祝勝晩餐会(4)

 アルバートとムリュエルの付き合いは長い。彼が王太子だった頃から取引が続いている。

 そうともなれば間柄も自然と近くもなってくるし、気心も知れてきて多少の情報も漏れてくるもの。もちろんムリュエルは時が来るまで黙っているし、口にしてはならない秘密は墓まで持っていくつもりだ。

 そんな気の置けない関係であるというのに、アルバートは魔闘拳士に関しては明かせない秘密が幾つも有ると言う。それを告げること自体が譲歩であって内容は決して口にしない。その謎の多い人物を前にしたムリュエルだが、彼との駆け引きが面白いと感じるようになっているのに気付いていた。


「ムリュエル殿の反転リングに関する考えを聞かせてもらっても構いませんか?」

「いいでしょう。そうですな、一言で言えばこれから必須になってくる物ですかな?」


 近い未来、ホルツレインとフリギア間の交易量が飛躍的に伸びる事はムリュエルもカイと見解を同じくしている。

 それは需要に引っ張られて緩やかにではなく急激に伸びてしまうだろう。その時、問題になるのは交易商人の慢性的な不足だ。国境を越えて商いを出来る者も、国境を越えて物を運ぶ者も何もかもが足りなくなってしまう。

 商品の運び手としては、『倉庫持ち』の不足を反転リングが補ってくれるのは容易に想像出来る。


「私は『倉庫持ち』の不足を、昔ながらの馬車隊列で補わなければならないかと思っていた。ところがそこにこの反転リングの情報が入ってきたので手を叩いて喜びましたな。大歓迎ですよ」


 しかし、交易商人と言うのは売れそうな物を一方的に運べば儲かるものではない。運んでいった商品を売った後は、帰りの荷を段取りせねばならないのだ。

 交易先で売れる商品、本国で売れる商品と、代わる代わるに仕入れて売ってを繰り返してこそ儲かるのだ。それは流動的な需要と時流を読む目を必要とする。更に言えば、その時期に安く仕入れられて高価く売れそうな商品を吟味しなければ立ち行かない。


「交易商人というのは感性も必要ですが、勘と経験がものを言うところがあるのですよ。だから一朝一夕では育ちません。ところがその勘と経験を自然に養っているものが居るのです」


 交易商人に着き従っている『倉庫持ち』がそうだとムリュエルは言う。

 彼らは仕事として商品の運び手を担っているが、それは一番近くで交易商人の仕事っぷりを見続けている者達だ。知らず知らずに交易の仕事のやり方も覚えてくるし、その時その時喜ばれる品も頭に入ってくる。

 その中には少なからず自らが交易商人として各地を飛び回り、稼ぐ様を夢見る者も居る。だが現実に彼らは『倉庫持ち』であり、交易商人にとって欠かざるべき存在だ。契約だ何だと言って、そう易々とは手放してくれない。どうあっても自分達は歩く倉庫扱いから脱する事は叶わず、夢を捨ててしまう者も多いらしい。


 ムリュエルは、心から立身を願い、申し出てくる者達には暖簾分けを許してきたという。彼らはそれを恩義と感じて、仕入れ先として当たり前に彼を頼ってくるのだ。

 そして儲かればまたもっと大量に彼から仕入れていく。一時的に商会の流通の効率は落ちるし、中には当然商いに失敗する者も居る。それならまた雇い入れてやり、やり直せばいいのだ。

 最終的にはムリュエルに富が集まってくる。損して得取れ、だ。彼はその商人の鉄則を守り続けて今の地位に居る。


「だから反転リングが有れば彼らの多くが夢を目指す事が出来るのですよ。その全ての者が成功する訳ではありませんが、一気に増大する交易量を支えられるくらいの交易商人が生まれて来てくれるのではないかと期待しておる次第です」


