開戦前交渉の席(2)

 燃え立つような赤毛を持つ美丈夫は、情熱的な見た目の印象そのままに卓に手の平を打ち付けると、真摯な色を宿した瞳を新皇帝に向けた。


「ありゃあ何かの手違いだったんだろ? 正直に言え」

 伝法な物言いに皇帝側の者は気色ばむが、それをディムザは手で制する。

「はっきり言って見込みを誤った。成功するとは思えなかったのさ。だから場所も手段もろくすっぽ確認せずにサインしてしまった。それは完全に俺の落ち度だ」

「やっぱりだ! 俺の思った通りだぜ!」

「どうせ技術の出所が明確じゃなかったから失敗すると思ったんでしょう? あれはブレイズ系の発展魔法だと思ったわ。実績のある系統よ。リアム叔母様から抜いた情報を基に構成したんでしょうね」


 思わぬところからの情報に二人は反応する。

 確かにチャムの焔輪ブレイズリングはかなり長い光述を必要とする。しかし、その熱量は凄まじいもので範囲内の対象を焼き尽くしてしまう。それの拡大型だとすればあの威力も理解出来た。


「なあ、カイ、分かったろ? 単なる行き違いなんだ。これを仕組んだのも連中だ。奴らだけ締めてやりゃあ一件落着じゃねえか! そうだろ?」

 トゥリオは青年のほうに振り向き、説き伏せようと強く出る。

「そうみたいだね。彼の意図したのとは違う結果だったんだろう」

「よし! なら、こんな馬鹿げた戦争なんぞ止めちまって、さっさと奴らを潰しに行こうぜ! な、ディムザも止めやしねえだろ?」

「確かに酌量の余地は無さそうだ。せめて申し開きの場所くらいは……」

 彼が思い描いた通りの流れが出来上がったので勢い込んで進めるし、ディムザも乗る気配を見せたがそれをカイが止めた。

「でもね、この方は皇帝なんだよ。国民の命までもその背に負っているし、こうして命令一つで多くの命を奪える力を動かす事が出来てしまう。判断には細心の注意を払わなくてはいけない立場なんだ」

「そ、そりゃそうだがよ……」

「その義務を怠った結果があの一件だったって彼も言ったよね?」

 トゥリオにも青年の言わんとしている事が理解出来てきた。

「気ぃ付けなきゃいけねえのは分かる。だが、何もかも全部ってぇのは無理だろうがよ! みんながお前みたいに器用じゃねえんだ! 言うのは簡単でも実際にゃ出来はしねえだろうが!」

「うん、全部は難しいね」

「分かってんなら言うなよ!」

 大男はカイの肩を掴んで挑みかからんばかりになっていた。

「だから、案件の重要性を見分ける目が無くてはならない。彼にだってそれは有るんだろうけど、主観を交えてしまったんだろうね。重大な判断ミスだ」

「ミスだっつんならミスだろうぜ! 慣れねえ事やってミスの一つもしねえで済むのかよ! お前はそれほど優秀かよ! ああ、そうだろうな! お前はミスしねえよな! だが、俺もディムザも人間だからミスくらいすんだよ! 一遍くらい見逃せねえのかよ、ああ!?」

 その時、トゥリオはカイがひどく悲しげな顔をしているのに気付いた。


(あ……、俺、何やってんだ? 腹は立っちゃいるがこいつを傷付けるつもりなんてなかったのに)

 自分の失言を悔いていた。


「見逃したんだよ、一度」

 青年は泣き笑いの面持ちで告白を始める。

「ディムザは中隔地方で計略を企てていたのさ」


 それはラダルフィー動乱の事であった。

 当時、拡大政策の先に中隔地方で一大国へと成長しつつあったラダルフィー王国の動きを危惧したディムザは一計を案じる。無茶な侵略を繰り返す冒険者の国に対して、その頃の北方三国、ウルガン、イーサル、メナスフットに働きかけ、連合しての出兵を囁いた。

 北方三国は秘密裏に連携して同時に国境越えを果たし、ラダルフィー王国に攻め込む。それほどの戦力となるとラダルフィーも退けられず、一敗地にまみれた冒険者達は南に向けて敗走を始める。

