勇者王の後継
部屋に入ってきた王子ルイーグと王女ニルベリアはずいぶんと大きくなっている。この時期の子供達にとって一
「ようこそ、ラムレキアへ」
黒髪の青年を見るとニルベリアはすぐに駆け寄って抱き付きそうになるが、慌てて立ち止まると丁寧な挨拶をしてくる。カイが朗らかに笑うと安心したように抱き付いた。
「大きくなったね、リア。ちゃんと挨拶出来て偉いよ」
少し癖のある黒髪に指を埋めると、彼女はくすぐったそうな笑顔を見せる。
「リアね、お作法の勉強もしてるの。他にもいっぱいお勉強してる」
「そうなんだ。楽しいかい?」
「失敗したら先生に怒られるけど、優しく教えてくれるの」
紫の瞳がくるくると動いて愛らしさが増したように思う。
アヴィオニスは十分に愛情を注いで育てているが、きちんと教育も施すタイプのようだ。家庭教師には叱る事を許しているらしい。王族の在り様としては思い切った子育てと言えよう。
「お久しぶりです、魔闘拳士様。ゼプルの騎士様と呼ぶべきでしょうか?」
畏まった挨拶をするのは王子だ。
「そんな四角四面な挨拶は不要だよ、ルイーグ。君も大きく……、いや、逞しくなったというべきかな?」
「励んでいた甲斐があります、カイ様」
「おいで」
引き寄せると、気恥ずかしそうにしながらも胸襟を開いた相手に抱き付いた。
彼とてまだ十二歳になったばかり。
続いて肩や腕、背中などにも触れる。子供らしい柔らかさはあるが、十分に筋肉も付き始めている。
「僕の言う通りに頑張ってくれたみたいだね? 良い筋肉が付いているよ」
ラムレキアを発つまで手ほどきをした王子は、教えた通りの修練を重ねたらしい。
「はい。ほとんど遊びのような鍛錬なので不安でしたが、間違っていなかったと解って嬉しいです」
「そろそろ本格的に振っても大丈夫そうだ。お父上に頼んでみるといい」
この時分までの少年があまり厳しく鍛錬に打ち込むと、筋肉が固くなってしまって成長が阻害される可能性がある。その為にカイは、ルイーグに激しい修練を禁じた。
代わりに
あまり興味のない事ばかりさせると気が失せる可能性があるので素振りも許したが、軽い木剣で回数も制限を掛ける。鉄心を入れたものなど以ての外だと戒めた。
「父上、カイ様の許可をいただきました。鍛錬用の木剣をください」
尊敬する父に向かってルイーグははっきりと求める。彼が過ごした時間は心を鍛えるには良い期間だったようだ。
「良かろう。軽い物から与える。無理せず、自分のものに出来たら言え。次を渡す。これで良いな、魔闘拳士?」
「良いですよ。でも、あまり厳しくしたら駄目ですからね?」
「無論だ。大事な聖剣の後継者、大切に育てるに決まっている」
少年は瞠目して父の言葉を噛み締めている。同時に込み上げてくる嬉しさを堪えているのだろう。王子は父親に似て求道者であるようだ。
「ねこー!」
リドと戯れていたニルベリアは、王妃からキルケを渡されて抱き締める。
「毛むくじゃら。でもふわふわー」
「可愛いでしょ? そっと抱くのよ」
「うん!」
チャムに言われて力を緩める。四歳ともなると聞き分けも良い。
白い子猫に頬を舐められてきゃいきゃいと騒ぐ。ざらりとした舌がくすぐったかったのだろう。頬擦りしたり肉球に触れてみたりと興味は尽きないようだ。
リドに身体を駆け登られたルイーグも、戸惑いながら毛皮に指を這わせる。頭の上から逆さに目を合わせて不思議な感覚に捉われているようだった。
「それで、西部連合はどう動きそうな感じ?」
アヴィオニスは政治向きの話に移って面持ちが変わる。
「当面は南に目を向けるようです。対立姿勢が明確になった今、取りも直さずクステンクルカを安心させる為にはドゥカル辺りまでは押さえたいところでしょう」
「そうね。帝宮が小都市国家群を無理に占領して回った以上、南海洋への門戸は開けたはず。ドゥカルには固執しないわよね。そちらから帝都を窺う方向性ね?」
「それもあるし、ジャンウェン伯も航路を望んだんじゃない? 大量輸送の必要性は否めないから。いくら
王妃はチャムの言葉に一つひとつ頷いている。働き掛けてきて繋がりもあり、今では遠話器でも話す相手の状況だが、現場の生の声には敵わない。
「帝都が空くと分かっても、当面は強引に仕掛けられるほどの力はありませんよ。むしろゆったりと進攻してくれたほうが帝宮にとっては圧力になって苦しむでしょうね。そんな折に出征を決意する玉座の主に反感が高まったとしても不思議ではありません」
西部連合に自由にさせるのもディムザの思惑の一つではないかと青年は述べる。
今後に自分が掌握するには、前皇帝への求心力が強く残ったままでは困るのだ。惜しむ気持ちが近隣国への反感として燻りながらも、新皇帝への期待のほうが勝るくらいでちょうど良いと考えているだろう。
「その上で、西部とも和睦を結ぶ方向へ舵取りしようとしているわけね」
ラムレキアとの和平も考慮している以上、その方向で進めるとアヴィオニスは考えているようだ。
「本格的な和議には根回しも必要でしょうが、当座は休戦協定くらいでしのぐつもりだと思います。帝宮に大きな方針転換をさせるにはそれなりに準備が要るでしょうから」
「すると、君達は
「あいつは間違いなくそう思っているぜ。国内を平定して治世にも邁進しねえと国が揺らぐと思ってるし、実際に揺らぎ掛けているって言ってやがった。本当はもっとゆっくり進めてえんだろうが、そうもいかなくなっちまってる」
勇者王の疑問にトゥリオは彼から聞き出した本心を伝える。少し余計な主観も混じっているが。
「まるでカイが急がせているみたいに言うわね? 確かにアヴィから離間工作を仕掛けたけど、その後の動きは全部あっちからでしょ。この人は防いで見せただけ」
「ああ、解っているって。言い方が悪かった。あいつだってこの情勢の変化を利用してる。都合がいい部分もあったって事だ」
「彼の肩を持つのも良いけど、やり方が強引なのは忘れない事ね。私から見たら危うげで仕方ないわ」
大男も「それもそうだ」と同意した。
「コウトギは動かさないのよね?」
情勢を大きく動かすのは獣人の国だと思っているのか、王妃が問い掛けてくる。
「僕が働き掛けて動かす気はありません」
「でも、動けるんでしょ?」
「ええ、ラトギ・クスに一つ、赤燐宮からの通路を開いています。各国からの金属製品はそこから供給していますから。代わりに交易品が届いているでしょう?」
新設したコウトギ中央門で滞りなく交易が続いている。
「あの土鍋ってのは良いわね。煮込み料理の味がぐんと良くなったわ。国内でも人気商品になりつつあるわよ」
土の違いか国内生産は出来ず、供給が少ないだけに価格が高騰しつつあると彼女は説明する。
「まあ、あの国に頼らなくても済むくらいあなた達には余裕があるんでしょうけど。なにせ子猫を飼うくらいだもの」
羨ましげに王妃は言う。
「勘違いよ。この子はあんたが使っている人間に勝るとも劣らない暗殺者なんだから」
アヴィオニスもさすがにギョッとして子猫を見るのだった。
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