戦団の復路
商都フォルギットを抜けて、帝都ラドゥリウスの南までやってくると、どこから噂を聞き付けたのかラルカスタンからも合流してくる者が出てきて、獣人戦団の人数は膨れ上がっていた。
今やハモロ、ゼルガの両戦隊が一万ずつ、ロイン戦隊が八千に及び、計二万八千の戦力。それに更に千の衛生部隊、八千の非戦闘員が加わって、総勢三万七千の大所帯になっている。エルフィンの補給隊が機能していなければ、とても長征など敵わなかっただろう。
そうなると全体の統制が難しくなるのは致し方ない事だ。カイを中心に纏まっているとは言え、隅々まで目を届かせるのは難しい。ただ、フォルギット北の山地からの合流者は、元帝国正規兵の割合が意外と高かったのは僥倖と言えよう。
彼らはその気になれば山地を抜けて、長駆インファネスまで行ける体力も技術もある。しかし、同胞の非戦闘員家族などを守ってそこに留まっていたのだ。
しかも百兵長クラスも結構数えられ、中には千兵長を務めていた者も数人いた。これ幸いとばかりに彼らにハモロ達の副官として付いてもらうよう依頼し、全体の統制が利くように変化してきている。
「見事に行き違ったって訳かしら?」
チャムが言及したのは、帝都を進発した筈の二万の軍勢である。
「たぶん、かなり南側を通過したんだろうね。全く反応なかったから」
「フィノ達を避けたんですかねぇ?」
青年はまめに広域サーチを使って周囲の確認をしている。それに掛からなかったという事は、元々大きく経路がずれていたか、意図的に迂回したかのどちらかだ。
「気にならねえか? さっさと追い掛けたほうがいいだろ」
「心配しなくても、速度が比較にならない。僕達がゆったりと移動してもすぐに追いつくさ」
家族連れの避難民などは馬車に分乗してしていたりするが、大勢が騎手である。馬車も、馬を放して
「見つけたみたい」
頃合い良くエルフィンの偵察の騎影が近付いてくる。
「お待たせいたしました」
「ありがとう。どんな感じ?」
川近くで精製した水を入れた大型水槽リングを受け取る。これで全体を賄っているのだ。
「現在は小都市国家群北の山地近くを行軍中でした」
「まだそんなところなの?」
「各地の小さな領地から領兵を駆り出しているようで、総数は三万を越えるようでしたが」
雑多な手続きや待ち時間が有ったのかもしれない。だが、歩兵だけとしてもあまりに遅い気もする。
「胡散臭いわねえ」
「見てみれば分かるさ。さあ、もう少し進んだら昼食にしよう」
カイは呑気に考えているようだ。
◇ ◇ ◇
チャム達が夕食の準備をしてくれている横で、カイは配給隊の女性獣人が持ってきてくれたものを手に取る。
箱から取り出したものは少し白っぽい赤の煉瓦状のもの。僅かに柔らかく、力を入れると指が沈む感覚がある。
喜び勇んでやってきたのはパープル達だ。そう、これがホルムトで販売生産に至っているセネル鳥用携帯飼料なのである。
彼らにはこれを朝夕と与えていて、あとは勝手に文字通り道草を食っているくらいのものだった。
「普通の肉に比べて高栄養なんだってな?」
トゥリオも改めて手に取って眺める。
結構な健啖家の陸生鳥類が
「うん。生干しの魔獣肉と少しの干し野菜を砕いて合わせて、乾燥豆を挽いた粉を入れて、ちょっとだけ水を加えて練り固めてあるみたい」
「普通のもんばかりだな。だがよ、こんだけの量を準備するのは相当大変なんじゃねえか」
何せ、人の数だけセネル鳥がいるようなものだ。総数三万五千羽、自由にさせれば周囲の獣や魔獣をごっそり狩ってしまう。
「生産体制は確立したってセイナが言ってるから大丈夫なんだろうね?」
ホルムトはまた様変わりしつつあると言う。
大きな変化は用水河川が次々と暗渠化している点。本流や支流に大規模な橋のような木材を渡して蓋をしていっているのだ。それは加工場の確保の為である。
