フラグレンの一歩

「所詮、俺の子か」


 一念発起したフラグレンが、当代にして父であるアントリオ・ミニエットに直訴して、騎士の道を歩む事と家督の継承を願い出た時に出た言葉である。


「過酷な道だぞ? お前には普通に穏やかに女の幸せを求めて欲しかったのだがな」

「ありがとうございます、お父様。でも、わたし、心の底から剣を振るうのが好きだと気付いてしまいました。この上は、お父様の後を追いかけたいと思います。どうかお許しくださいませ」

 深く礼をする娘の姿に否やを言えるものでは無かった。それどころかアントリオの心には喜びさえ有ったのだ。

「解った。追い掛けてこい。待ってはやらんぞ?」

「心得てございます」

「見てやりたいところだが、俺もそう空いた身でない。騎士団の面倒も見ねばならん。よい師を探してやろう」

 娘の意気には応えてやりたい。

「ありがたきお言葉ながら、今は級友達と上を目指したく思います。導いて下さった方の教えを胸に」

「そうか。良い指導者に恵まれたか?」

「わたしにとってはこれ以上ないほどの最高の師であります」


 娘のその笑顔が、父にその存在の大きさを伝えていた。


   ◇      ◇      ◇


「お許し出たのー? 良かった」

 霧の小人亭の食堂で、フラグレンの報告を聞いたアルギナは手を叩いて喜ぶ。

「じゃあ、本格的に騎士修業しなくちゃ、だねー。お別れは悲しいけど応援するから」

「ううん、当分は冒険者学校で鍛錬を続けるから一緒よ」


 今やフラグレンと組手をして同等以上の勝負が出来る教員は居なくなった。彼女が学校に残る意味なんて無い筈なのに残るという。


「でも、チャムさんや師匠は……」

「良いの」

 既に彼らが数の内にスリッツを離れる事は話してある。鍛錬を続けるにも指導者に困るのは間違いない。

「チャムお姉さまはわたしに十分に剣の道を示してくれたわ。あとは今の級友達と切磋琢磨していきたいの。特にアルギナ。あなたと」

 居住まいを正した彼女は真剣にアルギナに訴え掛ける。

「同じくお姉さまの教えを請うたあなたなら、共に上を目指せる筈だわ。それと、これは個人的なお願いなんだけど、その後もずっと付いて来てくれないかしら?」

「ん? あたしが?」

「女の身で騎士を目指すのがどれだけ大変かは今は予想が付かないほどだわ。でも、アルギナが居れば挫けたりせず進んでいけそうな気がするの。これは単なる我儘。だからお願い。考えておいて」

 彼女は目で訴えかける。

「考えるまでも無いよ。ラグが来てって言うならどこまでも付いていく。もう要らないって言ったって放してやんないから!」

「ありがとう、アルギナ。でも、絶対に追い越させたりはしないから、そのつもりでね」

「そんな事言うんだ。ふふん、すぐに追い越されて泣いちゃわないようにねー」

「言ったわね?一緒に駆け抜けましょう。どこまでも」

「うん!」

 手を取り合う二人を、三人の冒険者が見守っている。


 そんな二人の前に分厚いステーキがドンと置かれる。

「これから大変そうな君達は、一杯栄養摂って頑張らなきゃね。今陽きょうは僕の奢りでいいから好きなだけ食べていいよ」

「ひゃー、良いんですかー。そんな事言ったら、大変な事になっちゃうよ?」

 アルギナが手を叩いて喜び、フラグレンは心配そうに見上げる。

「気にしなくて良いわよ。この人、今陽きょうの午前中は仕入れに行っていた筈だから」

「仕入れってこれ、紅角牛ブラッディホーンの肉ですよね? そんなに市場に流れる物じゃないと思うんですけど?」

「市場には無えだろうさ。こいつなら一人で仕入れに行っちまうがよ」

 それが意味する事に、普通では有り得ない結論に辿り着いてしまい、汗を垂らす二人。

「あははははー、師匠ったら冗談が上手なんだからー」

「なあ、面白ぇ冗談だろ? ほんっと笑えねえったら」


 矛盾した台詞を言い放つ美丈夫に、何と答えれば良いのか解らなくなる二人だった。


   ◇      ◇      ◇


「助かったよ、カイ。本当はこっちが給金払わなきゃいけないくらいなのに」

 宿代の清算をする彼にムバナンは本当に申し訳無さそうに言い、リラも傍らで深く腰を折っている。

「とんでもありませんよ。霧の小人亭ここはとても良い雰囲気で好き勝手させていただきました。ご主人には幾ら感謝しても足りません。本当に楽しい陽々ひびでした」

「カウリーも本当に懐いていますし、うちで働いていただきたいくらいですけど、私の我儘ですわね」

「行かないでよ、カイ。うちで働けばいいから」

 カウリーは半泣きでカイに縋っている。

「ごめんね、カウリー。僕は旅の面白さに取り憑かれちゃっている人間なんだ。今回みたいに良い人との出会いがいっぱいあるからね」

 頭を撫でてから抱き上げると、言い聞かせるように言う。

「だから君はもっとこの霧の小人亭を良い旅宿にして、もっといっぱいの旅人に良い居場所を作ってあげてくれないかな?」

「……わかった」

 カウリーをリラに渡して、四人は別れの挨拶をする。


 外では旅立つ彼らを待ち受けている者達が居る。

「ありがとうございました、チャムお姉さま。これからもお姉さまの教えを守って精進していきます」

「あり……、ぐしゅっ、ありがとうごじゃいましゅた、師匠」

 アルギナはしゃくり上げているが、フラグレンはチャムを安心させるように堂々と胸を張っていた。その胸に宿った自信は、この後も彼女を支えていくだろう。

「貴女はもう大切なものを掴んでいるわ。基本も全部教えた。技術は後から場数を踏めば幾らでも付いてくるから、努力を忘れないようにするだけで大丈夫な筈よ」

「はい」

「アルギナも頑張れよ。良い友が隣に居るんだからあんまり心配はしてねえがな」

「頑張りましゅ」

 他の冒険者学校の生徒達にも発破を掛けて、彼らは別れを口にする。

「チャムお姉さま、本当にありがとうございました」

 彼らは四人の冒険者が見えなくなるまで頭を下げ続けていた。



 これは中隔地方にその名を馳せた女騎士の物語。


 イーサル王国最高峰の騎士の座を手に入れたフラグレン・ミニエットとその従騎士アルギナが、歴史にその一歩を記した話である。


   ◇      ◇      ◇


 教室に入ってきた男子生徒達は妙に興奮している。その様子が気になって、フラグレンはつい聞き耳を立ててしまう。


「おい、聞いたか?」

「あれだろ? 遠征軍が持って帰ってきた情報」

「ああ、それそれ。この辺りに来ているらしいぜ」

「ああ、あの『魔闘拳士』だってな。どんな人なんだろ?」

「俺が聞いた限りじゃ、黒髪の男で、腕に太さが三倍くらいあるガントレットを装備しているらしいぜ」

 その台詞にフラグレンは目を丸くする。


(お……、おさんどんさん!?)

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