四人の帰還
その部屋には、立派な体格に板金鎧を纏い、髭を生やした人物が腕組みをして難しい顔を崩せないでいる。
「どうしてくれる? あれほど安心だと言っていたデニツク砦は簡単に落ちたぞ? 貴様らが好き放題やり過ぎるから帝国を本気にさせてしまったのではないか?」
指が忙しげに腕を叩いて、不機嫌さを如実に表していた。
「うるせえな。ああん? じゃあ、何だ? この辺りで大人しくしていたら帝国がお
「そうは言っておらん! あまり派手に暴れなければ程よいところで講和に持ち込めていたのではないかと言っている! それを掻き混ぜたのは貴様らだろうが!」
「その辺が甘ちゃんだっつってんだ。あの国は歯向かって来た奴と穏便に話し合おうなんてつもりは欠片もねえぞ? とことんまでやる気だから俺達に高い金払ったんじゃねえのか? ええ?」
対面に座る軽鎧の男は、嘲るように半目で口髭の男を見ていた。
口髭の男は、ジャルファンダル陸軍司令官オストズナ・マハラバン。軽鎧の男はガッツバイル傭兵団団長のグリドマーである。
ロードナック帝国討伐軍が港湾都市ウィーダスから
「だから、言ってんだろうが? このままここの住人を盾にしてりゃ火矢を射掛けてきたりは絶対出来ねえんだよ! 交渉するにしても、女子供を盾にして前に出りゃ矢避けにはもってこいだぜ。何なら奴らの目の前でヒィヒィ言わせて助けを求めるように仕向けてやりゃあ、向こうから講和を申し入れてくれるんじゃねえか? ひひひ」
オストズナは舌打ちをすると、「下劣な」と吐き捨てるように言う。
「余計に刺激をしてどうする。我らは貴様の自滅に付き合ってやる義理など無いぞ? 華々しく散りたいと言うなら余所でやってくれ」
「残念ながら向こうさんはそうは思ってくれねえよなぁ。やつらにとっちゃあ、俺もお前らも同じ敵だ。それこそ容赦する義理はねえぜ?」
オストズナは鳴りそうになるほど奥歯を噛み締める。
腹立たしいのは山々なのだが、グリドマーが言っている事も尤もなのである。この状況下では最早、一蓮托生となるしかないと思えた。このような輩と心中しなければならないと思うと、人生が虚しく感じられてきそうになる。それでも、何とか本土にまでは帝国の手が及ばないように努力しなければ、自分達には存在価値が無くなってしまうのだ。
「そもそも、貴様らが帝国海軍の兵を遊び半分に殺してしまったからこんな事になっているんだぞ? そうでなければ今頃は…」
ジャルファンダル司令官は当初の計画を口にしようとするが、グリドマーは遮るように苦言を呈する。
「仕方ねえだろ。ぎゃあぎゃあ騒ぐわ、餌代は掛かるわ、隙を見て抵抗しようとするわ、生かしといたって邪魔になるばっかりだったからよ。それなら俺達の娯楽のネタになってくれたほうがよほど役に立つってもんだろ?」
「出鱈目言うな!」
実際に数千にも及ぶ海兵が面白半分に殺され、海の藻屑となっていた。捕虜として残っているのは半分にも満たない数である。
「それで道は閉ざされたのだ!」
「なるほど。そういう事だったんですか?」
感情の無い声が室内に響き渡った。
◇ ◇ ◇
「そうか…。ご苦労」
モイルレルは落胆を隠せないでいる。
調査に向かわせた斥候は、魔獣除け程度にしか機能しない街壁に侵入出来るような穴が無かった事を報告してきた。それが発見出来れば秘密裏に精鋭部隊を送り込んで敵の指揮官を討ち、混乱に陥ったところを引きずり出せるのではないかと考えていたのだが、それも不可能らしい。
無理に押し入ろうとすればどう足掻いても騒ぎになってしまう。頭だけ叩くのは極めて困難だろう。
「閣下! あれを!」
罷り間違って、敵が野戦を挑んでくる気になったのかと期待の目を向けたモイルレルだったが、ウィーダスの街門に変化は見られない。
「何事か?」
兵が指差すほうを見れば、草原をテケテケと駆け寄ってくる
デニツク砦攻略に於いて、大きな尽力を全ての兵が目にしているからか、彼らに向ける期待は非常に厚い。
「連中、帰ってきたのか」
正直、彼女には悩みの種がひとつ増えたような気がしたのだった。
騒ぎを耳聡く聞き付けたディアンが前に出て彼らを迎える。
「何だ、律儀じゃないか? 本当に帰ってきてくれるなんて」
「だから、間に合えば戻るっつったろうが?」
肩を叩き合うトゥリオとディアンは憎まれ口の応酬を演じる。
「トゥリオ、あんた、何て言ったわけ? 私達が逃げ出すみたいに言ったんじゃないでしょうね?」
「言ってねえよ! 海で釣りしたいからちょっと空けるって言っただけだって!」
「それだって普通じゃないって言ったじゃないか!」
口々に責任を擦り付け合う二人を、チャムはキョトンとした目で見る。
「海が見えたら釣りをしたくなるのは当たり前じゃない?」
「「当たり前じゃないだろ!!」」
彼女はうるさい二人のツッコミに、素知らぬ風にそっぽを向く。
「それよりも準備なさい」
あまりにうるさいので手で追い払う仕草をしつつチャムが言う。
「そろそろ引っ張ってくるから」
「何がだ?」
そう言われると何かが足りない。確かに紫色のセネル鳥の鞍の上には薄茶色の小動物がちょこんと立っているだけだ。
「て…、敵襲ぅ――!」
街門からどやどやと人が吐き出されてきている。
しかし、それは軍隊が野戦に備えて兵を展開しているような整然とした動きではない。何かを追い掛けるような、或いは何かから逃げ出しているかのような雑然とした動きに過ぎない。
「何が起こっている!」
「そんなの気にしている場合じゃないでしょう? 絶好の機会なんだからさっさと叩いてしまいなさい!」
ジャイキュラ子爵の戸惑いの声に被せるように、青髪の美貌は状況を断じて見せる。
「っ! 全軍! 突撃――!」
慌ただしく武器を手にした兵達は、一気に距離を詰めていった。
◇ ◇ ◇
時は遡る。
室内に響いた声に咄嗟に立ち上がる二人の指揮官。そこへスルリと入ってきたのは黒い瞳を持つ青年であった。
「不思議だったんですよ」
血に濡れた銀爪を払って指を立てると二人を指差す。
「どうして捕虜にしている筈の大勢の海兵を前面に押し立てて停戦交渉に出ないのかとね? もう居ないのならば交渉の席に条件として持っていけませんもんね。それは当然です」
例え一部の者が残っているとしても、降伏した兵を嬲り殺しにしていたのが露見すれば、そんな条件を持っていったところで相手を激発させる材料にしかならない。それこそ死んでも良いような人間しか送り込めない交渉の席になってしまう。
「もう手詰まりになってしまっているじゃないですか、あなた達は? 降伏したら如何ですか?」
見下すような視線が二人を余計に熱くさせる。
「手前ぇ、なんつった、こら!?」
「何者だ! 貴様は!」
「揃いも揃って役に立たない指揮官ですね? 状況も把握出来ない?」
自然体で立っている青年から徐々に闘気が立ち上ってくる。
「終わっているって言っているんですよ? 本当は頭を潰しに来たのですが、どうやらそれにも値しなかったようなので、方針転換です」
口元には酷薄な笑いが浮かぶ。
「あなた達を殴りに来た事にします」
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