帝都ラドゥリウス
その部屋は魔法の明かりで煌々と照らされている。
それゆえに暗さを感じる事はないのだが、昼間だというのに分厚いカーテンで閉ざされている事を思えば決して健康的とは言えないだろう。
部屋の主は高級材をふんだんに用いて作られ、磨き上げられた大机に着いている。大振りな椅子の座面には、肌触りの良い柔軟な生地と中に詰められた柔らかな獣毛とでクッションが利いて、長時間の執務も身体の負担にならないように作られていた。
雅な彫刻で彩られた肘掛けに置かれた肘から先はその
「間違いなく返答を受け取ったのだな?」
大机の前に跪いた男は、首を垂れたまま報告を続ける。
「はい。
「どこのギルドからか?」
「ゴルホーラの宿場町のようです。容姿を確認させましたが、赤毛の大男と他三名だったと」
冒険者ギルドに入れている密偵は必要な情報を上げているようだった。
「陽動ではなさそうだな」
(掛かったな、魔闘拳士。こちらの手の内にぬけぬけと入り込んで来るとは愚かしい。その驕り、命を縮めるぞ?)
繊細そうな端正な細面が、したり顔に変わる。
「予定通り、街門は張らせております。見落とさないよう厳命しておりますので、ご心配無きよう」
期日を誤魔化して帝都に入り、探られるのを防ぐ為に既に監視体制に入っていると告げる。
「指示通りに進めろ。絶対に勝手をさせるな」
「承知いたしましてございます」
「魔闘拳士、貴様の弱点など知れているのだぞ?」
手を振って下がらせると、その面は獰猛な笑みに染まった。
◇ ◇ ◇
暗黒時代から三百
しかし、その繁栄は侵略と搾取の上に成り立っていると思えば、その煌びやかさにも影を感じてしまうのは否めないだろう。それは外側から見た感想であって、住人にとっては大きな関心事ではない。
都会の喧騒はどこも同じ色を帯びていて、悲喜こもごもを孕んでかまびすしい。だが、比較的喜色に彩られているのも同じだと言えよう。
大通りに面しているのはやはり商店が多く、構えの大きな建築物が多い。その合間合間に露店も並び、客寄せの声が交差して独特の雰囲気を醸し出している。
横道を覗き込めば一般住宅や集合住宅が並んでおり、洗濯物が翻っている様も目に入る。人々の姿も多く、そこはそこで別種の喧騒を感じる事だろう。
ただ共通しているのは、どの建築物も四隅にはレンガ積みが見られる点であろうか。レンガ柱が全体を支える形になっており、衝撃に対する堅牢さを思わせる。それは尚武の国の象徴というよりは、何かに怯えている様を表しているようで痛々しい。
この国にはまだ暗黒時代の傷痕が残っているように思える。それが力への追求に繋がっていると感じるのは穿ち過ぎであろうか?
そんな街並みを眺める彼らが街門をくぐったのは今朝の事である。
昨夕には帝都を臨む場所には着いていたのだが、門内に入るのは避けたのである。向こうから何らかの接触があるまでに夜を迎えるのは厳しい。誰の思惑がどんな風に絡んでいるのか分からない以上、その渦中で睡眠をとってなどいられない。
そんな形で神経をすり減らして消耗するよりはと、街道を大きく外れて人目に付かない場所で夜営をして一夜を過ごした。
「どんな感じ?」
並んで歩きつつ、チャムは何気ない笑顔を浮かべながら尋ねる。
「ん? 監視だらけだよ。それこそ数えるのも馬鹿馬鹿しくなるくらいにね」
「路地にも人がいて、並行して移動してますぅ」
とても笑顔で交わしているような会話ではない。
「大丈夫か、フィノ?」
「大丈夫ですよぅ。範囲を絞ってますからぁ」
慣れているカイはともかく、この可憐な獣人には街中でのサーチ魔法は負担になる。とは言え、今は最大限の警戒が必要な時だ。
「これほどサービスしてくれると引き剥がすのは骨が折れるなぁ」
「ぞろぞろ引き連れて歩く訳にはいかないでしょ? 人気の無いとこに引き込んで始末しましょ」
「おっかねえ」
つい口を吐いて出た台詞に、青髪の美貌の眉が吊り上がる。
「監視にまでモテたいのなら止めはしないわ。その代り、フィノは身を呈してでも守りなさいよ」
「悪ぃ悪ぃ、解ってるぜ。こんなんじゃ身動きとれねえ」
美丈夫は肩を竦める。
(でも、いきなりこんなに寄ってくるって事は相手は
招いておいて包囲する策はあまりに短絡的過ぎる。相手が最大限に警戒している時に手を出すなど愚策だ。それなら接触して油断を誘ってからのほうがよほど効果的だろう。
そんな風に感じながら、チャムはカイが人気のない場所を探し当てるのを待っていた。
◇ ◇ ◇
騒がしさにマークナードは顔を顰める。
「うるさいぞ。今は忙しい。後にしろ」
単なる癇癪ではない。本当に忙しいのだ。
別室からは次々と伝令役が入ってきて報告を入れる。それらにより状況把握をしつつ、新たな指示を飛ばしているのだ。その別室は、この本邸の玄関とは違う出入り口と通じており、諜報員は一部の者しか知らぬそこから頻繁に出入りしていた。
普段は作戦を立案した後は微調整しつつも結果待ちという姿勢のマークナードにしてみれば、この状況に応じての指揮は臨場感を伴って緊張を強いるものだった。
「殿下、ディムザ様がお越しなのだそうです」
業を煮やした秘書官が応対に出ると、少し慌てた様子で耳打ちする。
「ディムザだと? 奴め、何をしに来た?」
「これだけの手勢を動かしております。あちらでも何事か起こっているのは掴まれているかと?」
「ちっ、仕方あるまい」
そうであれば通さないわけにもいかない。釘を差しておかねばならないからだ。
「ずいぶんと派手にやっておられますな、兄者」
顔を見るなり皮肉が飛んでくる。
「言っておくが、ディムザ。手出しは不要だぞ? 解っておろうな?」
「そのつもりはありませんよ。何事もなければね。ただ、ひと事ご忠告を。魔闘拳士をあまり刺激しない事をお勧めします。不用意に逆鱗に触れれば、彼は自制を捨てますよ? ラドゥリウスに引き込んだ以上、その辺りは弁えていただきたい」
「黙れ。貴様に言われずとも理解しているに決まっている。横槍を入れたりせねぱ計算通りに事は運ぶ」
妙に自信有りげに構えている。
(何を言っている。引き込めと提案したのはこいつだっていうのは聞いているんだぞ?)
第二皇子は、皇帝より直接、魔闘拳士確保の策を練るよう命じられている。
第三皇子ディムザには、西部の不穏な動きへの対策の命が下されている。今はまだ全容が掴めず彼も帝都に残っているが、魔闘拳士への対応までとなると多事多端に過ぎると思ったようで、帝命はマークナードに下された。
その時に与えられた情報は、魔闘拳士と直接対した事のあるディムザからのものであると伝えられている。その本人が否定的は態度をとるという事は、手柄を惜しんでいるとしか思えなかった。
(そこで指を咥えて見ているがいい。獲物が攫われる様をな)
細面に填まった瞳には昏い色が宿っている。
(貴様の献策に踊らされているのではないぞ? 私とて相手の事など知れている)
唇に不敵な笑いが浮かぶ。
(英雄の死因は、いつの時代も『英雄であるがゆえ』なのだ。魔闘拳士、お前もそこからは逃れられん)
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