料理番

(どういう方なのかしら? 剣も下げてないし、そんなに強そうにも見えない)

 物珍しそうに見つめる二対の瞳に、カイと紹介された青年は笑い掛ける。


「気になりますか? 僕はホワイトメダル、この前ハイノービスになったばかりですよ」

 そう告げられて、アルギナの表情が一気に明るくなる。

「良かったー。凄い人ばっかりで緊張してたの」


 アルギナは登録したばかりでビギナーだが、フラグレンに至っては実習を重ねてノービスに手が届こうかという所まで来ている。組手をすればほぼ五分の二人から見ればハイノービスは身近な存在に思えるのだ。そこからが茨の道なのである。


「師匠くらいの強豪パーティーになったら料理番の方が居るんだ。すごーい」


(ああ、料理番。おさんどんさん?)

 フラグレンの頭の中に、調理場の下働きを表す言葉が浮かんでしまった。パーティー内で食事の面倒を見るその立ち位置が連想させたのだろう。


 アルギナの言葉を咎めたりせず、ニコニコとしているところを見るとその認識で問題無いのだろうと思う。チャム達は何とも言えない微妙な表情を見せている。ランクの低い冒険者を酷使しているように思われるのが引っ掛かっているのだろうか?

 彼は彼で技能を活かしているのならば、それも一つに道なのではないかとフラグレンは思うのだが、気兼ねしてしまうものらしい。


「納得しましたか? さあどうぞ」

 料理を勧められて二人は目を転じた。皿の上には白い半球形の料理らしいものが並んでいる。

「ご馳走になります」

「はい、おあがりなさい」


 フラグレンも初めて見る料理に、そっとナイフを入れてみた。その半球は非常に柔らかく、ろくに力を入れなくてもスッとナイフが入った。ひと口分を切り分けると、その内側には火の通った挽肉らしいものが詰められていた。


「んー! 美味しー! これ、何なの、カイ?」

「うん? そうだね。ラウッカの肉詰めってとこかな?」


 玉ネギに似たラウッカを縦に半分に切り、外側の一層だけを残して中を抜く。抜いた中身をみじん切りにして、予め叩いておいた牛挽肉に混ぜて練り込む。軽く塩で下味をし、香辛料スパイスを加えて更に練ったものを、外側の一層の中に詰め込む。油を引いた厚手の浅鍋に並べて、加熱刻印のしてある鍋蓋を被せて天火加熱する。


 別の鍋で牛骨の出汁を少し煮詰める。適量の塩で味付けして、レンバット粉でとろみを付ける。その実がほぼ澱粉で出来ているレンバットを粉にしたレンバット粉を加えて加熱すれば、出汁は粘りを増す。そうして出来上がったのが塩味のあん・・だ。

 火の通った肉詰めにこの塩あんを掛けたら出来上がりだとカイは説明した。


「本当に美味しい。初めて食べる料理です。お国の料理なんですか?」

「着想はそうです。素材が揃わなくてほとんど独創オリジナルですけどね」


 カイが作りたかったのはピーマンの肉詰めなのだが、市場を巡ってもピーマンに似た野菜が見つからなかった。

 菜類を使ってロールキャベツっぽいものも考えたのだが、思い切ってラウッカを使ってみる事にしたのだ。


「これも良いわー。塩梅が丁度良いわー」

「甘塩っぱいの堪らないですぅ」

「スパイスの利きが良いな」

 彼らが絶賛するのも当然だとフラグレンは思う。


 最初に感じるのはトロトロになったラウッカの甘さ。次に肉の旨味が来て、スパイスが鼻に抜ける。それらを塩のあん・・が最期にさっぱりと仕上げて、次のひと口の後押しをしてくる。ナイフを動かす手が止められなくなるのだ。


