露店の顛末

 噂の魔闘拳士の露店には言うまでも無く長蛇の列が出来ている。甘味の露店でありながら、その列は驚異的な速度で消化されていたが、その列は果てしも無く続いていた。

 前評判の高い露店が驚くべき新型甘味を売り出したのだから当然の事といえばそうだろうが、そこへ更に客の評価も加わり噂は噂を呼んで少し過熱気味だ。


 もっともこの評価は事前調査で把握出来ている。数陽すうじつ前にホルムト内の全ての託児孤児院で供された「内緒のおやつモノリコートナーフス」は子供達皆を驚嘆させており、秘密と言われていながらもそこから漏れた情報が、露店の人気に拍車を掛けていたと言っても過言ではないだろう。

 院の子供達も今陽きょうばかりは程々のお小遣いを手渡されて街に繰り出している。彼らも豊穣祭を満喫している事だろう。


「やあ、来たね、ベイスン。メイベルもありがとう」

 長々とした列に少々面食らった二人だが、デート中の彼らには待ち時間など近況を交わすに丁度良い時間であったろうと思われる。

「凄い事になってますね?」

「ありがたい事にね」

「それは何て言ったってカイさんの作る物ですもの。甘味好きはモノリコートの衝撃を絶対に忘れられないわ。今回はどんな物なんですか?」


 手渡された青い甘味に躊躇いも無く嚙り付くメイベル。

 蝋燭の匂いと言われた香ばしさも、口にするのを迷わせる青い色も、今では独特の甘さの象徴となって市民に定着してきている。その所為で手をこまねく人はかなり少なくなっていた。