 その先にあったのはメルクトゥー王国だ。本来は内紛で疲弊しているの国を一気に占領するつもりだったのだろう。

 しかし、現実にはメルクトゥーはカイの介入で内紛を終わらせたばかりか力を取り戻していた。しかも、ラダルフィーの敗走者達は青年が侵入を阻止し、降伏に追い込んでしまった。


「あの時、彼はメルクトゥーを蛮王に蹂躙させるつもりだったんだよ」

 カイが突拍子もない事を言い出したと感じた。

「あ? 何だって?」

「蛮王とその配下をメルクトゥーに雪崩れ込ませて人も物も踏みにじらせる気だったのさ」

「そんな事して何になるんだ?」

 トゥリオには全く意味が分からない。

「程よく蹂躙されたところで軍事介入させる。おそらくその準備としてドゥカルの海軍基地には兵を待機させていたんじゃないかな? その軍で蛮王以下を討ち滅ぼしてメルクトゥーに恩を売るんだよ。物資や経済支援をして復興した頃には中隔地方に帝国の属国が一つ出来上がり。軍を駐屯させて、中隔地方諸国や西方へ手を伸ばす拠点化するのだって簡単だね」


 青年はあの時の北方三国の動き自体が、帝国が他の地方へと侵略を始める前段階とする一手だったと説明する。その目的の為に、何の罪もないメルクトゥー国民を意図的に暴行略奪の危険に曝す。そんな計略が中隔地方で進んでいたと言うのだ。


「ディムザ……、お前……?」

 大男の青褪めていた顔が憤りに赤く染まり始める。

「何の事だか分からないな」

「じゃあ、何でお前は身分を偽ってまであそこに居たんだ?」

「ああ、北方三国に協力を要請したのは事実さ。俺が帝国の皇子だって素直に明かせばどこの国だって疑って掛かるだろ? だから善意の第三者だって事にしただけだ」

 彼は空とぼけて言葉を重ねてくる。

「それはどうでしょう? ラダルフィーの拡大を懸念しただけならばメルクトゥーにも声を掛けないのはおかしい。包囲網を敷かねば効果的な攻撃は出来ませんし、もし南に逃げ込まれれば市民を盾に再び攻勢に転じる隙を与えてしまいます。それが分からないほど貴殿の目は節穴ではない」

「メルクトゥーに戦力は残ってないと思ったのさ。内戦で疲弊し切ってる筈だからな」

「嘘ですね。貴殿の情報網は優秀です。あの国が力を取り戻しつつあると知っていた。なので作戦を変更して、一大強国へと成長過程の目障りなラダルフィーを叩くだけで我慢することにしたんですよ」

 カイの鋭い視線にディムザは薄笑いで応じている。

「だからこそ肝心な部分をふいにしてくれた僕に興味を持って探りを入れる気になったんでしょう?」

「その的にされたのが俺だっつー事だな?」

 前のめりだったディムザは、椅子に深く座り直し背もたれに体重を掛ける。

「勘弁してくれ。何もかもお見通しなのか? カイ、君は……」

「開き直るのかよ!」

 トゥリオは低い声で一喝した。


「ほら、君はそうやって食って掛かってしまうじゃないか?」

 彼の肩を掴んで青年は止める。

「本当は君を通してでも彼に警告を与えるべきだった。次は無いぞってね。でも、事の真相に言及してしまうと、問い質そうと一人で帝都までも突っ込んで行きかねない。だから言えなかった。僕は見逃してしまった」


(俺の為に自分の正義を曲げたのか? あのカイが?)

 信じられない思いで青年を見る。

(しかもフーバ市民を犠牲にした責任の一端は自分にあると思って後悔してやがる。俺は馬鹿だ。そんなこいつを責めたのか?)

 苦い思いが胸中に広がる。

(ジャルファンダル動乱の時は俺も国同士の策謀劇だったって割り切った。言うなれば見逃した。あの時もこいつは我慢してくれたんだ)


「……すまん」


 自然と詫び言が口を突いて出た。

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