発覚
「その創作話には『エルフ』とか『ドワーフ』とか小人種といった人類種も出てくるんだけどね?」
焚火を囲んでお茶を口にしつつ話は続いている。
「どんなヒト種なんですかぁ?」
「エルフは森を生活の場にしている長生族だね。あ、そういえば何かの書物で長生族ってのも見たな」
「それば森の民の事ですね? おとぎ話です。長生族に関してはまことしやかな記録が残っていたりするんですけど、フィノはほんのちょっとしか見た事ありませんですぅ」
ドワーフや小人種に関して解る範囲で説明するも、芳しい返答は得られなかった。どうやらこの世界には獣人以外の人類種は伝説の域を出ないようだ。
「人型魔獣ってどんなのよ?想像も付かないんだけど」
「二足歩行をする知性の低い種なんだけどね。僕もそういう創作物に造詣が深い訳じゃなくって」
上手に説明できないカイは言葉も詰まりがちになる。
用足しと言い置いて焚き火の側を離れたカイ。『倉庫』からタブレットを取り出して、『ゴブリン』で内部検索を掛けてみる。辞書には載っていないだろうが、百科事典の類にはそういった項目が有ってもおかしくは無い筈だ。
案の定、検索には数十件が掛かっている。少ないような気もするが、最近の作品の多様化した亜人種の説明には用は無い。欲しいのはごく基本的な一般的な説明で、挿絵が有れば文句無し。何件か斜め読みして、挿絵も伴っているものを見つけてじっくり目を通す。
サーチ魔法には引っ掛かっていたのだ。だから当然気付いてもいた。ただチャムの膝でナッツを貰っていたリドが追ってきたのだと思っていた。
「それ、何ですぅ?」
両肩に手が乗せられて覗き込まれて自らの失敗に気付く。
「何です! 何です! 何です! 何です! 何です! それ、何ですぅ? 何だか凄い物ですぅ!」
「い、いやね、フィノ。そんな大したものじゃないから気にしなくていいよ」
止まらない汗に苦慮しつつ、どうにも苦しい言い訳をしてみる。
「嘘ですぅ。そんなピカピカ光る板なんて見た事も聞いた事も有りませんですぅ。きっと凄い物、カイさんの世界の物ですね?」
「う……」
フィノの目がきらりと光り、図星を突かれる。既に敗色濃厚だ。溜息を吐いて一度画面を消すとカイは立ち上がった。
暗闇からカイが姿を現したのを見てチャムは疑問を口にする。
「あら、フィノが心配して探しに行ったけど出会わな……」
そこまで言って、彼の背中に獣人少女が張り付いているのに気付いたのだ。
「見せてくださいよぅ。ズルいですよぅ? 独り占めは駄目ですぅ!」
「一体、何なの?」
「チャムさん、聞いてくださいよぅ。カイさんが面白そうなもの隠してて見せてくれないんですよぅ? 酷いですぅ」
隠し事の一つや二つは有ろうと思っていたのだが、見つかった相手が最悪だ。フィノの知的好奇心を誤魔化すのは不可能に近いだろう。
(上手にやんなさいよ)と視線を送ると、(申し訳ない)とばかりにガックリと首を落とす。
「これが僕の知恵袋だよ」
正確に言えば知識袋だろうか? 背中の荷物を下して隣に座らせると、カイはタブレットを仲間の目に晒すと再び画面を出した。
「さっき話した『ゴブリン』はこれだね。こんな感じの生き物っていう設定」
「ほわああ!」
彼が画面をピンチして挿絵を大きくして見せようとすると、フィノは挿絵そのものよりピンチアウト機能のほうに激しく反応している。
続けてコボルトやオークの挿絵を見せるが、そちらの反応は芳しくない。この異世界には存在しない生き物らしい。そんな事より、その都度奇声を上げている獣人少女に気を取られて仕方ないようだ。
「画面……、この光るところを強く押したり叩いたりしなきゃ大丈夫だから」
タップやスクロール、スワイプ、ピンチといった操作を一通り説明してフィノに手渡すと、そう注意を与える。
「はい! 絶対に壊したりしませんから!」
「お願いだよ」
タブレットを抱え込んだフィノは、懸命に操作を始める。どうせそこに表示されるのは全て日本語なのだから読める筈も無いのに、完全に没頭してしまっている。
「なるほどな。こいつがお前の頭脳のほうの武器って訳か」
「言い得て妙だね。まさしくそうだよ」
カイにべったりになって離れもしないフィノに、咳払いを送っていたものの完全に無視されてしまって青筋を浮かべていたトゥリオだが、彼女の注意はタブレットにしか向いていないと感じて落ち着いたのだろうか?
