雲狼事件の真相(3)

【我々、故郷、捨てた。辛いが仕方ない】

 単語に刻まれてはいるが、雲狼クラウドウルフのボスの意図はしっかりと伝わってくる。

「この規模の群れをもってしても、仕方ないと思えるほどの問題ですか?」

【怪物、危険、極めて】

 地面に書かれた単語を消してまた書くという作業の繰り返しで、意志の伝達には時間が掛かってしまうが、確実にコミュニケーションは出来ている。

「彼らに対処は出来ないと判断したんですね?」

【止めた。命、失われる】

「うーん、困りましたね。直接攻撃力を持たない霧や幻影の能力だとしても、戦闘を有利に進めるには十分な筈ですが」

 カイは振り返って、仲間に困惑を伝える。

「お前ら、そんなに弱いのか?」

「バカっ! 弱い訳ないでしょ! この体躯に牙と爪、スタミナ、群れの連携、狼系魔獣の怖さはあんたも良く知っているんじゃないの?」

 後ろ頭を張られたトゥリオは、後頭部を押さえながら顔を顰めている。

「それをあの霧の中でやられたら、この辺の冒険者なんて壊滅してただろうね? 彼らが加減してくれていただけだよ」

 それは紛れの無い真実だとカイは思っていた。


 もし雲輝狼クラウドシャインウルフ達が本気で人間の排除を視野に入れて攻撃してきたとしたら、宿場町レスキレートの放棄も考えられていたかもしれない。霧で幻惑されて攻撃を受ける上に、幻影で攪乱される。更には、上空からは氷の槍が雨あられと降ってくる。それに耐えられる冒険者がどれだけいるだろうか?

 彼ら四人でも立て直しには時間が必要になってくるだろうと思われた。


「どんな怪物か教えてもらえませんかぁ?」

【巨大な炎】

 少し考えたボスは、そう書いて見せた。

「ちょっと抽象的過ぎますぅ。もう少しヒントをください」

【大きさ、我々、十、合わせる】

「それは体長での話ですか?」

 ボスははっきりと頷いて見せた。

「でかいな! 1ルステン12m以上じゃねえか!」

「彼らの平均体長は130メック1.56mくらいだと思う。それが十頭分という事は1300メック15m以上くらいはあると考えたほうが良さそうだよ」

 カイを除いた三人は何とも言えない笑いを顔に張り付けている。ボスの情報も過言ではないように思える。正体は分からなくとも、そのサイズの生物は確かに怪物だ。

【炎、吐く。我々の氷、届かない】

「炎系の魔獣のようですが、投氷槍アイスジャベリンも効果が有りませんでしたか」

 先ほどの戦闘中も雲輝狼クラウドシャインウルフ投氷槍アイスジャベリンを使用してきた。

 それほどの体格差が有れば、近接戦闘での大きなダメージは捨てて掛からねばならないだろう。従って遠隔攻撃に頼らざるを得なくなるのだが、その魔法も相克で防がれるとなると厄介極まりない。

「なるほど。相性も悪かったのね」

【肯定】

 すぐ脇に書き添えられた。


「ゼルガ達は制止されてしまったので、雲狼クラウドウルフ……、いえ、雲輝狼クラウドシャインウルフを故郷に帰す術を失ってしまいました」

 当事者が止めるのを無視して調査に向かう訳にはいかない。何より、自分達の腕前が彼らに勝っているなんて欠片も思えなかった。

「話し合ったのですが、答えは出ません」

 三人より強い冒険者に伝手は無いし、冒険者ギルドに依頼を出すにも根拠が無い。まさか魔獣に頼まれたので討伐依頼を出してくれなんて口が裂けても言えない。

「困りましたが、ともかく彼らを匿う事にしたんです。しかし、雲狼クラウドウルフの情報は既に流れてしまっていて、何か対策を立てないとこの場所も遠からず討伐の冒険者が押しかける事になると思いました」


