貝料理

「ほのかに甘くて、噛んでいるだけ味が出ますぅ!」

 頬を押さえたフィノが、ずっともきゅもきゅと口を動かしている。

「美味い事は美味いんだが、これいつ飲み込めば良いんだよ?」

「くにゅくにゅして面白い食感だけど、ちょっと迷うところね。ほどほどに噛んだら飲めばいいんじゃない?」

 彼らが口にしているのは、湯通しした外套膜だ。しっかりとした厚みがあるそれを最初は刺身にするのかと思ったのだが、カイは熱湯に通してからひと口大の切り身にした。

「このほうが旨味が立つと思ったんだけどどうだろう? 思ったよりちょっと固い?」

「丁度良いですぅ。楽しいですぅ」

 噛み応えがあるほうが好きなフィノには非常に受けが良いようだ。


 ロルヴァは、もう育ち過ぎだと思われる90メック1m強のカンム貝を引き揚げ、口を開けさせると今度は貝柱を切り離してしまう。真珠も十個入っていたが、残念ながら三個には歪みが見られてろくな値が付かないという話だった。

 そのカンム貝を譲り受けたカイは、浜に上がってから調理に取り掛かったのであった。


「フィノはきっとこれが好きだね?」

 色々と生食を味わってきた三人は、その深い旨味を感じられるよう舌が慣れてきている。

「あはぁ! こりこりですぅ! 旨味もこっちのほうが強いですよぅ」

「どれどれ、どんなもんだ?」

「私にもちょうだい」

 海水で洗っただけで切り分けた刺身は、貝の舌のような部位だ。用途としては足に当たる部位なので、非常に発達した筋肉で出来ていて硬い食感を持っている。

「甘い! 俺はこっちが好きだな。程よく柔らかいし」

「私もこれが良いかも?」

「最高ですようぅ! どれも美味しいですぅ!」

 やはり貝柱は全体に受けが良い。味も食感もバランスが良いからだろうか?

「しかし、これっぽっちしかねえのかよ。もっとでっかくなかったか?」

「あっち」

 彼が指差したほうを見る。少し離れたところで燻煙器が薄く煙を上げているのに気付いた。

「でかした! この味は絶対に燻製向きだぜ!」

「抜かりないわねえ。楽しみだわ」

「きゃう~ん! 想像しただけで涎出ちゃいますぅ!」

 そのうっとりした顔に、皆が笑い出す。


 カイが浜に向かった後も、三人は若夫婦の作業を手伝っていたので出遅れている。

 餌やりという、ずらっと並ぶ簾囲いすがこいに魚粉を撒いて回る作業だ。干物にした魚を砕いた魚粉を撒くのだが、昔はそれをカンム貝が食べるのだと思っていたらしい。今は、魚粉を食べに集まるプランクトンを捕食しているのを理解している。何か小さな生物を取り込んでいるという程度の理解ではあるが。


 その間にカイは、カンム貝の身を解体すると一応毒になる部位が無いのを確かめつつ、それぞれを分けて調理していたのだ。

「こいつはまだかよ? さっきから堪んねえ匂いをさせてるぜ?」

 金網の上では様々な部位が火に焙られている。それらは切り分けただけでなく茶色に染まっている。青年の脇には小さな鍋も掛けられており、くつくつと煮立っていた。

 それは魚醤に砂糖と少々の塩で味を調えた物に、香辛料を加えて煮詰めたものだ。焼き物はそのタレに浸されてから金網の上に並べられていた。

「んー、もう一回」

 そう言うと、香ばしい匂いを立てている焼き物をタレに潜らせてからまた金網の上に戻した。

「やだ、お腹が鳴りそうだわ」

「何でもいいから早く焼けて欲しいですぅ」

 炎を上げる薪にフーフーと息を吹きかけても早く焼けたりはしない。


   ◇      ◇      ◇


 焼き物が出来上がった頃にモルセアも合流した。

 若夫婦の状況を見るに見かねた彼女は冒険者ギルドに治癒を使える魔法士の渡航を依頼していた。痛まなくなれば、多少でも生活に支障は無くなるかと信じての事だったが、それも不要になったので依頼を取り下げにロイロイまで足を運んでいたのだ。


