トゥリオ

 魔法士の治療を受けた後、拘束され取り調べを受けたドロタフは観念したのか事件の詳細を自白する。


 連続誘拐は表沙汰になっていなかっただけで、街区でも行われていたらしい。

 その頃の対象は精々、上品そうな商人の美しい子女などだった。だが、早い段階で偶然ミランダは軍の兵士に捕われてしまう。

 その兵士は丸ごと自分の手柄にしたがりミランダを衛士に突き出さず、上司に報告するに留めた。扱いに困った上司は更にその上に相談し、その報告は結局ドロタフの所まで届いたのだそうだ。


 最初は小悪党を使った小遣い稼ぎ程度にしか考えず城門内に引き入れたのだが、あまりに上手くいくその犯行にいずれの利用価値を見出していた。

 そして、そんな時にデクトラント公爵家のエントゥリオの帰還である。


 以前から内部監査に目を光らせてくるグライアル内務卿の事は良く思っていなかった。

 文官の分際で軍部のやる事に一々指摘を入れてくるグライアルが不愉快で仕方なかったのだ。そのデクトラント公爵家の次男坊が、武者修行よろしく各地で冒険者として活躍しているという。

 これはいずれ策謀により自分は失脚させられ、内務大臣の人事権を以ってその次男坊を軍務大臣の椅子に据え、グライアルが王城内外だけでなく軍部まで自分が掌握するつもりで画策しているのだと邪推するに至る。


 そこへ帰還したエントゥリオは彼の英雄『魔闘拳士』まで従えているではないか。彼の中で懸念が確信に変わるのにそう時間は必要ではなかった。

 このままでは早晩、自分は蹴落とされる。やっと手に入れた軍務大臣の椅子で軍を恣にする権力を奪われてしまう。

 恐怖に駆られたドロタフは王城使用人のクリードを買収に掛かる。貧乏貴族の子弟である彼の買収は容易であった。

 そうして手駒を得たドロタフは、クリードが夜番のにミランダを今後の相談があると軍務大臣執務室まで招き入れ、刺殺してタルセイアスの部屋に死体を遺棄させた。

 タルセイアスに殺人だけでなく人身売買の罪まで着せ、その事でグライアルを厳しく追及して失脚させようと目論んだのだそうだ。


 それらの聴取情報をバルトロから得た三人は、あまりに稚拙なドロタフの思考に落胆しかない。その程度の事で自分達は悩まされたのかと思う。

 無論、トゥリオに野心などない。そして策謀はカイの手によって潰えた。

 誘拐実行犯の男六名の遺体もドロタフの屋敷で発見されたらしい。


「下らねえこと考えやがって。そんなだから俺に負けるんだよ」

 トゥリオはそう吐き捨てるように言う。


 だが、カイとチャムはその台詞に確かな成長を感じていた。

 以前の彼なら、自分の所為で家族に迷惑を掛けたとぐじぐじ悩んでいただろう。それを一言の下に切り捨てられるのは彼の自信の表れに見える。


(ひと皮剥けたかしら)

 そうチャムは思った。


   ◇      ◇      ◇


 拘束から解放されたタルセイアスは憔悴しきっていた。

 自信に満ち溢れていた様子はすっかり影を潜め、ただ安堵だけが彼を満たしているように見える。当然だ。身に覚えのない罪で長時間責め立てられるのは、それほどまでに苦痛だったのだろう。

 迎えに来たグライアル内務卿閣下とエントゥリオに衛士隊は謝罪しきりだったが、本人達には今はそれは些事だった。


「御心配お掛けしました、父上」

 虫の鳴くような声で謝罪する。

「構わん。儂はお前を信じていた」

「ありがとう…、ございます…」

 父の言葉にタルセイアスは声を詰まらせる。

「エントゥリオにも感謝しておけ」


「エントゥリオ、お前が奴を成敗してくれたそうだな。聞いている。感謝する」

「いいよ、別に。家族の心配すんのは普通だろ、普通」

 トゥリオは照れくさそうに頭を掻く。

「私はずっとお前を馬鹿にしてきた。文官の家に生まれながら剣にしか興味を示さず、考え足らずで才覚も感じさせないお前の存在が恥ずかしかった」

「おい! 何だよ!」

「違うんだ。それはただの嫉妬だったんだ」

 タルセイアスはトゥリオには思いもつかなかった事を言い始めた。


「家人の誰もが私の才を褒め称えた。デクトラント公爵家の後継に相応しいと言ってくれた。だが、その家人達が本当の笑顔を見せるのはお前にだ。お前の周りだけがいつも笑顔だった。それが私には羨ましくて羨ましくて堪らなかった。だから、才を示してお前を馬鹿にする事で家人の目を振り向かせようとした。何と小さな男だろう、私は」

 血を吐くような台詞は続く。

「だが、そんな私をお前は助けてくれようとした。部屋の外で私の解放を訴えるお前の声が聞こえていた。自分の愚かしさが身に染みて情けなくて…」

「もういいよ、兄貴!」

 トゥリオは堪らず制止する。

「俺こそ兄貴が羨ましかったんだ。ガキの頃から勉強が嫌で、さぼりがちになるほど親父の目が恐くなって逃げてばかりだったんだぜ。その点、何をやらせても完璧で、文官で国の役に立つべく生まれてきたような兄貴が眩しかった。だから自分なんか要らないんだって思って家も出た。そんな奴を兄貴が羨ましがる必要なんてどこにもないだろ?」

「そんな事は無い。本当に家族の為に身を投じられるような者こそが、お国の為に、民の為に働けるのだ。私には何もかも足りない…」

「そう言うな、タルセイアス。それは今から育めばよい事だ。卑下せずにこれからも精進してくれ」

「はい、父上」

 このままタルセイアスがただ自信を失うだけでは困るのだ。


「エントゥリオもご苦労だった。腕を上げたな。これからの旅でお前はまだ大きくなって帰ってきてくれるのだろうな?」

「父上、お待ちを! エントゥリオが家に戻るのをお認め下さい。何なら家督は彼に」

「此奴は行ってしまうだろう。そんな顔をしている」

「済まねえ、親父。世界が見てみたくなった。小さい俺を大きくしてくれるだろう世界が。あいつらならきっと俺に見せてくれるんだ」

 見守っていた二人を見てトゥリオは言う。

「そうだろ?」

「僕は君の責任を取るのは嫌なんだけど」

「私もあんたの面倒を見るなんてまっぴらよ」

「ちゅうぅ…」

「おい! そんなこと言うなよ」


 冗談を言い合える仲間に恵まれた息子を、父親と兄は優しい目で見ていた。

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