「あうー。止まらなくなっちゃうー」

「すごいわ、これ」

 アルギナの感嘆の声に、フラグレンも賛同せざるを得ない。チャムが美味しいものと断言して揺るがなかった意味が解った。彼の料理の腕を信頼しているからだろう。

「評判が上々そうで安心しましたよ。塩あんに辿り着くまでちょっと苦労しましたからね」


 物腰も柔らかい黒髪の青年を、チャムが手放さなくなる気持ちがよく解った。

 これほどなら彼もパーティーで大事にされているだろうと思う。パーティーの形にも色々あるものだと感心した。


今陽きょうは一緒に食べられるの?」

 そのまま席に着いて自らも食事を始めたカイにチャムが問い掛ける。

「大丈夫だよ。夕方、仕込みに来た夜番の調理師さん達にレシピは伝えてあるから」

「そうなの、良かった。あなただけ働いているのは寂しいもの」


 何の事か解らない二人は、昨夜はカイの料理を食べたがった他の客に持っていかれたのだとトゥリオの説明を受ける。

 なるほど、それも仕方ないかと思う。実際に、同じメニューが並ぶテーブルのなんと多い事か。皆の顔が綻び、舌鼓を打ちながら談笑する姿を見ていると、料理人冥利に尽きるのだろう。


 チャムにしても、隣のカイに対するボディータッチは多いし、繰り返し微笑んでは今陽きょうの事を話している。静かに頷く彼に甘えているような雰囲気を醸し出す彼女は、昼間の厳格な態度が嘘のように見える。

 冒険者の過酷な日常は、精神的に癒されもたれ掛かる相手を求めるものなのかもしれないとフラグレンは思った。


 しばらくするとカウリーがやって来た。霧の小人亭の次代はフラグレンとも知り合いで挨拶をしてくる。

 彼は自分用の高めの椅子を準備すると、カイの隣に陣取り当たり前のように食事を始めて少し驚いたが、昼間は調理場でカイが相手しているのだと聞いて納得する。ラウッカの肉詰めを切り分けて食べさせてもらって嬉しそうだ。本当にカイに懐いているのだと解る。


 フラグレンは、改めてカイを見る。こんな家庭的な人物がどうして流しの冒険者などやっているのか不思議に思えてくるが、人それぞれ事情もあるのだろうと考え直す。興味は引かれてしまうがそれは禁忌タブーだ。自分も今は冒険者の端くれ。触れるべきではないだろう。


   ◇      ◇      ◇


 楽しい夕食会は終わり、フラグレンはチャムとカイに送られ、アルギナはトゥリオに送られる事になる。


「飲んで帰るから先に寝ててくれ」

 トゥリオがカイに伝えると応えが返る。

「解ったよ。あまり深酒してチャムやフィノに迷惑掛けないようにね?」

「おう、適当に雰囲気を味わったら帰るから」


 飲酒癖の無い他の三人と違い、トゥリオは時々飲みたくなるそうで、そういう時は一人で飲みに出ていくらしい。

 霧の小人亭でも酒精は出すが、食事の時に飲む酒と飲みに行く酒とは本人的には違うように感じるという。特にトゥリオは裏通りの場末の酒場を好んで利用しているらしいとチャムに聞く。


「その辺の感覚は、私達には解らないんだけどね。まあ、あいつがそうしたいんならそうすれば良いし、適当に女を買って発散して来るのなら止める理由も無いしね」


 確かにパーティー内でそういった問題を起こされるくらいなら、本人が望む時に自由にさせてあげたほうが良いと思えた。


 男女の混成パーティーでは女性の寛容さも重要なのだろうと、フラグレンは知った。


   ◇      ◇      ◇


 裏通りをうろつき、目に付いた酒場の扉をトゥリオは押す。店内の視線が集まるが、これ見よがしに背中の大剣を揺すり上げると喧騒は戻ってくる。無駄に絡まれる事を防ぐにはこれが一番手っ取り早い。

 カウンターに腰掛けて、強めの蒸留酒を主人に頼んでちびちびとやる。特に鋭い気配を感じないので、今夜も問題無く酒を楽しめそうだ。

 そう思っていると、隣の腰掛けスツールに一人の若い男が着く。


「兄さん、一人かい?」


 黒髪の男はそう話し掛けてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る