「冗談でしょう!? 町でもこんな味出している店はありませんよ?」

 刺身には尻込みしたモルセアも、焼き物を口にすると顔色が変わった。

「食べるなら美味しく食べたいのが人情じゃない?」

「うちの料理長は、食にはうるさいからな」

 信じられない思いで、まじまじと黒瞳の青年を見る。


 人体修復というとてつもない魔法を披露した男は、なかなかに多才な人物なのだとやっと気付いた。それが普通だと受け入れている彼らも彼らだ。依頼無しにロカニスタン島まで渡ってくるだけあって、実に風変わりな面々らしい。


 当の本人は、ミーザが作ったカンム貝の汁に舌鼓を打っている。

「くはーっ! やっぱり汁物最高ですねぇ! さすがに島の人達も知っていると思って手を出さなかったんですが、素晴らしい味です」

「普通の貝の汁よ?」

 手放しで褒めるカイに、嬉しいだろうミーザは微笑みを返す。

「いえいえ、この野菜が僅かに出るえぐみを抑えて優しい味にしています。これは絶品ですよ?」

「お口に合ったみたいで良かったわ」

 汁を飲みながら赤麦ご飯を豪快に掻き込むカイを皆が微笑ましげに見ている。

「そろそろ頃合いじゃない?」

「待ってました!」

「行ってきますねぇ」

 いそいそと燻煙器のところに向かうフィノ。カイと中を覗いて出来上がりを確認したら、取り出して皿に盛ってきた。


「うっま! これ、すっげえぞ?」

 軽く塩をして燻製にしただけなのだが、旨味は凝縮され、香りも食欲をいや増す物に変化している。

「本当だ。これは数段美味い」

「だろ?」

 珍しい味付けの焼き物に目を奪われていたロルヴァは、燻製にも心動かされたらしい。

「なあ、飲んでも良いだろ?」

「まだお昼よ?」

「いや、こんな美味いもん前にして飲むなって言われても辛いぜ、なあ。ロルヴァも飲みたいんじゃないか?」

 トゥリオはロルヴァも巻き込んで、酒を飲む方向に誘導しようとしている。

「そうだな。これは酒の肴にもってこいって味だな」

「ロルヴァさんはもっと身体の調子が戻るまで飲酒は禁止です」

 足の怪我に飲酒は良くない。回復が遅れる危険性が有る。

「ほら。ダメなものはダメよ。彼は飲めないのに、あんただけ見せびらかすように飲みたいわけ?」

「はぁ…。諦めるしかねえか。辛ぇな」

「彼の足が良くなってから、快復祝いに飲めば良いじゃないか? 燻製なら保存が利くんだから」

 そこでモルセアが身を乗り出してきた。

「これは保存が利くものなんですか?」

「利くわよ。これは急ぎで燻煙したから浅い仕上がりだけど、時間を掛けてもっと脱水すれば結構保つわよね?」

「うん、貝足と貝柱は割と保存が利くと思うよ。内臓のほうはちょっと難しいと思うけど」

 皿にはその二つの他にも、燻煙した内臓も乗っている。貝足や貝柱、外套膜や貝紐の燻製は持ちするだろうが内臓は怪しい。冒険しないほうが良いだろう。

「これなら町の商店で土産物として売れそうです。島の人達の新しい収入源になりそうなので、作り方を教えてもらっても良いですか?」

「別に構いませんよ。時間を見て、どこかに燻煙小屋を建てましょう」

 売るところまでいかないまでも、保存食作りが出来れば生活の助けにはなるだろう。始末するカンム貝の有効利用が出来るのならば、無駄にしないで済むというものだ。

「私ってばダメですね? こんなに可能性が転がっているのに見過ごしてきたなんて。商人として未熟だと知らされます」

「仕入れ先の苦難をこれだけ思いやれる方なのですから、無理せずとも信頼は厚いと思いますよ?」

「ああ、モルセアにもこんなに世話になっているんだから何か恩返ししないといけないな?」

 ロルヴァも思うところが有るようだ。

「良いんですよ。頑張っていらっしゃるのですから応援したいんです」


 冒険者達は、暖かい島の暮らしの一面を見た気分になった。

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