初通話のこと

 ホルツレインに届いたその上申書には極めて高い緊急性があった。

 トレバ皇国と国交断絶状態の今では、クナップバーデンの無政府状態が続けばフリギア王国への交易路が断たれる。それは両国の国交に於いても経済的に於いても危急な状態と言っていい。その議題の上がった会議室でホルツレイン国王アルバートは大英断をする。


「王太子よ、そなたは直ちの準備の後、政務卿の推挙する政務官五名を伴ってクナップバーデンに向かえ。彼の地で名誉騎士カイが定めた統治者を助け、速やかに新政府の樹立までを援助せよ。ダッタン遺跡調査隊第三陣の警護隊をそのまま転用する」

「御意!」

「ただし、家族の同行も許す。我が命遂行の後はゆるりと観光などしてくるが良い」

 事実上の休暇も与えたのである。


 王太子クラインがベックルに到着したのはそれから僅か八陽ようか後。とんでもない強行軍であった。

 もっともそれは周りの人間が大変なだけで馬車の住人は我慢をするだけである。それもセイナやゼインにしてみれば見慣れぬ風景の連続に暇はしない。特に海原を望む遠景は二人の胸を躍らせたのであった。


 到着すると、先触れの言によって迎え出ていたバウマンによって歓迎される。すぐさま現地の状況を確認したクライン以下政務官達は、想定していたものより安定した街の風景に胸を撫でおろした。

 それは全てをつまびらかに進めた魔闘拳士の意思を住民は正しく受け取り協力的だったのも一因だろうが、それだけ商民会議の独善に不満を募らせていた事実が大きな要因であろう。彼らがすべきなのはホルツレインの現行法をたたき台にしてこの国の現状に合わせた変更を加えるだけである。


 それらの協議を進める中で取られた休憩時に、バウマンの息子を名乗るロドマンがカイに託されたといわれる箱を進呈する。その中身を確認したクラインは仰天した。

 そこには『遠話器』という新たな魔法具の必要素材と詳細な製造法及び記述刻印内容全てが網羅された皮紙があり、三台の実機も収められていた。

 使用法が書かれた皮紙を熟読したクラインは遠話器という破格の発明品の存在に、恐怖に近い感情まで抱いてしまう。


(これは世界の状況を変えてしまいかねない。これを陛下に渡して構わないのだろうか?)


 しかし、異世界人で科学文明に精通しているカイの手による物である。利点も問題点も把握しているに違いない。

 何より、そもそも遠話器によって本人に確認が取れてしまうではないかという事実に気付く。いかんせん、その場で使って見せるのは危険に過ぎる。

 残りの協議を、動揺を押し隠してやり過ごし、宿泊用にしつらえられた家族部屋に籠って使用の時を迎えたのである。


「カイか?こっちの声が聞こえるか?」

【ええ、聞こえてますよ、クライン様。想定よりずいぶん早いんですけど】

「当然だ。ここはベックルだからな」

【なんでまたそんな所に?】

 自分がベックルに派遣されるに至った経緯を語り伝える。

【よく陛下があなたを遠隔地まで出しましたね】

「陛下にも思うところがあるのだろう。ここは…。これ、やめなさい」

「嫌です、わたくしもカイ兄様と話したいんです! カイ兄様、なんでベックルで待っていて下さらなかったのですか? お会いしたかったのに!」

 通話中に我慢の限界を迎えたセイナの襲撃を受けてしまう。

 カイに心酔するセイナの欠乏症はそれほどのものだったらしい。

【ああ、ごめんね、セイナ。でもまさか…】

「言い訳は聞きません!」

「聞いてやりなさい」

 傍らでエレノアがころころと呑気に笑っている。


【普通に考えてよ、セイナ。いくらクナップバーデンが交易要所だと言っても陛下がクライン様まで派遣するとは思えなかったんだよ】

「わたくしも今回の陛下の御裁可には驚いていますけれども」

【ね? ましてやセイナ達まで来てるなんて僕には青天の霹靂だよ】

「解ってらしたら待ってくださっていたと?」

【うーん、そこでかなり暴れちゃったからね。でも近くでは会えたかもね】

「仕方ありません。今回は許して差し上げます。でも、今後はこうしてお話ししてくださるんでしょうね?」

【もちろんだよ。親しいものにとってはその為の道具なんだからね】

 セイナはその親しい・・・という言葉に少し留飲を下げていた。

【その代り、クライン様にあまり我儘を言ってはダメだからね? 空いている時に貸してもらうんだよ?】

「はい、カイ兄様」

【じゃあ、クライン様に返してあげて…。ちゅう? …ほらセイナだよ】

「リド、元気?」

【ちちゅう! ちゅいっち!】

「わたくしも元気よ。会いたいわ」

【ちゅう…。バイバイって…。ちっちー!】

 ちょっと涙が出そうになったセイナはクラインに遠話器を返す。


「今はどこに居るのかね?」

【ここはレンギアの王城内です。色々ありまして】

「詳細はまた聞こうか。ところでこの遠話器は陛下に献上して良いものなのか?」

【ええ、当面、クライン様と陛下と侯爵様にへと三台用意しました。クライン様に渡したほどの物ではありませんが、製造法をフリギアのサルーム陛下にも献上してあります】

「く! そういう事か。解った、戻ったら陛下と対応について十分に協議しておこう」

【期待していますよ、クライン様】

「荷が重いな。だが、やって見せねば君に見捨てられるんだろう?」

【まさか。技術導入時期に修正を加えるだけです】

「私一人の裁量でホルツレインの発展の足を引っ張る訳にはいかん」

【そう思うなら頑張ってくださいね。…あまりいじめたらまたエレノア様に叱られるわよ? …それは嫌だな。…あ、クライン様、ご無沙汰してます】

「ああ、元気そうで何よりだ、チャム。その暴君を代わりに叱っておいてくれないか?」

【ええ、任せて。この人、こっちでもやりたい放題なんだから】

「同志とは有り難いものだな」

【光栄ね】


 その後はカイとエレノアが話したり、セイナがまたカイと話したがったりした。ゼインとリドの会話は周囲の者には理解し難いものだったが。


【タブにあるように、こっちでは僕とチャムが持っています。そちらで新たに生産した場合は使用者と紐付けコードを教えてくださいね】

「ああ、そうしよう。君が帰ってくるまでに完成するかどうかは解らないが」

 クラインには一応、時差の概念を説明し、ホルツレインとフリギアの間にはおおよそ八誌48分の時差がある事を伝えておく。

「長距離を一瞬で繋ぐという事には、そんな弊害が存在するとは…」

【この世界の移動法では考える必要もない事象なんですが、この遠話器となると影響が出てきてしまうんです】

「心得た。ではまた何かあれば相談する」

【僕のほうでもお願いがあるかもしれませんので、お互いさまで】


 そうして遠話器の存在はホルツレインへも伝わっていくのだった。

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