帝国西部連合

 剛腕軍を打ち破った西部連合軍は一大勢力としてその力を示し、日和見を決め込んでいた諸侯にも影響を与えるようになる。各地から使者が訪れるようになり、更にその勢力を拡大する傾向を強めた。

 勢いを知らしめるように戦勝の宴が執り行われ、諸侯である主からの内々の祝辞を伝える使者も多数参加する。


 その場で改めて各種人事も伝えられる。総大将の軍帥にジャンウェン辺境伯ウィクトレイが任じられ、近衛総監兼務の頭将にジャイキュラ子爵モイルレルが置かれる。騎士爵諸侯も将軍位を与えられ、誇らしげに胸を張っていた。


 続いてチャム・ナトロエン女王により、西部連合を一国には及ばないものの、それに準じる勢力組織として認定する宣言がなされ、会場が大いに盛り上がった。

 カイへの役職もルレイフィアが強く願ったが本人が固辞し、彼はゼプルの騎士として協力者という形で関与する約束をするに留まる。


「うちの大将にもとうとう役職が付きやした。苦節の末、やっとお仕えした苦労が実ったと言うもんです。オルモウはもう嬉しくて嬉しくて涙が出てきまさぁ」

 ハモロの副官の狐獣人は目元を拭う振りをしつつ声を震わせる。

「苦節ってあんた、ここ数ヶ月程度の付き合いじゃない。どれだけ自分の手柄にするつもりなのかしら?」

「それを言っちゃあお終いでさぁ」


 論功行賞で、ハモロ、ゼルガ、ロインの三人には翼将の地位が与えられている。運用上建前上の指揮官から、正式な将官への格上げだ。それに合わせた俸給も提示され、彼らは慌てふためいて盟主に礼を取る。


「なんだかんだで呑気な身分を楽しもうと思っていたんですがね、結局出世しちまいましたんで、これからも気ぃ入れて頑張らなきゃいけねえみたいで」

 しきりと大きな耳に指を這わせて、毛並を整えるような動作をする。どうやらそれが彼らの困惑を表す仕草らしい。

「そうだねえ。坊やが翼将とかちょっと背伸びし過ぎかと思ってしまうけどさ、ミルーチ達も一緒に引き上げてくれるんならもっと励んでもらわなくちゃね」

「うむ、将の位を得た以上はお嬢にも慎みや落ち着き、様々な嗜みを学んでもらわねばなるまいな」

「いや、あんた達はその呼び方から改めてあげなさいよ!」


 三人が翼将に昇格した事で副官達も昇格している。非常時の指揮も担当する副官の位は翼準将と定められた。

 これは彼らが以前務めていた千兵長よりも高い地位になる。最大でも五千人まで、通常は二、三千人を率いる千兵長だったのが、時に数万規模の指揮を補助する翼准将なのだ。これは間違いなく出世と言えよう。

 帝国正規軍では、獣人の身でそこまで昇れる訳もなく、西部連合特有の事情による地位になるだろう。


「聞いた話じゃ獣人戦団増強もあるみてえじゃねえか?」

 トゥリオは小耳に挟んだ話を始める。

「はいですぅ。お外の新居住区の住人さん達の中でも兵役復帰を望む方が多くて、採用されたら獣人戦団にも配置するから一万五千から二万くらいの戦隊になるかもって話でしたぁ」

「そうなんでさぁ。類を見ない騎鳥兵団の運用って事で様子見されてたとこがあるんですがね? 何とかなりそうってんで、増強論が出ているみたいで大変になりそうなんす」


 当の三人も昇格を祝われて今はお仕着せ感の強い軍装に身を固め、称賛する人々に囲まれている。おそらく今後一番の出世格だと思われているのだろう。それには魔闘拳士の影響も強く出ているだろうが。

