勇者王と王妃
ザイードが十歳になる頃には婚約者の話が出始める。
ラムレキア王国はまず近隣諸外国にそれを求める事はない。相手方から打診され実現した前例はある。しかし、あくまでラムレキアは勇者の血を継ぐ事しか考慮せず、縁故による国際協調に興味を示さなかった。
独立独歩の道を歩む国だからこそ、為政者の人格を見る目には厳しい面がある。それは配偶者選びにも向けられた。
無論、近臣によって選抜された錚々たる顔ぶれから選ばれるのだが、そこに国王もしくは王子本人の意向も反映される。その人物眼も勇者王に相応しいかそうでないかを論じられるのだ。
それは勇者王が王国最強の剣である事を望む気風から出た考えなのだろう。統治者としてよりは戦士としての才覚が重視されるのだ。利害関係でなく、高潔である事を国民は求めた。
「どの姫を望むか選べ。急ぎはせんが、二、三
勇者王ウォルトンはザイードにそう問い掛ける。
「誰でもいい」
「そうはいかんだろう? お前の娶る相手だぞ?」
「皆、同じに見える」
身も蓋も無い。
さしづめ剣にしか興味を持たないと思ってはいたが、これほどとは王も思っていなかった。
王位を求め、聖剣を手にする事を夢見て精進する姿は父王を感動させるに十分である。いかんせん、それ以外がこれでは少し先が思いやられると考えても仕方ないだろう。
王子の気も分からなくはない。
ラムレキア王国の国教はマゼラスティア教。つまり、信奉する神は美の神マゼリアである。女性達は身を彩り着飾る事を当然のように嗜み、楽しむ傾向が強い。
それには流行というものが強く影響してしまう。化粧の仕方やドレスのデザインなど、時々で一斉に変わってしまう事も少なくない。中には奇抜な発想を取り入れる者も居なくはないが、それさえ大いに受け入れられ右に倣えになるか、排除されるかのどちらかになる。
ずらっと並んでいる令嬢を眺めて代り映えしなくても妙な話ではない。ましてや、さほど興味が無いとなれば、見分けさえつかないと言い出すのもやむを得ないといったところか。
「うーむ、しかし選べないと言う訳にはいかないのだが…」
それはそれで権力抗争の下地になってしまいかねない。
「…会ってみる」
「そうか? うんうん、まずは知り合わねばなるまいな」
ザイードも父王を困らせるのは本意ではないので妥協した。
ところが、蓋を開けてみれば面白いほどに会話が弾まなかった。
「殿下はずっと剣に打ち込んでおられるのですね?」
「ああ」
令嬢方はしきりに話し掛けるのだが、返ってくるのは相槌が精々である。
「このドレスは如何でしょう?」
「……」
クルリと回って見せる。
「流行の仕立て屋に作らせたものなのですけれど?」
「…?」
「あの…?」
「この前も同じのを着ていなかったか?」
「な!!」
こうして令嬢方はことごとく立腹して退場していくのである。
事が事ゆえに辞退とまではいかないものの、内々に苦情を耳に入れられた国王は困り果てる。どうやら王子の朴念仁っぷりは筋金入りのようだ。
「気に入るものは居ないか?」
正直、適当にあてがってしまえば後継くらいは何とでもとも思うのだが、それは如何にも王子が不憫である。
「分からない」
「分からんか…」
本人なりに苦心している様子を見せられれば、溜息しか出なくもなる。
「せめて好みくらい分かれば再検討させられるのだが」
「…アヴィみたいな人が居ない」
「アヴィオニス! おお!」
ウォルトンも知ってはいながら好きにさせておいたのでこれまで失念していた。
家柄としては遜色なく、年頃も全く問題無い。候補に挙がっていなかったのが不思議なほどだ。
実はこの頃アヴィオニスは、文官として身を立てるべく勉学に全力を投じていたのである。ザイードの応援も有るし、男社会の宮廷に滑り込む余地くらいは有る筈だと考えての事。そして、いずれは勇者王となった彼の横で辣腕を奮ってやろうと目論んでいたのだ。
当主の伯爵からは、王子の妃候補にという話は通されていたのだが、彼女の気質からして応じないのは目に見えていたので強くは推されず、早々に脱落していた。
それがここに来て、いきなり再燃したのである。それも勇者王直々の懇願という形で。臣下としては拒むなど以ての外。
急ぎ準備された席に、一応は着飾ったアヴィオニスが現れる。しかして流行に乗っているとは言えず、お仕着せの感は否めない。事実、彼女はそういうものにあまり興味を示さず、そこに注ぎ込むお金が有るならもっと良い家庭教師をと望んでいたからだ。
「よく来た、アヴィオニス嬢。急な話で済まなかったな」
定型の礼を受けた後に、砕けた感じでウォルトンは応じた。
「思わぬお招きに、このような恥さらしを申し訳なく思っております」
「良い。気にするな」
このようなところは親子だとアヴィオニスは思う。
彼女とて流行には目を配っている。それも情報の一つだからだ。ただ、情報として扱っているだけで、取り入れようとはしていないだけ。持っているドレスは失礼に当たらない程度に整えられていれば良いと考えていた。
当り障りのない歓談が続く中、ザイードが無造作にケーキに伸ばした手をアヴィオニスはぴしゃりと叩く。
「こら!
これにはさすがに勇者王も驚いて言葉を失った。
「腹が減った」
「食べるなって言っているんじゃない。きちんとフォークを使いなさいって言っているの!」
「分かった」
メイドが取り分けたケーキをフォークでもそもそと食べ始めるザイード。
「あー…、何だ。こんな感じで良いのか?」
「?」
「良いと言うから呼んだのだが、アヴィオニスとお前はいつもこうなのか?」
ウォルトンも不安になって一応は確認してみる。
「良い。叱ってくれるし色々教えてもくれる」
「お恥ずかしながらこのような感じなのです、陛下。御不興をいただくとは存じておりますが、ザイ…、王子殿下とわたくしの関係は一朝一夕に変えられるとは思えません。所詮は最初から難しいお話とは理解の上で罷り越しましてございます」
彼女はすぐに立ち消えになる話だと考えていて、無理に取り繕おうとは思っていなかったのだ。
「うーむ…」
何とも言えない空気が流れる。
「陛下、ザイードにはこの方で良いのではありませんか?」
「そう思うか?」
王妃リディアは家庭的な女性だ。ウォルトンが選んだのはおしとやかで控え目、それでいて芯の強い妃だった。彼女は、普段は前面には出てこないのだが、要所要所で的確に意見を述べてくる。
「これくらいでなくてはいけないと思いますわ」
「言わんとするところは分からんでもないな」
ただの朴念仁では、誑かされれば良いように操られてしまいかねない。手綱を取られて方向性を示されても、向くべき方向さえ握られなければ問題はない。
二人ともラムレキアの将来を見据えているのなら、手を携えて向かっていけよう。
「あ…、れ…?」
それ以降はあれよあれよという間に話は進み、アヴィオニスはいつの間にか婚礼衣装でザイードの隣で市民に手を振っていた。
(こんな筈じゃなかったような…)
確かに彼女には野望があった。それは国の中心に立って、舵取りに参加したいという野心であった。それは間違いなく叶いつつあるのだが、アヴィオニスが想像したのとは全く違う形で進んでいる。
(か、肩書が違うだけで、やる事は同じよね? そうよね?)
そして時は進み、彼らは今、勇者王と王妃なのであった。
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