リド

 アトラシア教はホルツレインの国教ではない。

 だが信徒の多い国柄から重用はされている。その証拠にホルツレイン本部教会はホルムト城門内にある。

 その教義は、人の罪を戒め、人の心に寄り添うものだ。

 ただ、ここで問題になったのは一つの教義。

 『魔獣は人の敵であり、神敵である』というものであった。


 昼の白焔たいようが高く昇ってからカイとチャムはリドを伴ってホルムトに戻った。

 とりあえず討伐部位の換金に冒険者ギルドに立ち寄る。受付嬢は自分に向かってきた冒険者の頭の上にいる薄茶色の獣に一瞬目を奪われたが、その冒険者の容姿のほうに反応した。


「お聞きします。昨陽きのう、ある冒険者パーティーから他の冒険者より暴行を受けたという申告がありました。あなた方の容姿が該当するのですが、心当たりはありませんか?」

「なるほど…。おそらくそれは僕の事です。あれは冒険者ギルドのルールに触れたんでしょうか?」

「私闘行為は基本的に禁じられています。ましてや申告通り一方的な攻撃であった場合は更に問題です」

 専門法規にも目は通していたが、その行動が多岐に及ぶ冒険者では、どれがいつ適用されるかは把握しにくい。

「解りました。指示に従います」

「では事実関係が確認されるまで拘束させていただきます」

「暴行を働いたのは僕だけです。彼女は拘束に当らないはずです」

 あの行為はカイの信条に基くものなので確認してもらう。

 チャムにまで害を及ぼすわけにはいかない。

「確かに『黒髪の男性より』となっています。そちらの方は自由にしてもらって構いません。ただ事情聴取に伺うかもしれません」

「そういう事なんでチャムは先に帰ってて」

 一方的な話に「あの馬鹿どもは…」と呟いていたチャムだが、ここで粘っても仕方ないと思い直す。

「待ってて、カイ。何とかするから」

「うーん、無理しないでもいいからね」


 城門をくぐって王宮に着いたチャムはすぐに声を荒らげた。

「誰か!?」


 それでも美しい声音が、回廊に響き渡った。 


   ◇      ◇      ◇


 冒険者ギルドに到着したハインツはカウンターに向かって用件を告げる。ギルドにしてみれば煌びやかな鎧を纏った騎士は珍客中の珍客だろう。対応する受付嬢は緊張気味だ。

 案内された軟禁部屋でカイは小動物と両手を取り合って、「せっせっせー」とやっていた。


「何やってんだよ」

「あれ?どうしたんですか。ハインツ?」

「どうもこうも無いだろう。迎えに来たんだよ」

「それは申し訳ありません。でも解放されるかどうかは僕にはどうにも…」


 冒険者ギルドの管理室は騒然としていた。

 冒険者同士の暴行行為で拘束していた者の正体が知れたからだ。


「魔闘拳士様だと? それは本当なのか?」

「はい、王宮から近衛騎士の方が派遣されてきました。これ、どうします?」

「冗談じゃない。そんな重要人物を無下に扱ったとなればなれば大問題になるぞ。いや、もうなってるのか…」

 冒険者出身でないギルド支部長は慌てふためく。

「はい、近衛騎士様となるともしや国王陛下のお耳に?」

「マズい、マズいぞ、これは。どうすれば?」

「とりあえずお帰りいただいたほうがよろしいのでは? で、この後協議の上での対応が順当かと…」

 職員達はバタバタと当人のいる部屋に向かう。


「え? 帰っていいんですか?」

「はい、どうぞお帰り下さい。本陽ほんじつは大変なご迷惑をお掛けしました」

「迷惑を掛けたのは僕のほうじゃないですか?」

「とんでもございません! 知らぬとはいえあなた様を、その…、拘束するなど…」

 駆け込んできたギルド支部長と名乗った男は汗だくになって言う。

「それは組織のルールを犯したのなら仕方ないんじゃありませんか?」

「いえ、まだきちんと確認は取れていないのです。そちらが済み次第改めてご連絡をさせていただきたく」

「そうですか…」

 少し考えてカイは徽章を外して差し出した。

「お返ししておきます。違反行為をしたものがギルドに所属し続けるのは問題でしょう?」

「そ、そういう訳では…」

「構いません。長期に渡ってお世話になりました」

 徽章を返されたギルド長は呆然と見送るしかなかった。


「良かったのか、返して?」

「もう一個、身分証明になるもの持ってるからいいんですよ。それを使えば大抵のところは通れるはずですし、冒険者じゃなくても魔獣は狩れますし」

「まあそうなんだろうが」

「問題無いですよ。ねー、リド」

「ちゅいっ!」


 そこからの賛同で良いのだろうかとハインツは思った。


   ◇      ◇      ◇


 そのの御前会議は紛糾していた。

 御前会議は国王アルバートを中心に王太子、大臣級の重臣と議題に上っている部門の高級政務官、書記官、そしてアトラシア教会本部のファーガスン大司教が宗教的側面から意見を述べる事になっている。議題は粛々と消化され、その一番問題になり時間が掛かるであろう議題に取り掛かる。

 それはファーガスン大司教から提示された。


「陛下。の魔闘拳士殿が王宮内に、選りに選って魔獣を連れ込んでいるというのは本当なのですかな?」

「確認させたが事実のようだ。余も会うたが大人しいものだったぞ。カイによう懐いておったわ」

「陛下まで何をおっしゃっているのです。魔獣ですぞ。速やかに取り上げて殺してしまうべきです」


(怖いもの知らずとは厄介なものよの)

 アルバートは思う。


「無理だぞ。あれは魔闘拳士の庇護下にあるのだ。誰にどうこう出来るものではない」

「御下命にも従わぬのでありますか? の英雄様はずいぶんと増長しておられますようで?」

「待て、ファーガスン殿。彼の行動原理は我らとは違う。陛下をお責めするのは筋違いというものだ!」

 あまりな物言いにグラウドは気色ばむ。

 臣下ではなく、外部顧問的な立場であっても限度を超えているというものだ。

「では政務卿は魔闘拳士殿のやる事は全て認めよ、と? 我らの教義がないがしろにされているのですぞ」

「そうまでは言わん。一頭の幼獣くらい大目に見れんかな?」

 ファーガスンまで激してきたので宥めるように言う。

「出来ませんな。神敵を放置するなど我らの信仰が疑われてしまいます。魔闘拳士殿がそれを拒むというのなら追放してしまえばいい」

「「「なっ!」」」

 あまりな強論に皆が息を飲む。

「聞けば彼の者は暴力問題を起こして一時冒険者ギルドに拘束されていたそうではありませんか? 確かに過去、王国を救った英雄かもしれませんが、傲慢が過ぎれば王国の害悪になるというものですぞ」

「それだけはあり得ぬ。あれは余の客である。そなたの指図など受けぬ」

「私は王国の事を思って…」

 暴論にさすがに国王も苛立ちを抑えられなくなってきていた。

 その気配を感じてファーガスンも口篭もる。不穏な空気に一石を投じるべくグラウドは提案する。

「ならば直接ご下問されてはいかがですかな?」


 こうしてカイの御前聴聞会の開催が決定された。


 その頃、カイは部屋でリドを「たかいたかい」していた。

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