トゥリオとロドマン

「あのでかい兄ちゃん、帰って来ないな」

「もうちょっと待ってあげてね。大人っていつもと違う事をしようとすると手間暇がかかってしまったりするものなんだよ」

「へえ、兄ちゃん達はのんびりしてるけど、父ちゃん達はなんか大変な事になったって騒いでる。なんか母ちゃんは兄ちゃん達に絶対迷惑かけちゃダメだって恐い顔して言い出すし。変な雰囲気になっちゃった」

 どうやら大人が抱く不安感が子供達まで伝染している。彼らには具体的には解らなくても結果共有してしまうものなのだ。

「今は気にしなくていいのよ。あんた達は子供らしく元気でいればいい。私達も冒険者らしく気の向くままのんびりしてるでしょう?」

「そっかぁ、俺も力が出るようになったら冒険者になろうかなぁ。呑気そうでいいじゃん」

 男の子ポルトがそんなふうに言う。


 身体強化が発現する年齢は様々だ。

 一般には7、8歳くらいから18歳までの間に発現する。基本的には脳の発達による魔法演算領域の確保がそのくらいの年齢にならないと出来ないからだと言われる。だが、何らかの起動条件があるという一説もあり、明確な学説はない。


「ポルトは冒険者になりたいの? 魔獣がわんさか襲い掛かってきたり、野盗が剣を抜いて斬り掛かってきたりするのよ? 怖くない?」

「こ、怖くなんてねえよ! あのいつもニコニコしてる兄ちゃんだって出来るんだぜ。俺だって」

 まだ、このくらいの歳では人間の裏表なんて理解は出来ていないだろう。その兄ちゃん・・・・がいざとなればどんな事が出来るか推し量るのさえ無理というものだ。


「レネね、レネね、大きくなったらポルトのお嫁さんになるの」

「えー、レネちゃん、ポルトのお嫁さんになるの? それはもうちょっと男を見る目を養ってから決めるべきよ?」

「何てこと言うんだよ、姉ちゃん。俺が頼りないって言うのかよ!」

 ポルトは地団太を踏む。

「あはは、今は頼りないわよ。考え無しなとこあるし」

「ひでえよ、そんな意地悪言ってたら姉ちゃんだって嫁の貰い手無くなるぞ!」

「あら、私はこんなに美人なんだもの。引く手数多よぉ?」

 しなを作って見下ろすチャム。

「うわー、性格悪ぃ。レネは絶対にこんなんなるんじゃないぞ」

「う、うん…」


 ポルトをからかっているが、レネの将来の夢は正鵠を射ているかもしれない。

 こんな田舎の村では、同年代の子供達が成長して選択肢も少ないまま恋を語り、結婚してしまうのが普通だ。村を出ていくには相当の度胸と覚悟が要る。

 そんな子供達の微笑ましい光景があんな徴税官の横暴などで消されてしまうのはカイには許せない。


 チャムもあの騒ぎに晩に交わした会話を思い出していた。

「あれは何か裏が有るね。ただ私腹を肥やそうとするだけなら、もっと少額ずつ誤魔化そうとするだろう。そうすればバレ難いから。あそこまで大胆にやるって事は、上も関わっていると思うべきだろうね?」

