責務の継承

 ガストバンが狩人の道を捨てた時、フェンディットはきつく言ったものだった。なぜ先祖伝来守ってきた森をお前は守らないのかと責めた。

 ガストバンは反論する。森で動物を狩って毛皮や角、干し肉をペンスデテムの街に卸したところで食べていくのが精一杯だ。冒険者が流す魔獣の肉で市場は十分回っている。自分達だけ家業を守り続けるのにどれだけの意味があるのか、と。


 役目の事は告げていない。反発するのも仕方ないかとも思う。フェンディットの中にも迷いは有ったのだ。

 黒面こくめんの動きはそれほど活発ではない。一に一度聖弓が鳴くか鳴かないかくらいだった。自分が続けている役目にどれほどの意味が有るのか思い悩む事も少なくない。なのにその役目を息子に押し付けるのはただの固執なのではないかとも思えてしまう。

 そんな心理状態での説得など実る訳など無く、逆に反発は強まりガストバンの心は離れていった。


 しかし、切迫感がフェンディットを襲う。十余りの間に黒面こくめんの動きの活発化が見られたからだ。早い時には黒面こくめんを滅した翌往よくげつ聖弓が鳴く事も有る。黒面こくめん自体が強くなっているのも感じられた。明らかに格が違うと思われる黒面こくめんを取り逃がした事も有る。


 幸い、彼には孫が生まれていた。まだ赤ん坊だが、彼が動けなくなるまでには役目を継がせるのも難しくは無い筈だ。今度は失敗は許されない。孫のジュダップに、狩りに興味を持たせ、いずれ聖弓を渡す時を迎えられるように仕向けなければならない。未だ彼の胸の奥では困惑が燻っている。


 フェンディットはそれを押し殺して白い大弓を手にする。


   ◇      ◇      ◇


「儂は間違っていると思うか?」

 微笑を崩さない黒髪の青年の心の内は読み難い。だが、言葉では彼を責めているとしか思えない。

「全てではありませんよ。貴方が祖先から託された役目を守り続けているのも、心血を注いで人々を守り続けているのも尊敬に値します」

 背後で彼の仲間も頷いている。

「ですが、それは貴方一人が背負わねばならない責務なのでしょうか? 何も告げぬままにジュダップを鍛えるだけ鍛えて、或る突然、聖弓と名を継がせるのが正しいのでしょうか?」

「儂の血統はそうやって生きてきた」

 黒面こくめんの事を広めるのはあまりに危険過ぎる。聖弓の山守りの一族は、そう信じて役目を一子相伝としてきたようだった。

「貴方はお孫さんや家族ともっと話すべきだと思います。ジュダップは貴方の言葉を疑いなどしないほどに敬愛していますし、息子さんやお嫁さんも貴方の事を信頼していると思いますよ? 他言しないよう頼めば、否やは無いのではありませんか?」