「ああ! あれってこれだったのね」
チャムが膝をポンと叩く。たまに彼女が本を読んでいると膝にやって来たリドが紙面をポンポン叩いたり、前脚を滑らせる動作をしていたのを思い出す。それは青年がタブレットを使う時に、彼の膝に居るリドが遊んでいた時の動作をそのままやっていたのだろう。
「それがあなたの世界の言葉?」
読み取ろうとするが一朝一夕には不可能だろう。
「ちょっと違うかな。僕が居た『日本』って国の言葉。僕の世界じゃ、国によって使う言葉が違ったりするんだ」
「それって不便じゃねえのか?」
「不便だね。それが要らぬ諍いの原因になったりするよ」
予想通りの答えに顔を顰める。
「統一すれば良いじゃねえか?」
「言語も文化さ。変えるのは並大抵の事じゃない。ホルツレインに獣人を受け入れさせるだけの事でも、あれだけの手練手管が必要だったんだよ。生活に密着した言語を変えるなんて至難の技」
「そう言われりゃそうなんかもな」
魔法のお陰で言語統一が為されているこの世界では想像し難いようだ。
「そうなんでしょうね? ダッタンの遺跡で見たあなたの世界の言葉は別の物だったわ。あっちのほうが読めそうな感じだったけど」
「僕は無理。外国語はさっぱりなんだ」
こればかりは手の平を上にして肩を竦める以外にどうしようもない。
ずっとタブレットに伏せていたフィノの顔がピコンと上がる。
「カイさん?」
「ん? 何かな?」
「カイさんの国の人ってバカですか?」
お茶を口にしているチャムとトゥリオが「ぶはっ!」「げほっ!」と吹く。
「お前、何という事を!」
「でもでもこれ見てくださいよぅ」
彼女はタブレットを翳して一生懸命指差す。そのページは何て言う事無い辞書の1ページに見える。
「こういうのとか、こういうのが基本になる言葉でしょう?」
平仮名や片仮名を指差してそう言う。
「それだけでも百近い種類が有るんです。その上にこの角々した文字です! これってざっと見ただけで何百種類も有るんですよ?」
「うん、それは漢字って言う種類の文字でね、普通に使う物で二千種類ちょっとくらい有るね」
「にせん! だからバカだって言ったんです! そんな難しい言語、専門に勉強した学者でない限り扱える訳無いじゃないですか?」
「それがそうでもないんだよ。僕の国じゃ識字率は十割、みんなが読めるって言って良い」
「な! そんなバカな!」
フィノは驚愕に表情を染めている。
「つまり、それほど高度な教育を子供の頃から全員に当たり前のようにしているって意味よね?」
「うん、教育は義務なんだ。余程の事が無い限り、誰もが平等に受けられる仕組みがある」
「教育の大切さを身に染みて知っているあなただからこそ、院の子供達に熱心に勉学の時間を作る努力をしている。そういう事?」
「まあね」
チャムは二人に言い聞かせるように言葉を選んでいく。
「そしてそれだけ高度な教育を受けていたこの人だから、頭の使い方もよーく知っているし、深い知識も分析力も持っている。納得でしょう?」
「ああ……、何となく解ってきた気がしますぅ」
少々の買いかぶりに苦笑いを浮かべるカイだった。
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