「ふわあ!」

 今や甘味には一家言有るメイベルも唸らされる。

「またとんでもない物を! これがあのナーフスですか?」

「おや、初めてかい? ベイスンは食べさせてくれなかったの?」

「手に入った頃、忙しくしてて会えなかったんです。熟したナーフスは足が早くって。ごめんね、メイベル」

「いいの。何度も謝ってくれたじゃない。こうして食べられたんだからもう良いでしょ?」

「うん」

 どうやらこの二人はすれ違いに困る事が有るらしい。

「それは失敗したかな。いきなりモノリコートナーフスは一足飛びに過ぎるかも?」

「お気になさらず。なるほど、こんな味の果実なんですね? モノリコートとの相性は抜群です」

 メイベルの舌の確かさは本物だ。楽しみながらも分析してくる。

「うん、北でこれを発見出来たのは幸運だったよ」

「獣人さん達が食べていたんですよね?」

「ああ、彼らにとっても贅沢品だったみたいだけど栽培法が確立したからね」


 露店では、ミルム達とアキュアルが賑やかに手伝っている。

 早朝からアサルトに絞られていた彼らは、遅れてやって来た時は虚ろな目をしていたが、休憩を挟んで復活したらしい。


「あ、ベイスンにゃ! お前も手伝いに来たのかにゃ?」

 アセッドゴーン邸滞在時に顔見知りになっているので気安げに声を掛けてきた。

「違います。今陽きょうはお客さんですよ」

「それじゃいっぱい食べるにゃ。ん? その女の子はベイスンのつがいかにゃ?」

「つがっ!」

 あまりにも直截的な表現に真っ赤になる二人。

「こらこら、それはまだ先の話なんだから刺激しちゃダメだよ」

「番うのは自然な事にゃ。変じゃないにゃよ?」

「マルテと違って少年少女は繊細なんだよ」

 後ろ首根っこを掴んで大人しくさせないと脱線が止まらなそうだった。


「ナーフスはマルテさん達が育てているんですね?」

 露店裏に黄色い小山のように積まれている房のナーフスを見てメイベルが言う。

ごうの周りはナーフスしかないにゃ。そこで隠れんぼすると楽しいにゃ」

「移植栽培したナーフスが林みたいになっているからさ」

「でも北部は密林が有って魔獣だらけですよね? とても暮らせないんじゃ?」

「魔獣は狩って食べるにゃ。ナーフスとお肉でお腹いっぱいにするにゃよ。幸せにゃ」

「彼らは優秀な狩人だから。そう、この子だってね」

 ベイスンに気付いて近付いてきたアキュアルの頭に手を置いて掻き回す。

「君みたいな子供まで魔獣を狩っていたのかい?」

「うん、アキュアルも狩人だったよ。それが獣人の生き方だから」


 ベイスンは極端に驚いて見せる。今は騎士見習いになっているアキュアルだが、見た目はまだまだ子供だから効果は覿面だろう。実際にその言葉は列に並ぶ客の耳に届き、さわさわと伝わっていく。


(あんな子供まで魔獣と戦っているの?)

(どうやら獣人がナーフスを栽培してるって噂は本物らしいな)

 メイベルにまで撫でられてくすぐったそうにしている姿はまるで子供で、強い印象を与える。


「なるほど。北部の危険な地で彼らがナーフスを栽培してくれているから、こうして僕らは恩恵に与かれる訳ですね?」

「そうだね。魔獣を狩るのは彼らの生活の一部であるのは事実だけど、危険なのに変わりは無いね。実際にアキュアルは両親も姉も魔獣の牙に掛かって亡くしている」


 客の夫人が口に手を当てて、ハッとした顔をしている。黒狼の少年の姿は彼女らの噂話の的になるだろう。

 こうして広まっていけば獣人を受け入れる素地は出来上がっていく筈だ。意識だけ変わってしまえば、獣人達の愛らしい外見は街に馴染む一助になるだろう。

 カイはその風景が遠からじ未来に見られる事を望んでいる。


「カイ様、カイ様。レッシーはいつまでナーフスを剥き続ければ良いんですか?」

「え、全部だよ?」

「ひいいぃ ── ん」

「だって身を捧げるって言ってくれたじゃないか?」

「そうですけどもー!」


 ナーフスの絶対量が少なくて結局優勝は逃した魔闘拳士の露店だが、今輪ことしも盛況なのだった。


   ◇      ◇      ◇


「前から気になっていたんだけど、この世界には僅かなりとも知性がある人型魔獣っていうのは居ないんだよね?」


 冒険者四人は泊りがけでホルムト周辺の森林帯を巡って狩りをしている。冒険者稼業で稼ぐのはもちろんだが、ホルムト近郊の魔獣分布に異常がないか調査把握が主目的だ。

 懸念材料を潰したいカイの提案であったが、結構な範囲を巡って彼の記憶と大きく異なるほどの変化は見られていない。問題は無さそうだ。

 そう感じられて安心したカイが或る夜、焚き火の側でそんな事を言ってくる。


「人型魔獣? 何それ? 聞いた事無いわ」

「なんだそりゃ。意味が解らないぜ」

「フィノも何の事だか解らないですぅ。カイさんの世界の話ですか?」

 まさか創作物の話とは思えないのだろう。

「うん、そうだねぇ。この世界は僕の世界の創作話に似ているんだよ。魔法が使えたりとかさ。その話には定番として知能の低い人型魔獣が出てくるんだ。『ゴブリン』とか『コボルト』とか『オーク』とか云うんだけど、噂一つ聞かないよね?」

「それは変な話でしょ? 『魔獣』なんだから獣に決まっているわ。人型では有り得ないもの」

「ああ、ごめん。その創作話では大概『魔物』って呼ばれているんだよね。魔に属するものって分類になるのかな? この世界の魔獣は僕の推論ではそういう野生種なんだから該当しないか」

 亜人種という概念は通用しそうにない。

「『魔に属するもの』と言うなら存在するわ。魔王がそうね」

「はい、後は魔人とかですけど、どちらも伝説レベルなんですよね。実際に出会った人がそこらへんに居る訳じゃありませんし、研究も進んでいません。記録が無い訳じゃないんですけど、おとぎ話って言われても仕方ないくらいですね」


(どこぞでは僕が魔人って呼ばれていたけどさ)


 そんな皮肉を感じながら、カイは言葉を紡いでいくのだった。

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