで登場すると、普段は見られない気品が漂いほうぼうから溜息が聞こえる。フリギアの紋章もあしらった衣装は品格も感じさせ、際立たせるに十分な効果を発揮していた。
彼がエスコートしてきた犬系獣人女性フィノは、鮮烈な朱色のドレスを纏っている。里帰りの折に見繕って贈られた衣装は彼女の艶やかさと可憐さのバランスを絶妙に取り、傑出した美しさへと転化させている。現れるとともに男性陣の視線を独り占めにした。
その興奮も冷めやらぬ頃、至上の美が会場に舞い降りる。
女性の曲線の美しさを体現したかのような均整の取れた肢体を、青く艶のある一枚の布が覆い、惜しげもなく衆目に晒す。腰から下のスカート部も広がりはなく、膝までの腰からお尻、太腿のラインを強調するようにただ覆っているだけだ。なのにそこに醸された妖艶さは他の追随を許さなかった。
露わにされた鎖骨の辺りから肩、ふくらはぎは鮮烈な白で、青との対比が目に痛いほどである。覆われた部分が妖艶であるのに、晒された肌は高貴に溢れているという実に珍しい物を招待客は見る事になる。
顔立ちは、女神とは斯く在るものかと思わせる究極の造形を誇っている。彩るために少しだけ掃いた紅が唇を映え立たせ、緑の瞳は煌めきを放ち、縁取る青い髪が視線を絡め取るかのように軽くうねっている。そこから割って出た耳だけが異質を表現して尖っているが、どちらかといえばイヤリングの
老若男女問わず視線を釘付けにするチャム・ナトロエンは、たった一人の男の腕を取って放さない。
彼女より少しだけ背の高い青年は、真っ直ぐな黒髪を長めに整え、鋭さが目立つ目元をしている。しかし、口元には笑みを掃き、全体を和らげるような面立ちをしていた。
引き締まった体躯は、黒い前垂れに白い衣のサーコートを纏っている。上衣は半袖で、ズボンはかなりゆったりとした作りになっており、裾は革の長靴に押し込まれている。
肩には大振りで、ギザギザした輪郭を持つ大きな鱗が重ねられたような、深紅の
そして黒の前垂れには、麗人が胸元に下げているペンダントと同じ意匠、大剣に絡まる蔦を象った金糸の刺繍が施されていた。
蔦が神々の力、それが聖剣に力を与えているのを表している意匠は神使の一族ゼプルの紋章であり、彼がゼプルの騎士である事を意味している。
決して恵まれたとは言えない体格を覆うそれらが、カイに強い威厳と風格を備えさせていた。
「格好良いわよ、カイ。作らせて正解だったわ」
チャムは見惚れていた。
公式な場に出る彼の為に赤燐宮で仕立てさせ、エルフィンに届けてもらった衣装である。
「見違えるようだぜ?」
「はい、フィノもそう思いますぅ。品格と勇壮さが見事に表現されてますよぅ」
「今までさんざんこきおろされてきたのに、急に褒められると何か面白くないね。騙されているような気がするよ」
風采が上がらないと言われ続けてきた青年は被害妄想を口にする。
「そう言うな。貴族服だの宮廷服だのってのは形式張ったものが多くてよ、装飾とかごてごてと付いてっから、それなりの体格がねえと貧相に見えちまうんだよ。だけど、そのゆったりとした感じがお前に合っているんだろうな。本気で悪くねえ」
「でしょでしょ? これは我ながら快挙だと思っているのよ。普段から着ていて欲しいくらい」
本心からの言葉だけに彼の心も動いているようだ。苦笑いが微笑に戻る。
「いくら何でも目立つよ。そんなに流布されていない紋章だって言っても、自分の位を喧伝しているような恰好は好きじゃないね。でも、この
赤燐宮の宝物庫には、カイが半分ほど放出したオリハルコンが眠っている。それが使用されたらしく、少々凶悪な外見だがかなり強度が高い。
「そう?」
かなり武骨な形状が彼の趣味に合ったらしい。
「自分で作る時は単純な作りの物が多いのに、そういうの結構好きなのよね?」
「分かっているよ、子供っぽいのは。恥ずかしいけどね」
「気にすんな。俺も嫌いじゃねえ」
女性陣二人に笑われると、彼らは肩を竦めるしかなかった。
歓談しているうちに国王夫妻がやってくる。今回は或る意味で主賓に近い。協力体制を見せつけるのも重要な役目であるため、他を差し置いてでも先に挨拶される。
「
「皮肉に聞こえますよ」
この
「気にしないで。ちょっといじけているだけだから」
「変わるものね。名前に追い付いてきたんじゃない、彼?」
「やっと大人になった、みたいな言い草ですね?」
軽口にアヴィオニスはけらけらと笑う。宰相としては厳しさが目立つ彼女がそんな様子を見せるのが珍しいのか、多くの目を惹いている。それも計算のうちか?
「そんなに腐らないの。純粋に褒めてるんだから」
取り成しもするが、口を尖らせる青年は良い話の肴になってしまっていた。
「見合う風格なんて、身を置くうちに勝手に付いてくるものよ。あなたは今までそこから一歩引いて見ていたから仲間に入れなかったのじゃないかしら?」
「そう言われちゃうと返す言葉が無いんだけどね。正直、腰が引けてたのは確か」
虚勢を張っていた訳ではないが、第三者視点でいたのだろう。
「あたしだって主に求められるのは王妃だけど、自分で選んだのは宰相よ。どちら寄りに見える?」
「今は間違いなく王妃ですよ。でも普段は違う。貴女は僕と同種の思考形態を持つ人間です」
「あたしにとっては誉め言葉ね。
アヴィオニスは腰に手を当てて胸を反らして見せる。
「冗談はやめて。私、あんたみたいな自信家の女、他に知らないわよ?」
「言ってくれるじゃない。美しい皮を被っただけの剣士が」
どこでも恒例の舌戦が始まるのだった。
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