ガラテア軍務卿

 軍の城壁内練兵場で挑戦状の処理を行っている時、カイはその女性の姿をよく観客の中に見かけるのに気付いてはいた。

 オレンジの巻き髪を短めにして派手に逆立て、蓮っ葉な感じでいかにも話し掛けろと言わんばかりの自己主張をしている。ただ、突っ込んだら負け的な感覚がして極力無視していた。

 手合わせを終えて撤収準備を始めると落胆した風情を醸し出すところが可哀想にも思うのだが、関わると厄介そうな雰囲気は否めず放置していた。


 そのも彼女の姿を認めていたが、クラインが来る予定になっていたので他の対戦者を早々に片付けるべく忙しくしている。公務も多くなってきた王子の時間をあまり奪う訳にもいかないのだ。


今陽きょうはちょっとドキッとさせられましたよ?」

「本当か? それなら頑張った甲斐がある」

「まだまだですけどね」

 軽口を叩く。

「どっちなんだ! からかってるのか?」

「んー、剣士には一歩二歩足りないけど、王子としては十分レベル?」


 クラインを軽くあしらっていると、例の女性が王子を指差して、ぷーくすくすと言った感じのジェスチャーをしている。いくらなんでも大胆過ぎる不敬に、つい身体で隠してしまったカイだが、時すでに遅くクラインが女性に気付いてしまう。


(マズいな。さすがにクライン様でも怒り出すかな?)

 分け入る心積もりをしていたら、クラインが声を上げた。


「軍務卿! こんなところで何を!?」

「お坊ちゃまが剣でお遊戯しているのを眺めていたのさね」


(軍務卿? 軍のトップに居る人じゃないか)

 辛辣な物言いをした女性が予想外に大物だったのに驚かされる。


「ええ、ええ、そりゃ軍務卿から見ればお遊びにしか見えませんでしょうがね!」

「いや、ちょっと見直したよ。数輪前すうねんまえまで子供に刃物持たせたようなもんだと思っていたのに、ちっとは振れるようになってきてるじゃないさ」

「!? らしくない事をおっしゃる。そろそろお年ですか?」

 にやにやと笑いながらクラインが問い掛けると、彼女の片眉が跳ね上がる。

「斬られたくなきゃその口閉じな」

「はい、はい」

 気の置けない間柄のようだったのでカイはそのままにしておいた。


「済まない。思いがけない人物に見られたので動揺していた」

 言い訳をするクラインに「問題無いですよ」と返して、どうぞご自由にと身体を引く。

「ああ、カイ。彼女は軍務大臣を務めるガラテア・レンゼ卿だ。武門の誉れ高いとはいえレンゼ家のお嬢様の成れの果てというべきか」

「言ってくれるじゃないのさ。こんな小さいころから遊んでやったのに」

「木剣で殴りまわすのを遊ぶと言うならそうかもしれませんけどね!」

 どうやらかなり長い付き合いらしい。

「軍務卿は母の親友なんだ。だから嫌になるほど何でも知られてしまって頭が上がらない」


(その割に好き勝手言ってるけど。まあ、これがこの人達の普通なんだろうな)

 そう思っておく。


 レンゼ伯爵家は武家の筆頭格だった。

 多くの将帥を輩出し、常に軍の幹部に名を連ねていたのだが、彼女の代になって少し状況が変わった。若き頃より武人として頭角を現していた彼女は将軍職に就くと軍略にもその才覚を表し、王の目に留まる。

 並みいる男達を押しのけて軍務大臣職にまで昇りつめた後も、隣国トレバ皇国との小競り合いに於いて武勲を上げ続け、八輪前8年前に侯爵位を王より賜るに至った。

 いわば軍のエリート中のエリートなのだ。


 ただ外見の破天荒さに引き摺られてあまり偉そうには見えない。

 逆に言えば彼女が意図的にそう見せているところもあるだろう。王宮での振る舞いによっては彼女が王妃の口利きで要職を得た様に言われかねない以上、それも処世術と言っていいかもしれない。

 その辺りがガラテア・レンゼという女性の知略を象徴しているのだろう。


「なんでこんな面白そうな遊びにあたしを混ぜてくれないのさ?」

 妙齢と言うには少々とうが立っているが、頬を膨らませる様子には愛嬌がある。

「普通にカイに挑戦状を出せばいいじゃないですか。私だってそうしたんです」

「えー、でも軍務大臣の立場でそんな事言って断られたら恥掻くし」

「どうしてそんなとこだけしおらしいんです?」

 ツッコミが厳しい。

「あたしだってか弱い女なんだよ」

「貴女ほどその台詞が似合わない女性を知りません」


(なんだかなぁ)

 いつまでこの漫才に付き合わねばならないのか不安になってきたので口出ししてみる。


「ガラテアさん、僕と一手合わせてみます?」

「こっちの坊やのほうがよほど話が解るさね」

 クラインをしっしとばかりに追い払い、いそいそと剣を準備する。


(この人、好きかも)

 そこはかとなく可愛らしいところがあるのが面白い。


 そんなガラテアだが剣を持たせると雰囲気が変わった。

 切っ先から放たれる気配が斬るぞ斬るぞと言ってきている。


(ルーンドバックさんとは違うタイプだけど、この人も戦うのが好きなんだな)


 一気にグンと詰め寄ると、速さに驚いた顔をしながら眼前に剣を立てて打撃を防ぐ。数撃放つも守りは固い。バランスの良いタイプの剣士だと感じた。

 ガラテアは跳ね下がって間合いを取ると一転して攻めてきた。女性とも思えない膂力に舌を巻く。だが、聖騎士ほどの鋭さはない。


 力任せに斬撃をぶつけてくる度にガラテアの笑みが深まっていく。楽しくて仕方がないとばかりに回転が増してきた。

 しかしそれに付き合う義理は無い。スッとすかして身を沈めると右膝を入れてくる。左手で膝を抑えて、落としてきた剣の柄を右拳で弾くと密着して脇腹に拳を当てただけに留める。


「あははははは!あたしの負け。最高に面白いよ、坊や」

 驚いた事にそのまま抱きついてきて背中を激しく叩かれた。

「このサービスに関してはやぶさかではないのですが、僕はカイというので名前で呼んでいただけませんか」

「ああ、悪かったよ、カイ! ほんとにもう旦那が居なきゃ求婚してたかも知れないさね」

「それは光栄です。僕もあなたが嫌いじゃありませんよ」

「嬉しいね、相思相愛とは」

「カイ、趣味が悪いぞ、君は」

 軽口の応酬にクラインが割り込んできた。

「そうですか? こんなに可愛らしい女性を捕まえて」

「そっち方面に褒められた事ないから照れちまうよ」


(あー、こんなとこもあったんだ、この人)

 珍しく赤面しているガラテアを見てちょっと可愛いと思ってしまったクラインは何か悔しい思いをする。


 いつでも軍務大臣執務室に遊びに来てもいいと言い置いてガラテアは上機嫌で帰っていった。

 その様子にクラインとカイは苦笑いを交わして別れる。


 この世界にはまだ面白い人が残っているだろうなとカイは思った。

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