「……考えさせてくれ」

「どうぞご随意に。僕の忠言はそれだけです」

 彼らは自室に戻る聖弓の老爺を見送った。


 四人は庭に転がされている丸太に思い思いに腰掛ける。お茶を手にして、しばしの沈黙が流れた。


「あの……、チャムさんは何でそんなに勇者や魔人の事にお詳しいのですか?」

 フィノも彼女が自らの事を秘密にしたがっている事は重々承知している。しかし、こうまで関わってくると彼女も素知らぬ振りで黙っているのも限界だった。

 それは単なる好奇心ではなく、チャムを思いやる心の表れである。その感情から、つい口調も改まっているのが証左と言えよう。

「私の一族も彼と似たような役目を担っているからよ。詳細な記録を残して守り続けているし、対応策もそれなりに蓄積してきているわ」

「…………」

 フィノは口をパクパクさせて喘ぐ。まさか、こんなに簡単に答えが返ってくるとは思っていなかったからだ。上手にはぐらかされるのだと思い込んでいた彼女は動揺を隠せない。

「どうしたの、変な顔して? 私が何も喋らないとでも思っていた?」

「だってだって!」

「思い違いしないで。それくらいにはあなた達を信じているのよ。話せない事情が有るからって、情報を隠匿して仲間を危険に晒すような真似は出来ないわ」


 そこまで言われればフィノの脳裏には或る一つの考えが浮かぶ。『神使の一族』。勇者を導く者達。神意を得て世界を魔王の手から守る一族。そう伝承にはある。

 かつてトレバ皇国の皇王ルファンが詐称したその血族が今、フィノの前に居るのだろうか? 符号はあまりに多い。むしろ否定する材料のほうが見当たらない。それでも口にするのは憚られる。

 チャムと見つめ合う視線が揺らぐ。耐えられなくなってフィノは視線を外した。


「いいかな、チャム?」

「何?」

「聖弓が力を失っていないというのは、そういう意味だと受け取るべきなの?」

 それは思いがけない質問だったのか、チャムは目を瞬いているがすぐにそれは改められた。

「分からないわ。聖弓がまだ役目を終えていないから力を保っているのか、神が意図的に恒久的な処理を施したのか、私には判断が付かないの。知る限り実例も思い当たらないし」

「んー、困ったねー。繋がっているようで確証も無い。勇者と魔王の結末はどうなったのかな? 世界が滅んでいないって事は勇者が勝ったって事だと思うんだけど、その辺りの事って伝わってはいないのかな? 知らない、フィノ?」

「はあ、勇者様の行動の記録は各地に点々と残っているみたいなんですけど、その結末までとなるとそれが記録なのかおとぎ話なのか判然としない感じなんですぅ」

「東には勇者王の国が有るわよ。代々の王が聖剣を受け継いでいるそうだから、これはきっと本物ね。ただし、それが先代の勇者の聖剣なのかは不明だけれどもね」

「……それって魔王が何体も居るって意味になるんだけど、解って言ってる?」

 カイが心底嫌そうな顔をしているのを見て、チャムとフィノは噴き出す。

「心配しなくても、そこら中にわらわらと湧くようなものじゃないわ。そんな事になったら世界なんてあっという間に滅んじゃうでしょ?」

「そうですよぅ。大変な事になっちゃいますぅ」

「ちょっと考えりゃ解るだろうが? らしくねえ事言うなよ」


 非難が集中するが、皆半笑いであるのでカイも両手を挙げて降参のポーズを取るに留める。そこまで彼らが強弁するという事は、魔王というのは滅多な事では現れたりはしないのだろうし、逆に一体現れただけで世界が揺らぐほどの存在なのだろうと推察出来る。

 周期的に現れる災厄みたいなものなのか、それとも完全に滅する事は不可能で復活しているのかはカイにも予想が付かなかった。


「ねぇ、チャムのも見せてくれる?」

 カイは、魔人の核石であるどす黒い石を取り出して見ている。それは今陽きょう、聖弓によって倒された魔人の物で、ポーレンで倒した魔人の物はチャムが持っていた。

「何か解ったの?」

「正直、解り切っているんだけど、それがどういう意味なのか解らないんだよ」

「もう少し噛み砕いてくれないかしら?」

「ごめんね。これは要するに魔石なんだよ」

 三人は異口同音に「え!?」と驚きを表している。

「しかも分類するなら相当高品位の物になるね」

「でも全然色が違うじゃねえか?」

 通常魔石は灰色で、表面が滑らかである点を除けば、路傍の石と見た目は大差がない。だが魔人の核石はどす黒い色をしている。

「これは、含まれる魔力絶縁体の組成が違う所為みたい。積層構造が普通の魔石より遥かに緻密だから、魔力絶縁体にもそれ相当の性能が必要だからだと思うけど」

「それなら蓄魔性能もすごい高いって事ですよねぇ」

 カイから核石を受け取ったフィノは矯めつ眇めつしている。


(あんな魔力そのもので構成されているような存在が蓄魔器官を必要とする? それともこの中に書き込まれている構成が?)

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