在らざる者
カイ達は未だポーレンを彷徨っている。慶事に湧く王都ではともかく宿を取れないのだ。
さすがに屋内でもフードを被り続けていれば不審な事この上ない。極力、目立ちたくない状況では、如何にもし難いものがある。夜までに王都を離れるのが得策のようだ。
そう申し合わせた彼らは大通りをそのまま西進して、西大門から街壁外に出る算段にする。
ところが中央広場が驚くほど混み合っており、足留めを食う事になる。慶事に湧く人々が集まり、何事かを待ち侘びているようだ。
「アトラシア教会の偉い人が説法をしてくださるんだで」
近くの農夫らしい人物に尋ねてみると、どうやらそう言う事らしい。
ここで大司教ファーガスンやフォルディートの名が挙がるようなら、彼らはさっさと逃げ出さねばならなかったが、そうではないようだ。もっとも、彼らが今もその地位に在るかどうかは不明だが。
「聖人ポーレンの偉業により我らは今の繁栄があります。我らは聖人の思いをその胸に刻んで
人が引くのを待つべく、広場の片隅に退避していた四人はその説法が否が応にも耳に入ってくる。
「違うね」
冷たい目でカイが言うのをチャムは冷静に見ている。
「魔に属し者を駆逐し、平和に寄与するのが神の望み。主が教えに従い、魔の心を排し、善行を積み、神の御元に召される
ブルキナシム枢機卿と名乗ったその人物の説法に大きく偏った点が有るわけではない。しかし、賛同出来るものでもない。
「神の言葉というのはどの世でも曖昧なものだね。どんな風にも解釈出来る。詰まるところ、最終的な定義は人に委ねられる。それはあまりに便利だと感じるのは穿ち過ぎているのかな?」
「否定はしないわ。仮に真に啓示を受けたとしても、受け皿となるのは人間。果たしてどこまで正確に受け取れているかは測りようがないでしょ?」
「それは面白い視点だね。存在としての格の違いが、情報量に影響を与えているって事? 情報欠損が認識の齟齬を生んでいる?」
「例えばの話よ。宗教家が意図的曲解で都合の良い改変を行っているのも、枚挙に暇が無いのは事実。真実を知るのは、それこそ神のみでしょうね」
「なるほど、それを聞きに行くのはすごく大変そうだね」
苦笑を交わすしかない二人。
「我らアトラシア教会はメナスフット王国の力添えにより、今の発展を遂げてまいりました。
説法中は後ろに控えていた人物を台上に上げて紹介し始める。その男は手を挙げて鷹揚に人々の歓声に応えた。
「これよりも永劫、我らが手を携えて皆の平和と幸福を祈り続けると誓いましょう」
「ブルキナシム枢機卿には得難き言葉をいただきました。私、ハンザビーク侯爵は民の平穏と繁栄の為、教会と手を取り合い、信仰と治世にこの身を捧げると約束いたしましょう」
民衆からは熱狂的な歓声が上がり、涙を流す者さえ散見された。
「これを見ると信教の政治利用の有用性は否めなくなるよね。そこに孕む危険性は、今は認識出来ないだろうから」
「危険性だって?」
トゥリオはその言葉の意味が解らなかったようだ。
「解り易いところでは、この熱狂をそのまま戦場に持っていけるってこと」
信仰の名のもとに、死をも怖れぬ兵が出来上がるのだ。
「軍が強いのは悪い事じゃねえじゃねえか?」
「でも、それは相手を神敵だって信じ込まされてやる事だよ?」
仮に勝ったとしても、決して敵国民を許さず、終戦後も弾圧や虐殺が横行するのは容易に想像出来る。そうでなくとも、その熱狂が薄れて我に返った時、人は自らの行為に思い悩まなくて済むだろうか?
「残るのは禍根だけだろうね」
「きっと荒んだ世界が出来上がってしまいますぅ」
「見たくもねえな」
彼は顰めた顔を手で撫でる。
「もっと俗な問題だって起こっているんじゃないかな? 言うなれば、宗教カースト」
貴族との格差だけでなく、平民の中にも大きな階級差が生まれる素因になると言う。既に信心の多寡が生死を分けたなどという伝承が罷り通っているのだ。その信心を証明すべく、人は争って寄付に励むだろう。それは犯罪が生まれる温床となりかねない。
「もしかしたら、この国の裏通りには胡乱な社会が形成されているかもしれないね」
「宗教ってのは人の救済の為に必要だって思ってたんだがな」
「宗教そのものには何ら問題無いよ。人は心の救済を求めるものだからね。ただし、政治と強く結びつくのは否だね。それが社会の中心になるのはいただけない」
カイは、顔の前に人差し指を立て、左右に振って否定を示す。
「だからフリギアやホルツレインだって、宗教との付き合い方に苦心していたでしょ?」
「サルーム陛下は一切近寄せなかったがな」
「アルバート陛下でさえ、やっと影響力を排せたところだものね」
為政者にとって、上手に距離感を保つのは難行なのだろう。
そうこうしている内に、新たな人の流れが出来上がってくる。枢機卿と侯爵の前には広く場所が取られ、人々は跪いて祈りを捧げる。ブルキナシム枢機卿が手を差し伸べて、何らかの文言を口ずさむと人々は深く頭を垂れて謝意を表し、次の者達に場所を譲る。それが順繰りに繰り返され、人の流れを作っているのだ。
「あれは何をやってるですぅ?」
「儀式みたいなもんだと思って。少なくともあの手からは何も感じないでしょう? 聖属性反応も無いし」
「そうなのですかぁ」
「ふーん」
カイはピクリと肩を震わせたが、素知らぬ顔で流した。
隅の方に陣取って様子を見ていたカイ達だったが、その流れには逆らえない。順番が近付いてくるとチャムは目配せを送り、それらしい恰好をするよう促す。目立たない為の措置だ。
ところが、一斉に跪いた人々の中でカイだけが立ったままで、一人ポツンと浮く。
「どうかしたかね?」
ブルキナシム枢機卿が尋ねると、彼は心底不思議そうに答えた。
「なぜ、人じゃない者が居るんですか? それどころか生き物でさえない。貴方は何です?」
「何じゃと!?」
「反応が無いんですよ、僕のサーチ魔法に。なぜ人の振りをして人に混ざって居るんですか?」
普通は都市の中など、人の多い場所ではサーチ魔法は解除しているもの。脳に掛かる負担が過大になってしまうからだ。だが、彼はこれほど人の多い場所でも起動していた。
「本当です! ひ、人じゃないですぅ!」
同じくサーチ魔法を起動したフィノは、一瞬顔を顰めながらも確認し、指差す。その先にはハンザビーク侯爵と紹介された人物が居る。
「失礼な。今、謝るならば儂が取りなしてやろうが」
「確認させて、カイ! 生きている者の反応は無いのね!?」
チャムが真剣な顔で立ち上がり、強く問い掛けてきた。
「間違いないよ」
「皆下がりなさい!!」
大音声を放って剣をスラリと抜くと、剣身に光述を始める。
それを見たハンザビーク侯爵の顔色が変わった。ずいと前に出ると大きく手を薙ぐ。
「曲者だ。直ちに捕えよ、私を陥れて国家転覆を企む者共を!」
当然、その声に応じて重武装の騎士団らしき者達が駆け寄ってくる。
「これは難しいな。逃げよう」
「仕方ないわね」
名を呼ぶと、路地で待機していたパープル達が駆け込んでくる。
四人はその背に跨ると、一目散にその場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます