獣人騎士団

「すっ……げー! すっげー! すっげー! カイ兄ちゃん、アサルトに勝っちゃったよ! 嘘だろ! すっげー!」

 我に返ったアキュアルはカイに飛び付いてきた。

「アキュアルは、アサルトが負ける事なんて無いと思ってた。どんな魔獣よりどんな獣人より強いアサルトが負ける姿なんて全然想像出来なかった。兄ちゃん、本当にあの魔闘拳士とかいう英雄なんだな?」

「違うよ、アキュアル。完全に五分五分だったんだ。僕は最後に狡い手を使って勝った。そのまま続けると負けると解っていたからさ」

「狡い手?」

 見取れていなかったアキュアルに自分が何をやったのか説明してやる。

「誰も思い付かないような奇策だね。本当に勝ったと言えるかどうか」

「いや、お前の勝ちだ、カイ。俺は最後の攻防で、戦士としてやってはならん事をした。勝ったと思ってしまったのだ。油断以外の何物でもない。間違いなく俺の負けだ」

「ではお言葉に甘えて、今回は僕の勝ちで。気持ち良かったですよ、アサルト。完全な本気で互角に組める相手に出会えたのは幸運でした」

「ああ、俺のほうこそここまで本気になったのはずいぶん久しぶりの事だ。楽しいと思える戦いも稀な事だ」

「ひゃ ── ! すっげー! アキュアル、とんでもないもん見ちゃったぜ」

 二人の戦いは激戦という言葉でも物足りないと思えるほどだったのだ。


「うむ、まったく見事な試合であった。我が宮廷詩人も、立ち会えなかった事、どれだけ悔しがるだろうか?」

 背後まで歩み寄ってきた国王その人に、興奮して気付かなかったアキュアルは跳び上がってアサルトの後ろに隠れる。アルバートに見せる試合だったと思い出し、出過ぎた行動だと思ったようだ。

「ご覧の通りです、陛下。彼が剣の扱いに慣れれば僕以上に強くなりますよ」

「そうであろう。上には上が居るものだな」

「彼に指導されればあの若き獣人達も相当の凄腕に育つ事でしょう」

 指し示されたミルム達は、マズいとばかりに視線を逸らす。今の戦いを見せられて、同じレベルを期待されては適わないとでも思っているのだろうか?

「確かにクラインも申す通り、将来が期待出来るな」

「待っていただきたい。試合は受けたがその後の話には納得はしていない。俺にもこいつにもあの若い連中にも獣人としての生活が有るのだ」

「ええ、解っています。きちんと説明しますね」

 カイは皆で話せる位置に少し移動して理由を語り始める。


 試合前に話したように、彼らを戦士として取り立てて雇用し、可能ならば近衛の立ち位置で運用出来るのが最善だとは考えている。彼らが最も活きる道がそれだろう。

 だが、それとは別にもう一つ、彼らを獣人騎士として取り立てる事に意味があるのだ。

 ホルツレインは友好国としてフリギア王国と国境を接する状態になった。しかし、その関係は絶対的に不動のものだとは限らない。


「何よりの国は、僕が対軍団魔法を持っていると知りました。それを危険視するなというのは無理があるでしょう?」


 魔闘拳士はホルツレイン国民でもないし士官もしていないが、ホルツレイン寄りだと考えるのが普通だ。カイ自身が、そんな事は無いと幾ら主張しようがそのまま聞き入れるほどお人好しばかりではない。

 ならばその危険な存在を放置するのを善しとしない者は確実に出てくるだろう。フリギア王城内にも右派思想を持つ者が現れるのは間違いない。

 彼らはその脅威を排除出来ないまでも、減じたいと考えると思われる。ホルツレインの国力を削いで、魔闘拳士を前面に押し出した領土的野心が生まれるのを阻止したい。であれば、フリギアがホルツレインより有利である点を探そうとする。それを利用して国境線を押し出し、圧倒的国力で威圧し続ける事で魔闘拳士擁するホルツレインを抑え込むのが理想だと考えるだろう。


 ではフリギアが持つ有利な点は何か? それは獣人を戦力として動員出来る点だ。人族より確実に身体能力の高い彼らが戦力として並べば、野戦では一方的な戦いも夢ではない。

 の国でも常勤する獣人正規兵はそう多くないと聞くが、獣人冒険者は多い。依頼という形で動員できる数は相当になる筈だ。


「更には、獣人ごうに檄を飛ばして志願兵を募るのも可能だと考えるでしょう」


 獣人排斥色の強いホルツレインから領土を攻め取り、獣人が自由に行き来できる地域を増やし、彼らの地位向上を匂わせる論法で煽れば良い。

 そして揃えた獣人戦力で北部国境を脅かし、旧トレバ領だけでも手に入れれば大きく天秤は傾くという算段。フリギアを、ホルツレインに倍する国土を持つ大国にすれば、そこに生まれた国力差は引っ繰り返しようもないものだと見せつけられる。そこまでやれば右派勢力は一息吐けるというところだろうか。後はホルツレインをどう料理するかは自分達の胸一つだと思うだろう。


「ところが、そのホルツレインに獣人騎士団が有ったらどうなると思います?」


 獣人達は、ホルツレインが変わったと知る事になる。の国では獣人が重用されるほどになったのだ。

 王宮に仕え、そこを歩く事を許されているのなら、国内を獣人が闊歩しようが咎められる事は無い筈。そこは獣人の新天地。何で攻め取る必要があろうかと獣人達は考える。

 獣人正規兵は命令で動かざるを得ないにしても、獣人冒険者はほとんど依頼に応えようとはしないだろうし、獣人郷は我関せずを貫くと思われる。彼らを動員できない右派勢力は、領土的野心を諦めるしかなくなる寸法だ。


 これらはあくまで憶測に過ぎないが、大きな流れとしては間違っていないと思える。兎に角、獣人に対する間口を開けるのが、状況を一変させる第一歩である。

「だからアサルト達には物的にも意義的にも、平和の為の抑止力として立ち回ってもらいたいと僕は思っているんです。解っていただけますでしょうか?」

「なるほど。お前は俺達に前例になれと言うんだな?」

「そうです。それも国の中心近くに立つ獣人の旗頭になって欲しいんですよ」

 腕組みをしたアサルトは難しい顔をしている。


「しかし、国というのは獣人郷とは違う。郷なら長を諫める者も居るし、誤ればすぐに引き摺り下ろされ正しき者が上に立つ。だが王が決断すればそのめいは隅々まで行き渡り動き始めるし、容易に挿げ替える訳にもいかん。我らが居ようが居まいが、獣人達がどう思おうがそこは曲がらんだろう?」

 冒険者稼業で人族社会にも通ずるアサルトは、国というものも或る程度正しく理解している。巨大な組織が一方向に傾き始めれば、獣人の存在など木っ端に等しいとも知っている。

「国王のほうには一つ枷を掛けてあります。そう簡単には動けないようにしてあるので心配ありません。問題なのはその周りです。裏で騒いで糾合し、暴発するのが厄介です。そちらを抑えてもらえたらという意味ですよ」

「人族社会とは面倒なものだな」

「まったくです。僕も本心では獣人郷に引っ込んで面白おかしく暮らしたいんですよ。どうもそれは許してもらえそうにないんでね」

 それは人族社会だけでなく、色んな所から茶々が入りそうだと理解している。

「以上が僕のお願い事です。考えてもらえませんか?」

「余からも頼もう。忠義を尽くせとは言わぬゆえ、力を貸してもらえぬだろうか? 無論、身分に見合う俸給は用意する」

 アルバートとしても、まずはホルツレインと獣人の融和を象徴する広告塔が欲しい。それが有用な人材であるなら尚更だ。

「お前達はどうする? 俺に付いてくるか?」

「……ミルム達で良ければ」

 目をパチクリさせていた五人だが、望まれているのは十分に解る。それなら頑張ってみても良いと思う。要らないと言われたら郷に帰ればいいだけだ。

 それを目を合わせて確認し合った彼らはミルムに返答を譲った。

「解った。済まん、ウィノ。俺は人族社会で生きる事になった」

「ウィノは貴方が居る場所ならどこでも構いません」

 でもピルスは放さないとアピールはしているが。

「悪いな、アキュアル。付き合え」

「良いよ。アキュアルはアサルトの弟子だもん」

 頭に置かれた手は、彼への信頼の証だ。


 こうしてホルツレイン獣人騎士団は誕生の時を迎えたのだった。

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