継ぐ者の心得
意外と鋭い打ち込みは、しかして棒に阻まれ、甲高い木の音を響かせた。
すぐに木剣は引かれ、体を入れ替えると靴底が土を食む。地を這うような切っ先は立てられた棒を擦るだけに終わった。
泳いだ身体に木杖の先が迫り、絡め取ろうと木剣が巻き込むが勢いの甘さに逆に絡め取られて木剣が飛ぶ。少年は慌てて拾いに行くと、挑み掛かるように構えた。
「チャムさんのところに避難しようと思って近付いたら、あまりに華やかで畏れ多くて逃げちゃったんです」
組手を観戦しつつ、壮行の宴の時の話をしているのはモルセアである。
彼女は
「何でよ? 貴女だってラムレキア社交界ではもうかなり上のほうにいる筈じゃない」
「だって貴族様とか商業界の重鎮とかばかりだったんですよ! そんな場所、気後れするに決まってるじゃないですか!」
「あのね、言っとくけど今、貴女が動かしている商品が東方を大きく動かして、大陸中に広がっていっていると自覚なさい」
「私のやっている事なんてカイさんのお零れをいただいているだけなのにぃー」
確かに
カイがルイーグに稽古を付けている横に彼女らは陣取っているのだ。キルケを抱いたニルベリアを膝に置いたチャムの隣に座っていられるのは、彼女が顔だけで王宮に出入り出来るからである。そのくらいに王妃はモルセアをあの
「そんな訳ないでしょ。信用されてなければ護衛も無しに王子達と過ごさせると思う?」
王宮メイドは二名控えているが、近衛騎士の一人もいない。
「確かにお二方とご一緒させていただく機会は多いですけど」
「仲良しさんですぅ」
「うん、モルセアはいっぱい遊んでくれるから好き」
王国の後継とも顔を繋げている彼女を誰が軽視出来ようか。
父親譲りの体格の良さの片鱗を窺わせる少年は、未だ細い手足をしならせて剣圧を高めようと工夫する。しかし、彼の師範はその程度で捌き切れなくなるほど甘くはない。大山の如く、全く揺らぐ事なくルイーグの攻撃を跳ね返してしまう。
軽い身体を活かし足裁きだけで立ち位置を変え打ち込む手数を増やすも、そこに集中して気が逸れているのを見透かされたかのように足元を狙われる。踏み出す先を寸分違わず棒の先が襲ってくれば今度は手元が疎かになり、手首を軽く打たれて木剣を取り落としてしまった。
「アヴィだって、本当は管理部門に取り込みたいくらいだと思っているはずよ」
卸し屋の女性は驚きで肩を震わせる。
「私をですか?」
「そ。でも、あなたみたいなタイプは現場に置いておいてこそ活きると思っているから自由にさせているの。取り立てれば王国はロカニスタン島の支持は得られるけど、それよりも現状の良い関係を維持するのが目的」
「命じて作らせるよりゃ、自分達の仕事が王国に役立ってるって矜持を持たせてえんだな?」
トゥリオが噛み砕いて理解を促す。
「管理よりは遣り甲斐ですか」
「そういう上司のほうがあなたも働きたいって思えるでしょ?」
「はい、もっと頑張ろうって気になりました!」
彼女の目に決意が漲る。相変わらずの情熱家だ。
「それなら夜会で上手に立ち回れるよう頑張りなさい」
「それとこれとは別ですよー!」
モルセアは悲鳴を上げた。
◇ ◇ ◇
(ダメだ。単なる思い付きじゃこの人は歯牙にもかけない。もっと自分のものにしないと)
振り込みの足りなさを体捌きで補おうとしたが、何一つ上手くいかない。
(でも、身体は動く。ひらめきを実現出来ない訳じゃ……、あ、そうか! その為にあんな身体を使う遊びのような修練をさせていたんだ!)
ルイーグはカイが勧めた修練の意味に気付く。
(足りないのは余分な動きを削って自分の形にする作業。それに必要な身体作りは出来てる。この一
迷いを捨て思い切りの良くなった剣筋は冴えを見せ、躍動する少年は重い一撃を放つようになる。無論、カイの操る木杖は打ち負けたりはしないが、反撃に移るのに刹那の間が見られるようになる。それは少年の手数を増やさせ、防戦一方になる場面は少なくなった。
それと同時に師範の笑みも深くなり、木剣を握る手に伝わる感触も変わる。大樹に打ち込みをしているかのような固さは薄まり、吸い込まれるように剣が誘導され始める。打ち込んだ後に柄をしっかりと絞らないと、そのまま引き込まれてしまいそうだ。
(まだまだ上がある。それでも僕は引き出せた。こうやって一歩一歩進んでいけばいい)
導かれているという感覚に包まれる。
「これくらいにしよう」
木剣を収めるとともに緊張を解くと足がもつれる。ルイーグは自分が驚くほど疲れているのに気付いた。
「後半はすごく良かった。その感覚、忘れないようにね?」
「分かりました!」
青年に支えられて皆のところに行き、座るとグラスが差し出される。少年は貪るように飲み、カラカラの喉を潤した。その間にも王宮メイド達が汗を拭ってくれる。
「このまま頑張れば父を超えて、チャム姉様に追い付けますでしょうか?」
少し自信の付いた少年は、冗談を飛ばす。
「忘れているわ。私はゼプル、長生族よ。百五十
「うわ、それは無理です!」
指で額の真ん中を小突かれたルイーグの悲鳴は皆を笑わせた。
王国の後継者の少年は居住まいを正して西方から来た英雄に対する。雰囲気が変わったのを見てカイも促すように頷いた。
「カイ様、僕は今回の戦争、父上にお願いして随行させていただこうかと思っています」
王子は決意みなぎる目で切り出す。
「それはなぜ?」
「剣の腕ではチャム姉様どころか父を超えることも出来ないかもしれません。ですが、王としてナヴァルト・イズンは継ぎたいと思っています。その為にはこの目できちんと戦争というものを見て、現実を知っておきたいと考えました」
「うーん」
青年の表情は曇り、かなり悩んでいる様子を見せる。
(無理なのかな? 子供が口を挟むような場所じゃないって言われちゃうかな? こんな戦争がいつまでも続くとは思えない。母上もそんな話をしている。どうすれば父上や魔闘拳士が戦う姿をこの目に収めておけるのだろう?)
それが彼の決意の理由だ。
「正直に言おう」
カイは真剣なルイーグに応じるように視線を合わせて答える。
「僕は君の世代では戦争を無くしたいと思っている。そういう風に動くつもりだし、その為に流す血だと考えている」
「そこまで?」
「そうなんだ。永久に戦争を無くしたいと言うほど驕ってはいないよ? でも、僕は千年の平和が欲しい。命を賭けるに相応しい目標だろう?」
彼の願いに王子は絶句する。
「だから君は戦争を知らなくていい。でも、血を流し合う戦場の光景は、いつか君の治世に役立つのかもしれないとも思う。だから、頼んでみるといい。口添えしよう」
「ありがとうございます!」
ルイーグは戦場で平和を勝ち取ろうとする戦士の姿に何かを学び取ろうと心に誓った。
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