露わになる事実
「お前、北地区のホーバンの酒場で一席ぶってやがったろう? 東地区の外れのウネバ広場でもな。酒場じゃ工員風だったが、ウネバ広場はどこの商家の後継かってくらい決めてて、今はどっから見ても農家の親父だぜ。ずいぶんと手広くやってやがんだな?」
手の中の石を取り上げて下に落としながら、トゥリオが一つひとつあげつらう。
「な、何の事だ!?」
「そう言われてもなぁ。何なのか俺のほうが訊きたいぜ」
美丈夫はこれでもかというほどの意地の悪い笑みを浮かべている。
「そうよね。説明して欲しいものだわ」
別の場所で上がった声に注意が向く。
「市場で会った時は露店のおかみさんだったのに、南地区の大型商店ではメイド服に身を包み、今は商会事務員みたいな恰好。貴女、一体何なの?」
「そんなのあんたに関係な…、ひぃっ!」
声の主がフードを撥ね除けると見事な青髪が広がり、絶世の美貌が露わになった。
「あ、青髪の方!」
一時的に歓声が上がるが、チャムの掲げる剣が相手の女の首筋に向けられているのを見ると目を剥いて後退る。
「関係なくもないのよ。だから何者なのか教えてくれない?」
「くっ!」
「それとも、ただ単に貴女が工作員の一人だから色んな顔を持っているのが当たり前なだけなのかしら?」
ざわりと周囲が揺れたように思える。あてこするような言い方だが、その言葉の意味するところは十分に広まったと受け取っていいだろう。
「そっちの真っ先に声を上げていた方もどこかで見た顔なのですぅ」
指揮戦車の積載区画から乗り出してきた獣人魔法士少女が声を掛けると、男は身をひるがえそうとした。論拠を上げられる前に逃げ出そうとしたか?
「
しかし、狙い撃ちの紫電が命中すると、その場に崩れて言葉にならない叫びを上げつつ、フィノのほうを震える指で差す。
「おまえ…」
「逃がしませんよぅ」
その後も目星を付けられていた者が
ほうぼうで麻痺して倒れている男女を、精悍な顔付きの男達が抱え上げて集める。ザイードから「ご苦労」と声を掛けられた彼らは、潜んでいた国王直轄軍の騎士や兵長位を持つ者達である。
「ねぇ、ナミルニーデ。あなた、ずいぶん大勢のお友達をここに集めていたのね?」
扇動役の手の者を目の前に固められて、書記官の顔色は変わっている。そして彼女を見る群衆の視線も変わっていた。人々は自分達が意図的に煽動されていたのだと気付いたのだ。
「何を言っているのか分からないわ」
「冷たいじゃない。お友達を見捨てるの?」
声を震わせるナミルニーデを、更にチャムは追及する。
王妃の指揮戦車に注目が集まっているうちに、群衆側に入り込んだチャムとトゥリオは見知った顔の扇動役を探していた。
それと同時に、積載区画に潜むフィノが他の扇動役を見分ける作業をしていたのである。その為にアヴィオニスは意図的に挑発するような文言も混ぜて論戦を展開していたのだ。それで抽出作業は進み、一網打尽とはいかないまでもかなりの数の扇動役を確保する事が可能になった。
「青髪…、あなた…」
食い縛った歯の間から漏れ出る呼び掛け。
「なに? 私が王妃と敵対しているとでも思ってた? あんなの遊びよ遊び。私が本気になったら瞬殺なんだから」
「あたしだって。腕っぷしだけが取り柄の凶暴女と真っ向から喧嘩なんかしないわ」
「口の減らない女」
「あなたこそ」
明らかに喧嘩友達のような遣り取りだ。
「よくも騙してくれたわね?」
「騙した? 先に仕掛けたのはそっちじゃない。ザイードと剣の稽古をしていただけなのに、まるで国王と男女の関係みたいな噂を流しくれて。このお友達を使ってね」
その事実に群衆はさざめく。ただ、彼女が国王を呼び捨てにしたのに、幾分か別の反応も混ざっていたが。
王妃を始めとしてチャム達が追及する姿勢を取り、群衆がさざめきを上げる中、遠く何かが聞こえてきた。