 ゼルガが熟考を重ねて打ちだした対策が、雲狼事件の起こりである。

 雲狼クラウドウルフだけでの対処は困難だと考えた彼は、三人が協力する事で誰にも手が出せない強力な魔獣が高原に棲み付いたと言う既成事実を作り上げようとしたのだった。


「悪くは無いけど、ここは少し街に近過ぎるわ。いつかは高ランクパーティーがやってきて力で押し切られるか、大規模な討伐隊によって数で押し切られる結果になるでしょうね」

 おそらくは後者の可能性が高いとチャムは思っている。

「恒久的な手段にはなり得ないとは解っているのですが、別の方法を考える時間が欲しかったんです」

「街から離れたもうちっと開けた場所、草原辺りに居座る訳にゃいかなかったのかよ?」

【子供、居る。安心、眠り、必要】

 群れで生活するにしても、幼獣を守り切ろうとすれば身を隠す場所が必要になってくるのだと思われる。草原性肉食獣でない彼らは、草原をついの棲家には出来ないと感じるのだろう。

「ハモロ達も依頼をこなしながらとなると、あまり広範囲に探索する事も出来なくて、候補地を探すのも難航していたんだ」

「だろうね。冒険者ギルドで聞き耳を立ててないと、どんな冒険者が流れてきたかも把握出来ないだろうし」

「そうか! こいつらにランクの情報流していたのはお前らか!?」

「今頃なの?」

「遅いですぅ」

 ようやく気付いたトゥリオにツッコミは欠かせない。


 その頃になると、食事を終えた仔狼達が四人の所に寄って来始めている。大きめの器に水を汲んで差し出すと一斉に集り、喉を潤した順にチャムとフィノが血に汚れた口元を拭いてやっていた。

 それが済んだ仔狼はそのまま彼女らの膝に上がり込んだり、カイの胡坐の中で丸くなったり、垂れ下がったリドの尻尾にちょっかいを掛けたりしていた。


「どうぞ」

 大人達も食事を始めたのを振り向いて確認したボスに、カイは肉塊を取り出して差し出した。

【感謝】


 食事量もそれなりに必要であろう体躯を誇るボスも、餌を仲間に譲っていたのか少しあばら骨が目立ってきている。それを見た彼は、問題の対処を早めにしなければいけないと思った。

 それでなくとも雲輝狼クラウドシャインウルフというこの一族はかなり貴重な種である事は間違いない。彼らの独立性を尊重しつつも、保護の必要性も感じていた。

 カイには一つ考えがあるのだが、当面は雲輝狼クラウドシャインウルフの棲み処であった連山の問題も放置出来るものではない。

 一頭の仔狼を抱き上げつつ、彼は切り出した。


「僕達はあなた方の故郷の連山の問題の対処に動くつもりです」

 食事を終えて口の周りを舐め回しているボスに告げる。

【危険、無理、良くない】

「そうだよ~。カイ達はロイン達よりずっと強いのも分かるけど、雲輝狼クラウドシャインウルフが尻尾を巻いて逃げるような怪物の相手は大変~。そっちこそ冒険者ギルドが情報を掴んでから対処してもらったほう良いよ~」

「そうだぜ。ハモロも相当ヤバい奴だと思う」

「でもね、被害が出てからじゃ遅いのよ。その情報を掴んでいるのに放っておく事は出来ないわ。特にこの人は」

 カイの黒瞳には既に決意の光が宿っている。

「当然、あなた方の棲み処を取り戻す事も考慮に入っていますが、それほどの怪物が人里に下りてくる危険も捨て置く訳にはいかないのですよ」

【理解。心配、否定出来ない。要、準備】

「戦う準備は常に備えていますよ。見届けますか?」

 真摯な視線にボスは頷いて見せた。


「俺達も行くぜ」

 ハモロが真っ先に声を上げる。

「乗り掛かった船だしね~。ロインもいくよ~」

「はい、彼らの故郷を取り戻す戦い。微力ながら手助けさせてください」

 雲輝狼クラウドシャインウルフへの思い入れが最も強いゼルガは意気盛んに賛同する。


 こうして連山調査行に参加するメンバーが決まった。

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