策動の都
伝文
「罠でしょ」
それに関しては誰一人として異議はない。
どこからどう見ても怪しい。そんなメッセージだった。
◇ ◇ ◇
ネーゼド郷に舞い戻り、せっせと刈り入れ作業に勤しみ、女性なら入れそうな袋にいっぱいの白麦の
その後にコウトギ国内を南下して、たった三つしかない宿場町の一つ、ブンザ・ニリに到着した。
宿泊客まで合わせても人口千にも満たない宿場町だが、そこにも冒険者ギルドがある。依頼が入るのかどうかも怪しい立地だというのに、なぜかどこに行っても冒険者ギルドだけはあるのだ。しかも職員は人族のほうが多いという不思議まで備わっている。
ともあれ、変異種討伐の精算と簡単な情報収集くらいを考えていたのだが、そこで意外なものを受け取る事となった。
「トゥリオ様、徽章をお返しします」
銀色のメダルの填まった冒険者徽章を差し出しながら受付の女性が続ける。
「あと僅かです。頑張ってくださいね?」
「お! そろそろかよ。楽しみだなぁ」
その口振りはポイントの事だと察して相好を崩す。
あと僅かでそのメダルの色が黒に変わるという意味だと受け取って間違いないだろう。
「ところで、トゥリオ様、メッセージをお預かりしております。読み上げても構いませんか? それとも書面に致しましょうか? 差出人はディアン様です」
「な!!」
冒険者ギルドには手紙の配達とは別にメッセージサービスもある。
それは冒険者徽章書換装置の情報通信機能を用いたもので、受付の水晶板に表示されるほどの簡易な伝文形式のものだが、或る程度の秘匿性は担保される。
その場で読み上げるだけなら差出人が払った手数料だけで受取人の負担はないが、書面にしてもらうにはまた手数料が発生する。それでも、大勢の耳があるギルド内で読み上げられるよりは秘密は守られる仕組みだ。
「…書面にしてくれ」
衝撃に目を見開き絶句した赤毛の美丈夫も、すぐに立ち直り注文する。
彼の知人にディアンという名の男は一人しかいない。ディアン・ランデオン。つまり帝国第三皇子ディムザ・ロードナックその人である。
そんな相手からのメッセージをここで読み上げてもらう訳にはいかない。
「承りました」
皮紙を取り出した受付嬢はペンをさらさらと走らせると、裏返しにしてカウンターの上を滑らせて差し出す。
「どうぞ。委託金からの引き去りで構いませんね?」
「ああ」
目配せをし合う仲間達を余所に、その内容に目をやったトゥリオは振り返る。
「行こうか?」
「そうすっか」
口を開く前に手を打たれた。
ディムザからのメッセージ内容となると、小声で告げるのも憚られる。ともかく、人目も耳もない場所でなくてはならない。
その
◇ ◇ ◇
「やっぱり罠だよなぁ…」
焚火を前に呟くように言う。
『帝都ラドゥリウスで待つ。西地区のカンナハルの山小屋亭。期日は任せる。連絡を請う』
内容はメッセージらしく簡潔そのものと言えよう。
「どう受け取れってんだ?」
トゥリオは見えない相手に問い掛ける。
「これの厄介なところは、誰が送って寄越したのか分からないところだよね?」
「困るわよね? 意図が見えないもの」
「相手によって対応を変えないといけませんですぅ」
皆が一様に迷いを口にする。
「やっぱりそう思うのかよ」
(らしくねえっちゃらしくねえ。あいつなら相手が乗り易いようにもうひと捻りくらいは加えてきそうなもんだしな)
策略家なら、こんな直截的な内容でなく、相手が引き込まれざるを得ないような餌も撒いておく筈だと考える。その辺りがディムザを感じさせない。
逆に別人だとすれば、トゥリオが
ただ、これが冒険者ギルド経由のメッセージだというのも迷わせる原因になる。
少なくとも受付嬢が二人は関与するメッセージサービスに、色々と匂わせる言い回しを使うのは憚られる。印象に残ってしまうからだ。
その点、手紙なら凝った内容も送れるが、相手の居場所が分からないと送れない。彼らのような流れ者には届かないと思っていい。
「さすがにあいつも配慮したかもしれねえだろ?」
メッセージゆえに単純な内容にしたと示唆する。
「私達の足跡を追っていれば先回りくらい出来るでしょ? 今はそんなに足は速くないわ」
「そうですよねぇ」
コウトギ国内をあっちこっちしたが、そんなに距離は稼いでいない。情報を追っていればその後に南下するであろう事は読めなくもない。独自の諜報網を持つであろう彼なら手紙で事足りるだろう。
「うーん、手紙ならサインの
ディムザならそれくらいは考えると言いたいのだろうが、余計に判断を難しくさせた。
「乗ってみるしかねえか」
「それが一番確実だね。それなりのリスクは負わないといけないけど」
相手の反応でその意図を読み、そこから誰の差し金かを見極める方法。ただし、それには相手の懐に入り込む危険を伴い、カイの判断だけでは決められない為、仲間の表情を窺う。
チャムとフィノが黙って頷き、彼らの行動は決定した。
◇ ◇ ◇
諜報部隊からの報告を受けた腹心マンバスが告げた情報に、彼は眉根を寄せた。
「魔闘拳士が帝国内に入ってきただって!」
そういう内容だった。
「間違いないのか?」
「人相風体からして間違いないかと思いまして、冒険者ギルドで聞き込みもさせました。名前も確認しております」
そこまですれば確定情報だと言える。
「何でだ?」
諜報部隊の主ディムザにしてみれば意外な情報でしかない。
コウトギ長議国での足跡は追わせている。排除されるので監視は付けていないが、結構派手に動いてくれただけに確実に追えているのは疑いようもない。
ただ、その動きからしてそのまま南下するものだと考えていた。コウトギを抜けてラルカスタン公国に入り、沿海部を西進するものだと予想していたのだ。
それなのに、
(何がそうさせた? それほど迂闊な男じゃない。何か理由があるはず。待てよ。マークナードが手勢をラドゥリウスに集めていると言ったな?)
「
ディムザは次兄、第二皇子の名を口にする。
「ご報告させていただきましたが、あちらの手数が整っているのは確かにございます。何らかの意図があるとは考えていましたが、どうやらそういう事ではないかと?」
「やってくれる。どこまで計算出来ていると思うか?」
「さすがにそこまでは。申し訳ございません」
動きは見えても掴んでいる情報までは見えない。
煮え湯を飲まされた魔闘拳士の情報を躍起になって追っているのは想像に難くない。
だが、どこまで掴めているかとなれば疑問符が付き纏う。彼にもそれほど掴めているとは言えない魔闘拳士の
(分かってやっているのか、兄者は? あれは帝都をも焼き尽すような大魔法と同等なんだぞ?)
ディムザは、胸の内の懸念が払拭出来ないでいた。
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