「ぁ ―――――― !」
一部の者が気付いて見回していると、その声は徐々に大きくなってくる。
「ぅわ ―――――― !」
そして、飛来した何かがアヴィオニス達とナミルニーデの間に「タン!」と舞い降りた。
屈み込んだ姿勢で両足を曲げ、右手の銀爪が舗装を穿っている姿は、まるでうずくまる獣のよう。
だが、その小脇には真っ青な顔の王子ルイーグが抱えられている。
「困りますねぇ、ナミルニーデ嬢」
スッと立ち上がった青年の黒瞳が彼女を射抜く。
「王子殿下を誘拐までして、どうなさるおつもりだったのですか? 王妃殿下が折れなければ、人質として引き出す算段でも立てていたのでしょうか?」
それは、チャムとアヴィオニスの口喧嘩に挟まれて少し困っていた青年ではない。子供のような無邪気な笑顔で工作をしていた青年ではない。気迫の籠った冷たい視線は強烈な威圧感を放っている。
「魔闘…、拳士…」
それは全く別の存在だった。
◇ ◇ ◇
「連れ戻ってくれたか、魔闘拳士」
勇者王の言葉も拡声魔法に乗って広がっていく。一瞬の静寂の後に、さざめきだったものがざわめきに変わった。
「ええ、扇動する役目を帯びた者が拠点にしていた場所を虱潰しにしたらいらっしゃいました」
「助かった。感謝する」
なんでもないと言う風に首を振ると、素手に戻っている彼はルイーグを指揮戦車の上に持ち上げた。
「母上!」
安堵に涙を溢れさせた王子は母親に抱き付いていく。不安を内心に抱えながらも気丈に論戦に挑んでいたアヴィオニスの目からも涙が零れた。
「ごめんなさい、僕…」
「いいの…、いいの、今は…」
それは普通の母子の姿。市民達は胸の奥から湧き上がってくるものを感じている。
「なに大勢の前で泣いちゃってんのよ。情けない」
「うるさい! 命と同じくらいに大事なの!」
チャムの茶化しが余計に人々の胸を打つ。
人々は知った。
王妃アヴィオニスは、王子を人質に取られてその命が危険に晒されているというのに、それに耐えて自分達の訴えを聞く為に出てきてくれたのだと。そんな事をおくびにも出さずに自分達の言葉に耳を傾け、ちゃんと答えようとしてくれていたのだと。
彼らは罪悪感に打ちのめされそうになっている。そして、自らを責める気持ちは別の場所に向かっていく。それは王子誘拐を実行した者に対して、怒りという形に変わって。
「貴女を完全なる悪だと断じたりはしませんよ? 宮廷人として、多くの意見の結実である政策を善しとする安定した宮廷政治を望む気持ちは分からなくもない」
カイは自然体でナミルニーデに歩み寄りながら、言葉を武器に詰め寄っていく。
「いかんせん、手段が悪い。正面からでは太刀打ち出来ないから搦め手を使うのも仕方ない。でも、民衆を利用したり、王子の身柄を盾にしてはいけません」
ほんの少し前までナミルニーデの力だった群衆が、今は非難する視線を向けている。王子の件は与り知らぬ事だが、弁明も功を奏さないと一目で分かる。完全敗北を悟らざるを得ない状況に彼女は追い込まれていた。
その頬を濡らすのは、敗北の屈辱が形を変えた涙なのか、敬愛する勇者王を破滅に追い込まないで済んだ安堵の涙なのか。
ナミルニーデは堪え切れなかったように、指揮戦車の前まで駆け寄り両膝を突く。地に額を擦り付けそうなほどに下げ、背中を覆う髪の毛を自らの手で横に除け、白い首を曝した。
「どうか、せめて陛下の御手で最期を」
その声は或る種の陶酔を含んでいるように聞こえた。
「ならん。お前は普通に裁く」
「そんな!」
悲鳴は聞き入れられず、両脇を衛士に固められて立ち上がらされる。
彼女が再び城門をくぐったのは、罪人としてだった。
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