虎威皇帝の標的
「通信装置を軍事目的で使用しようとすれば、データの読み出しではなくて相手方を指定する伝送通信機能が必要です」
カイの説明は続いている。
「遠話器で言えば、このタブのような機能です」
隠しから遠話器を取り出した青年は、通話先を指定するタブカードの束を振って軽やかな音を鳴らす。
遠話器はそのタブカードの束から通話先を選んでタブスロットに差し込み、そこをなぞって刻印として起動させる事で、魔法空間を介して相手先に接続し、変調魔力波で通話する仕組みになっている。
「この装置は、冒険者徽章書換装置よりはむしろ遠話器に似ています。遣り取りするのが、声ではなくて伝文だという違いだけと言っても良いかもしれません」
彼は大胆な理論を告げる。
「帝国は遠話器のような革新的な技術を以前から持っていたと言うのか?」
「逆に言えば、だからこそあれほどまでに多面的な軍事行動が可能だったとも思えます。指揮系統が確かでなければ、整然とした作戦展開は難しいような気がします」
「これは重大な事実だな。燃やそうとまでした理由はそこか」
クラインは、当面は他言無用だと目顔で近衛騎士達に知らせた。
「いえ、事はより深刻です。例えギルドの装置を入手出来たとしても、ホルツレインの技術者にここまで改造する事は可能でしょうか? 僕にはそうとは思えません」
カイは更に大きな問題を指摘する。
「むっ、確かにそうだ。出来たとしても相当な時間が必要か?」
「時間だけでそれが可能なら遠話器に辿り着いているでしょう。そうではないという事は、書換装置に関する深い知識が……、いや、これは推測に過ぎないので言及は止めましょう」
言い淀んだ彼は、そこで口を閉ざした。
「クライン殿下、一つお願いを聞いてもらえないかしら?」
呼び掛けが変わったのは、彼女がゼプル女王として発言しているという意味だ。
「これを譲って欲しいの。技法局で分析に掛ければどういう技術で改造されたのか分かるはず。何とかならない?」
「うーん、既に鹵獲品として内部には見せているので、勝手に渡したとなると連中が煩いのですが……」
「僕からもお願いします。こう言っては申し訳無いんですが、魔法院や錬金研究所に渡しても分解するだけで何も分からず終わってしまいそうな気がします。膨大な技術の蓄積がある技法局なら判明する事実が有るかもしれません。全て知らせるとは断言出来ませんが」
権限の及ぶところではないカイではこれが限界だ。
「何か対価を準備します。お願い」
「いえ、チャム陛下にそこまで言わせるつもりはありません。お任せします。国王陛下は私が説得します」
「ありがとう。助かります」
「もし導師が騒ぐようだったらこう言ってください」
青年が予防線を張る。
「技術的には遠話器のほうが上です、とね?」
「解った。そう伝えよう」
悩ましげなチャムを気遣い、カイは意図的に冗談めかして言った。
◇ ◇ ◇
虎威皇帝の異名を持つ男との面談の時間を得たディムザは、父親である相手と二人で話していた。
「ホルツレインを攻めましたか、陛下」
切り出すと、途端に表情が硬くなる。表沙汰になっていないのを良い事に、内密に済ませておきたかったらしい。どうせどこからか露見する事実なのに、悪戯を咎められた子供のような反応だ。
兵の補充も遺族への補償も彼一人の事務処理で済むものではない。関わる人間が増えれば、そこから人の口に上ってしまう。
「綿密に進めた策であったのに看破されるとはな。
レンデベルの頬が引き攣る。
「神使は我が国を目の敵にしているのか? それならば真っ先に潰してやらねばならん」
「それは性急に過ぎますよ、陛下。物事には順番というものがあるのです」
激する皇帝に対して、ディムザは平静で応じている。
「以前お話し申し上げたように、いきなり大陸中の国を相手取るのは、いくら最強の軍事力を誇る我が帝国にも難しい」
「見過ごせというのは聞けぬぞ?」
「そうは申しません。段取りを一つひとつこなしていかねば難しいという事です」
合点が入ったレンデベルの面持ちが緩む。ディムザが追及をしているのではなく、献策の為にやって来たと思ったからだ。
「まずは国内の厄介事から片付けねばならんか。うむ、ホルジアの仇も討ってやらねばならんな」
皇帝は最初の敵に西部連合を示唆する。
「いえ、西部連合は今拡大傾向にありますし、攻めれば団結心を煽ってしまうでしょう」
「離反者を野放しにするのは業腹ぞ?」
「強い状態の敵を相手にするのは愚です。弱らせてから仕留めればいい」
状況作りを示して、ディムザは親指で何度か下を差す。
「叛徒どもが戦い続けられるのはなぜだと思われますか?」
策士でもある息子からの問い掛けに、レンデベルは真剣に応じる。
「治世へ目を向けぬ余への対抗心か?」
「それも有るかもしれませんが、心理的な一面に過ぎません」
自らを省みる余裕が表れたところを見ると、冷静になってきたのだろうと彼は思う。
「継戦能力が維持でき、厭戦気運が高まって来ないのは勝利の所為でもありますが、経済的に潤っているからなんですよ。人的資源ももちろん必須ですが、戦争とは予算が掛かるもの。良好な経済状態なくして続ける事は出来ません」
「うむ、余もそれには心を砕いているつもりだが」
「連中も然りです。では、それを現実的に支えているのは何でしょう?」
具体的な部分に踏み込んでいく。
「はっきり言えば
人は物資に困窮した時に強い不満を抱く。懐が潤い、他国からの物資の流入が盛んで経済循環が活発な時には、気が大きくなって更に理想を求めようという意識が働く。
それが今の西部の状態だとディムザは説明した。
「今、経済の骨子となっているのが
彼の言わんといているところを理解した皇帝は膝を打つ。
「ラムレキアか! 先に押さえるべきはそこか!?」
「そういう事です。
サイドテーブルの上の地図、西部を人差し指で軽く叩きつつディムザは言う。
「元を潰せば状況は一変しますよ。西部連合など戦うまでもなく瓦解するでしょう」
「然り! まずはラムレキアを攻めよというのだな?」
(掛かったな。これでラムレキアに目が向く)
彼はほくそ笑む。
(現実には西方二大国やメルクトゥーが支援している以上、そう簡単には崩れたりはしないだろう。その橋渡しとして魔闘拳士が座っている限りはね)
こちらがディムザの本音である。
(だが、それに気付いてくれたら困るのさ。この邪魔者には戦場に出てもらわねばならない。そこでなら……)
彼はそんな思惑などおくびにも出さずに上機嫌な父親を盗み見た。
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