 カイはムリュエルのその深い見識に感服していた。彼がアルバートと手を組んでホルツレイン経済を主導していってくれれば大きな間違いが無いように感じられる。

「どうかお願いします。反転リングの製造販売の一翼を担って、普及の手伝いをしていただけませんでしょうか?」

 カイは深々と一礼してムリュエルに頼み込む。

「本当の普及を望むのならば、手を結ぶべきは商業ギルドではありませんかな?」

「僕は商業ギルドには嫌われているのですよ。実際にこうして既存の仕組みを簡単に壊してしまいますから。保守的で、既得権益を手放したがらない彼らにとっては天敵みたいなものでしょうね」

「否めませんな」

 さすがにムリュエルも失笑を禁じ得ない。

蓄魔器マジカルバッテリーやモノリコートの権益を何一つ渡さなかったのも彼らの癇に障ったようで、まともに取り合っても貰えないでしょう。それに現状は経済論理だけでなく、もっと高い視点で制御されなければならないと考えます。それには何と言われようが王国寄りであったほうが物事を進めやすいと思われませんか?」

「なるほど、その為には陛下の御用商人である私のほうが都合が良いと?」

「有り体に言えばそうです。選択肢が少ないというのも有ります。でも娘さんが繋げてくれたこの出会いが間違いでないと信じたく思っています」

「代表…」

 イーラは感激して、期待に胸を膨らませている。

「そこまで言われて退いては商人の名が廃りますな。解りました。お引き受けいたしましょう。そして貴殿が望む豊かで人に優しい未来を共に見ましょうぞ」

「どうぞよろしくお願いします」

 ムリュエルとカイはがっちりと握手をする。

「今度、お店のほうにも寄らせてください。少し相談したい事が有りますので」

「歓迎しますぞ」

「頼みますよ、クラッパスの。こちとら当分は忙しくて目が回りそうだ。とてもこの面倒な客の相手なんかしてやれない」

 あからさまに苦い表情をする馴染みの会頭。

「ずいぶんな言い様ですね、オーリーさん。僕とあなたの仲じゃありませんか?」

「私はお前に出会ってから人生計画狂いっぱなしなんだよ。余生を楽しめるくらい貯め込んだらさっさと引退したいくらいだ」

 そうは問屋が卸さない。クラインと繋がってしまったオーリーは自分の意思で引退する事も儘ならない立場になってしまっている。

「恩を仇で返されそうだよ、チャム」

「あなたが厄介事を持ち込み過ぎるからでしょ?」


「おや? 孤立無援?」


   ◇      ◇      ◇


「どうだったかな、魔闘拳士は?」

 カイと話した後も、一部事業提携を望む商人や融資を打診してくる地方貴族などをあしらっていたムリュエルはアルバートに呼び招かれる。

「そうですな。そちらの政務卿閣下とお話ししているような感じでしたよ」

「ほう。では、そなたは最初から買われていたのだな?」

 アルバートの傍らで酒杯を傾けているグラウドを指して例えると、国王は見透かしたように言ってきた。

「娘の振る舞いで、私の為人を推し量っていたようでして」

「すると、そなたも今陽きょうからこちら側の人間だな」

「良いように乗せられた感も有りますが、協力を求められたのは事実です」

 まだ信頼には早い。

「案ずるな。あれは見込んだ人間には損はさせん。邪心を抱かねば大事にする」

「その結果が今の陛下や政務卿閣下の隆盛だとおっしゃる?」

「うむ、だからと言って遠ざけても害はないぞ。排しようとしない限りはな」

 弓なりに細められた目が愉快そうだ。

「それは今のアトラシア教会の様を見れば解りまする」

「それだけ解っておれば十分じゃろう。なに、少し頭を柔らかくする努力をすれば付き合い難い者ではないぞ、カイは」

「少なくとも娘が酷い扱いを受ける心配は無くなりました。それは陛下に感謝しております」

 素直に頭を下げる。

「態度で示してくれると余は助かるがな」

「我々はもう運命共同体ですよ、会頭殿」


 三人が声を潜めて笑うのを、ニケアは冷めた目で眺めているのだった。

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