 だから、副官三人も新たな軍装に身を包んでいるのだが、こちらは経験者だけあってそれなりにこなれている感じを出していた。


「二万とか、小国相手なら戦隊一つで攻め落とせる規模じゃない。あの子達も胃が痛いわねえ」

 チャムが苦笑しつつ指摘すると、ミルーチが首を捻る。

「でもさ、そのくらいの小国ってもう無くなりつつある情勢なんだから、頭を悩ます必要も無いのにね?」

「ああ、中隔地方も統合が進んでいる。南部の都市国家群もあらかた攻め落とされてしまった。ジャセギ達の規模の戦隊だけで出兵という事はないだろう」

 ナギレヘン連邦には帝国軍が入り込んでしまっているし、去就を明らかにしていないのはラルカスタンくらいだろう。



 中隔地方情勢も伝わってきた。

 メナスフット王国の失態は国民のあまりに大きな落胆を招き、存続は難しいと判断をされたようだ。王国は解体され、聖地ルシカントとアトラシア信者の住まう都市ポーレンだけになる。極めて小さい新しい国は宗教都市国家ルシカント聖国とされ、メナスフットの名は消えポーレンの名も都市に残るのみとなってしまった。

 それ以外の領地はイーサルとウルガンに吸収されてそれぞれがかなりの国土を保有する国家となる。メルクトゥーに領地は分割されなかったが、二国の王はの国にかなり有利な貿易条約を結ぶ事で感謝の意を表した。ザウバは更に栄える事だろう。

 これにより中隔地方は後に「三国時代」と呼ばれる歴史を刻み始めたのであった。



「もうお腹いっぱい~。助けて~」

 慣れない祝辞の嵐に見舞われ、疲労困憊のロインが逃げ込んでくる。

「こんなんじゃ、ハモロはやっていける気がしないよ……」

「たぶん、こういうのは今陽きょうみたいな場でだけだと思うけど、結構きついね」

 自信が付いて人当たりの柔らかくなったゼルガでさえ弱音を吐いている。

「あなた達には昇る階段しか用意されていないみたいよ? 今のうちに慣れておきなさいな」

「どうせただの社交辞令なんだぜ。八割方聞き流しておいたって大丈夫だって」

「いや、ちゃんと大切な事と要らない事を聞き分ける訓練もしておかなくちゃダメだよ?」

 拳士に諭されると三人とも力無くではあるが良い返事をする。

「それでカイはどうすんのさ?」

「情勢も落ち着いたし、一度赤燐宮に帰るよ」


 西部連合に加入してくる諸侯も増えてくるだろう。帝都もそう簡単には兵を出して来れなくなる可能性が高い。

 未だ不動のコウトギ長議国と一時撤退のラムレキアの目が光っている中での大規模遠征は、皇帝と言えど二の足を踏むと彼は考えている。


「帰ってしまうのですか、お兄ちゃん?」

 ルレイフィアもやってきた。彼女もようやく解放されたらしい。

「うん。チャムだってそんな長期に空ける訳にもいかないだろうし」

「気にならないって言ったら嘘になるわねぇ」

 そうは言うが責任感の強い彼女は内心かなり気に掛けていると思われる。

「それにどうしても帰らなくちゃいけないんだ。何せ白麦が良い感じに実ってきているって聞いているから!」

「え~、白麦の収穫しに帰っちゃうの~」

「大事なの!」

 拳を強く握って主張する。

「西方までとなりますと、こちらへのお戻りは遅くなりますな、司令官殿?」

「用が済んだら戻りますよ。そんな何ヶ月も空けはしません」

「神使の転移穴でありますな?」

 家令のモルキンゼスが問い掛けてきた。


 聞き慣れない単語に不審げな顔をする一同に、彼はその存在と機能を説明してくれた。


「所在は口に出来ませんが、転移の魔法を使用するので行き来は一瞬ですよ」

 それを聞いて彼らは一様に胸を撫で下ろす。魔闘拳士が東方に居ると居ないとでは帝室の動きも変わってくると考えられるからだ。

「でも、旦那にとっちゃあ、国際情勢よりも白麦のほうが大事なんですかね?」

「すごく大事なんです!」

「あのね、この人の穀類に対する執着を嘗めちゃ駄目よ?」


 宴の一画は笑いに包まれるのだった。

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