出座の請願

 ディムザは重大な事を告げるように膝を寄せる。真剣味を演出する為にだ。


「今後の作戦展開上、ここはおそらく要所となる部分です。確実に勝ちにいかねばなりません」

 熱意ある表情を作って迫る。

「大戦力を投入するのは無論の事、兵の士気を高める為に陛下に御出座願いたいと思っております。如何ですか? 御自ら情勢を決めに征かれるつもりはございませんか?」

「む? そなた、ラムレキアへの出兵の為に弁を重ねていたのではないのか? 自ら指揮する兵を引き出して勝利を確たるものにしようとしていたのだと思ったが」

「いえ、ここは陛下が勝利を収めるのが肝要かと?」

 帝国の未来の為だと匂わせる。

「功を上げて、宮廷貴族の支持を集めて次代の座を確かなものにする為だとばかり思っておったぞ。見誤っておったわ。済まぬ」

「詫びなど不要ですよ。俺は帝国の未来の為なら何でもします。当然、陛下が出征なさるのでしたら脇で働かせていただきます」

「見上げたものだ! それでこそ我が後継ぞ!」


(買い被られても申し訳無いんだがな。俺が帝国の未来の為なら何でもする・・・・・のは本心なのだから)

 腹背の思いは顔には出さない。


「良かろう、と言いたいところなのだが、帝都を空ける訳にはいくまい? コウトギがどう動くか分からん。そなただけでも残らんか?」

 安心して任せるというように問い掛けてくる。

「あの国は動きませんよ。俺の見立てでは、魔闘拳士はコウトギ長議国を東方動乱に巻き込みたくないと考えている節があります。特有の獣人ごうの生活を邪魔したくないとでも考えているのかもしれませんが、甘いにもほどがある。あれほどの大戦力を利用したがらないんですからね」

「原始的な尻尾付きなんぞに何を感じておるのか知らんが、愚かしい事だ。それでも戦力として大きいのは否めん」

「商人達には命じてあるのでしょう?」


 獣人の国コウトギには魔法を扱えるものが居ない為に金属製品の生産が困難である。出来るのは竈を用いた修繕がせいぜい。

 従来は金属器、武器などは帝国との交易で賄っていたが、の国が魔闘拳士に従うとの宣言が伝わってから、帝国は経済封鎖を行っている。交易商人の入国を禁じ、現地の鍛冶師も引き上げさせた。

 現在、コウトギには金属製品を得る術がない。


「当然、武器を揃えるのも不可能です。あの国は今、戦いたくとも戦えはしない」

 国策が効果を出していると説明する。

「うむ、東に外憂が無いのなら一部の将兵を残すだけで帝都の守りは適うと申すのだな? 全力でラムレキアを攻めるべきだと」

「準備は整っているのですよ。懸念を捨てて、今こそ一歩進めた戦略に踏み出す時ではありませんか?」


 南のラルカスタンは動かない。楽観的で享楽的な南の国は、束縛を望まず抵抗はするが伝統的に侵攻などは行わない。

 現実的な脅威が西と北というのなら、先に経済的離間策を仕掛けてきた北を叩きに行くべきだとレンデベルを誘導する。


「よし、決めたぞ。ラムレキアへ最大規模の攻勢を掛ける。総司令官は余で、副司令官をそなたとする。勇者王を倒し、の国を平らげるぞ」


 その後、帝宮では正規軍将兵二十四万、精鋭領兵四万、総勢二十八万によるラムレキア出征が決定された。


   ◇      ◇      ◇


 ロードナック帝国の出征準備は極めて大きな規模のものになり、当然監視の網に掛かる。それは速やかにラムレキア王宮にも伝えられた。


「そっちにも連絡は入っているわよね?」

 王妃アヴィオニスの話している相手は遠話器の向こうである。

【ええ、さっき聞いたわ。正規軍で二十五万規模らしいわね? 頑張って】

「なに気楽な事言ってくれてんのよ。あたし達が潰されたら包囲網が崩れちゃうでしょ? あんた達だって困るはずよ」

【負けたりしないでしょ、どうせ。その為にこうやって監視の目を送って事前に報せているんだから】


 エルフィンによる監視網、そして遠話器による連絡網が機能しているからこそ、かなり早い段階から動きを察知する事が可能で、対策を取る時間的余裕も出来る。包囲網が容易に崩れないようカイがほうぼうに気を回しているのは王妃も心得ている。