 カイは容易にドゥネルの企みを看破していた。

 あれほど解り易ければ見抜くのも簡単なのだが、村長や村民などの当事者が権力者にそれを突き付けられれば狼狽えるのも仕方ないというものだ。

「そうでしょうね。まあ、小狡い商人達がやる事だもの。こういうのが横行しているのかもしれないわ」

「それは多分そうなんだろうね。でも露骨に酷いやり口が続いていれば民衆の不満がすぐに爆発するんじゃないかな? これが氷山の一角とは思えないんだ」

「そう言われればそうよね。最悪餓死者が出るようなら反乱が起こっても変じゃないし」

 それくらい横暴な遣り口に見える。

「この辺の事情に明るくないから判断付かないね。トゥリオ待ちかな?」

「こういう時に役に立つ人間が一番に居なくなっちゃうんだものね」


 二人はここにいない大男に思いを馳せた。


   ◇      ◇      ◇


 トゥリオは一軒の商会店舗を訪れていた。

 非常に大きな構えをしており、相当な大店なのは間違いないだろう。人もかなり頻繁に出入りしており繁盛しているのが窺える。


 店内に入ったトゥリオは笑顔を絶やさない女性店員の一人に声を掛ける。

「ロドマン、居るかな? 居るんならトゥリオが来たって言ってみてくれないか?」

「少々お待ちください。若旦那様は御多忙でいらっしゃいますのでお出かけになられたかも知れません。確認してまいります」

 女性店員はそつなく予防線を張る。

 事実上の商会後継者に面会を申し入れられても、そう簡単に引き受ける訳にはいかない。会う人間は選んでもらわねばならないから。


 店員の取次に驚いたのはロドマンのほうだった。

「若旦那様、お客様がいらっしゃっておりますがいかがいたしましょうか?」

「今はちょっと忙しいんだが…」

 ロドマンは帳簿の整理と契約書類の確認に追われていた。

 彼くらいになると決済が必要になる書類の量は膨大になる。そうそう来客対応などしていられない。

「トゥリオと名乗っていらっしゃいますが、遠慮していただきますね?」

「待て! トゥリオ様だって? その方は…。お茶をお出ししてお待ちいただけ。これを片付けたらすぐに行く」

「かしこまりました」


「お待たせしました、トゥリオ…、さん」

 客間でお茶をすすっている来客の風体を見て言い淀むロドマン。

「悪いな、ロドマン。忙しいんだろ?」

「貴方が来てくださったのを無視できるほどじゃありませんよ。今日も旅のお話を聞かせていただけるんでしょうか?」

「いや、すまん。ちょっと頼み事があってな」

 普通は世間話で済むこの美丈夫が、いきなり頼み事を切り出すのは珍しい。

「幾らかご用立ていたしましょうか?」

「金の話じゃねえんだ。ある意味そうなんだが」

「ではどのような?」

 トゥリオが金の無心に来る事はまずない。

 彼とて冒険者としてそれなりに稼いでいるはずだから。半ば冗談で言ってみたのだがやはり否定される。


「…街の様子は変じゃねえか? おかしな事は起こってねえか?」

「いえ、表向きは至って平穏ですよ。裏では貴方が想像するより遥かにゴチャゴチャしておりますが、それが表に出るほどの事はありません」

 トゥリオが少し言葉に詰まるように切り出す。

「そうか、俺の勘違いならそれでいいんだが…。ドゥネルって徴税官を知ってねえか?」

「その者はアーマン派の息がかかった徴税官ですね。彼が何か?」

「ずいぶんと無茶を言いやがった。明らかに限度を超えてたんで何か起こってんじゃねえかと思ったんだ」

 どうも歯切れが悪い。

「調べさせましょう。ドゥネルはどのような事をしましたか?」

「いや、そっちのほうはとりあえず片付いたんだ。それは良いとして、砂糖の見立てが出来る奴に手隙が居れば助かるんだが」

 これは変わった事を言い出したとロドマンは思う。

 トゥリオが関わっている状況に興味が湧いてきた。


「砂糖ですか。うちではそれほど大きな取引はしていませんが見立てくらいなら僕でも出来ますよ」

「お前は忙しいだろうに」

「トゥリオさんの頼み事を断らねばならないほど人材に困ってはおりません。うちはそれくらいには大店なのですよ」

 これは謙遜だ。ベックルでガウシー商会と言えば一二を争う大商会である。

「どちらに行けばいいんでしょう? 少し時間をいただければ準備いたします」

「ロムアク村ってとこなんだが…」


 ロドマンが乗る馬車の準備が出来るのには、お茶を数杯飲み干さねばならないほどの時間が必要だった。

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