普通の小麦の粉挽き作業に加え、モノリコートの素材加工に特色となりつつあった水車の並ぶ光景。それが、このセネル鳥用携帯飼料の加工場にまで場所を取るとなると俄然足りなくなる。生干し肉や干し野菜の粉砕と乾燥豆挽きの分が合わさるとさすがに無理だという話になった。
そこで提案されたのがこの暗渠化である。用水を暗渠にして、その上に加工場を建ててしまおうという考えのもとに進められた事業である。
暗渠上の加工場の下に水車が吊るされ、円筒コロベアリングの普及でで効率化されたゴムベルトで上の加工場に引き込まれている。これにより、モノリコート工場、携帯飼料生産場が暗渠の上に移転した。
加工場同士の間は一般の通行へも解放されており、ホルムト市民も橋に迂回する必要が減って便利になったと好評らしい。
ただ、こういった文明レベルでは、普通は用水路は運河と同義。大型輸送の要になるべきものである。しかし、この世界では『倉庫持ち』が物流を担っており、用水はただの用水であって、暗渠にするに反対意見は出なかった。
唯一、用水を通行の用に供していた人々が弾き出される形にはなった。その代替策として今、渡しの船頭達は辻セネル屋に転職しているらしい。
辻セネルとはつまりセネル鳥貸しである。彼らには属性セネル繁殖事業で出てしまう通常セネルが安く払い下げられている。一定経路を覚えた通常セネル達は、料金を払った客を乗せて目的地まで走る。そして客を下ろすと辻セネル屋のところまで勝手に戻る。
帰り道で止められる事もある。乗り場以外で拾う客だ。ホルムトの大通りに隣接する商店には街路図板が配られている。そこで商店主に料金を払って、街路図板で行き先をセネル鳥に示すと運んでくれるのだ。
安価で便利な足である辻セネルもほぼ定着しつつあった。
これらは高価な交易品目へと進化する属性セネル繁殖事業の一環として、大きな予算が投下されている。
なので、用水暗渠に並ぶ工場街と、辻セネルが駆け回る光景がホルムトの新たな景色に加わったのだった。
「よく魔獣肉の段取りが付いたな?」
ぱっと見ただけで結構な量である。
「魔獣肉の買取単価が上がれば冒険者だって持ち帰るだろう?」
「魔石だけ取って捨てていたもんでも、良い値段が付くならな」
「あとは北辺爵領と、半干しに加工された物がフリギアからもね。欲しいっていう物を準備すれば属性セネルみたいな軍事転用可能な交易品を融通してくれるなら、そっちだって考えるでしょ?」
鋭く突いてくる。
「そりゃ、当然だ。食い付かねえ手はねえ」
そんな話をしている間、お預けにされていたパープル達が「キューキュー」と騒ぎ始める。カイは「ごめんごめん」と謝りつつ、かれらに飼料ブロックを与えていった。
「それで、どうなんだろうね?」
手元に一つ有る飼料ブロックに目をやる。
「どうってあれか? それが全部俺らも食えるもんで出来ているって事か?」
「うん、興味無い?」
「無くもねえ」
多少は柔らかいそれを指でむしり取り、カイは口に運ぶ。もにゅもにゅと咀嚼していたが、飲み込んでからひとこと言い放った。
「美味しくないね!」
四羽とも嘴を開けっ放しにして、ショックを受けた仕草をしている。
「ダメかよ」
そう言いながらも、大男もブロックに手を伸ばす。
「いけないね! それ以外に卵の殻とか骨粉とか入っててジャリジャリするね!」
「早く言え! 早く!」
既に口の中。
周囲には興味本位に集まっていた子供達。彼らが次々にブロックの欠片を二人の口に放り込む。ちょっとした悪戯を拒めない二人は泣きながら飼料を咀嚼していた。
「旦那達は何してらっしゃるんですかい?」
副官のオルモウに訊かれてハモロは答えに窮する。
「あー、酔狂だよ、酔狂」
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