「それには感謝しているわよ。あくまでカイにね? それで、どうする気?」

 アヴィオニスが気にしているのは、対策のほうではなく彼の思惑である。チャムなら把握しているだろうと考えている。

【状況が悪ければ動くでしょ。あとはあなたがどう戦うか選ぶだけよ。強気に出て帝国領内で迎撃するか、国境を割らせてでも優位に運ぶ為の戦術を取るか?】

「それを決めるのに彼の意図が知りたいんじゃない? 今回、おそらく打って出てくるのは……」

【きっと皇帝本人ね】


 ディムザが送ってきた密書で内々に和平が申し入れられている。つまり、彼が主となって攻め込んでくる事はない。


「皇帝が癇癪を起して大胆な攻勢に踏み切ったのか、刃主ブレードマスターの思惑が絡んでの出兵なのかは分からないけど、采配を振るうのが虎威皇帝本人なのは間違いないはず」

 王妃はもう断定口調で話を進める。

【大勝負を掛けてきたみたいね? 本人的には蹴散らしてやろうくらいに考えているんでしょうけど】

「蹴散らされて堪るもんですか。だから早い内から大筋の戦略を決めておきたいのよ。カイはこのまま西部連合を動かして帝都に迫る気なの?」

【それは無いと思うわ。基本的に後々の事を考えて、肩を貸すような方法を取るのよ、この人。手助け無しで歩けなくなるような関わり方はしないの。西部にも自主性を求めるでしょうね】


 青髪の美貌の言い分には頷ける部分がある。カイが本気なら王都の騒動など一瞬にして潰えていただろう。

 帝国を大きくしてきた原動力である、隠剣おんけんも剛腕も撃破してきた男なのだ。それも、戦略戦術面でも、武威でも。宰相の陰謀や小娘の策動などものともすまい。


「要所を押さえる方向で動くのなら希望は有るわね。ねえ、何とか背中を一押ししてくれない? お礼はするわよ。燐珠りんじゅを散りばめたドレスとか着てみたくない?」

 チャムに青年を動かすよう誘いを掛ける。

【そういうのは趣味じゃないの! そんなお金があるなら兵の装備でも整えなさい。私の欲しい物なんて彼が幾らでも準備してくれるから買収なんて無駄よ】

「ちぇっ! そうよね。どうすればいいのよ。やっぱり食べ物で釣るのが一番早そうよね?」

 彼の性質だと最も確実な方法に思える。

「なにで引き寄せれば良いの? ところで今どこ? 赤燐宮?」


 現在、置かれている環境次第で何に飢えているのか推察しようと王妃は尋ねてみる。ラムレキアで準備できる物なら誘いも掛けやすい。ところが麗人からは意外な答えが返ってきた。


ガレンシー王都よ。どうしてもカンム貝の干物が食べたいって言う大きな子供が居……】

「衛士長ー! 王都の青い髪の女が居る冒険者パーティーを捕らえなさい! 逮捕よ ── !」


 通話は王妃のけたたましい命令によって遮られた。


   ◇      ◇      ◇


「あんたは何考えているのよー! 逮捕ってどういう了見よ!? 曲がりなりにも一国の女王を相手に! 国際問題よ、国際問題!」

 詰め寄るチャムを、アヴィオニスは半笑いで押し留める。

「言葉の綾よ、ただの。それくらいあなた達を確保したかったって心の表れなんだから許してよ」

「言葉の綾で逮捕されて堪るか ── !」


 本当に逮捕された訳ではない。チャム達の顔はガレンシーの騒動の折に広く知れ渡っている。彼らの下へ急行した衛士達は丁重に王宮へと案内している。

 しかし、王妃の命で四人の行動が束縛されるであろう事は難くない。


 激怒する麗人を余所に、三人は苦笑いしていた。

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