少女の宣言

 エルフィン達に一応司祭などの教導者を軟禁させておいて、五人は同じ敷地内のジギリスタ教会から帝宮へと移動する。


「無人ですと?」

 状況を聞いたジャンウェン辺境伯は声を荒げる。

「散々掻き回しておいて逃げ出しおったと?」

「あたし達、見逃した? どの門にも斥候は置いておいたはずなのに!」

「そんなに慌てて逃走した感じではありませんでした。持ちだす物は持っていったようで」

 がらんとしていた地下の様子を話す。

「え、じゃあ、まさか……?」

「あれがそうだったのでしょうか?」

 コウトギ義勇軍のオーグナが口惜しそうに顔を顰める。


 彼は集結時に起こった遭遇戦の事を説明する。相応の人数が北に向けて逃げていったと。


「やっぱり確認してないって」

 アヴィオニスが狼狽して人員を動かそうとするがそれはチャムが止め、ナギレヘン連邦国境付近に配置しているエルフィンに確認したのだ。

「それだけの馬車列が連邦入りしていれば彼らが間違いなく気付くわ。姿を認めていないって事は目的地が違う」

「でも、北ってどこへ? まさかラムレキア国内に侵入したんじゃないでしょうね?」

「おそらく違うでしょうね」

 ラムレキア国境は全体を監視していないが、その可能性はカイが否定する。

「敵地に入り込んだところで行く当てなどありません。焔熱の星ブレイズスターで脅迫しようにも大都市はエルフィンが監視してくれています。宿場町規模なら入り込めたとしても脅迫に利用するには物足りませんし、その時点で居場所が判明して包囲されてしまうでしょう」

「同時多発的に宿場町を焼けば?」

「分散すればどこかでエルフィンの監視網に掛かる可能性が高まるだけ。起死回生の一手にはならないのです。逃走したという事は何らかの目途が有っての事でしょう。潜伏場所にも当てがあったものと思えます」


 問答無用で襲い掛かってきたところを見れば、出来るだけ足取りを隠したかったのだと思える。つまり或る程度の期間は潜伏する事を企図しての行動だ。


「コウトギ山脈の山中? 無理ね。獣人の目は誤魔化せない」

 チャムもそこは難しいと断言する。

「それだけの人数が潜める場所なんてそんなには無えんじゃねえか?」

「国内の山中を捜索させる、お兄ちゃん?」

「いや、割と広範囲に人気が無くて目立たない場所があるんだ。そこでならたぶん色々と仕掛けも出来る」

 カイは指折り条件を挙げて心当たりがあると告げる。

「人気が無い? 帝都の北? ……あ! 暗黒点ヘクセンベルテ!」

「あそこなら余程でなければ人は入ってきませんですぅ!」

「でも、いくら魔法の道を極めんとする者達とは言え、あんな魔獣しかいないような忌まわしい地に?」

 王妃の感想が一般的な見識だろう。

「ところが違うのよ。ヘクセンデルテは魔獣も近寄れないような状態だったんだけど、調査が入って浄化が完了しているわ」

「連中、それを知っていたのね。国内なら夜の会ダブマ・ラナンも自在に動けるもの」

「決まりだな。行くぞ、魔闘拳士」

 ザイードも本当の敵は神至会ジギア・ラナンだと思っているようだった。


「ルル、君はまずラドゥリウスの民を安心させる事に尽力すべきだね。あれは僕が片付ける」

 残るように説かれると、ルレイフィアは悲しげな面持ちになるが納得もしたようだ。

「はい、ルルはすべき事をします。ベウフスト候、頼みます」

「御意」

「もう時間が経っているからあまり急がないし。イグニスさんもアヴィオニスさんも兵を休ませてください。出発は明陽あすにします」


 各々、すべき事は山積している。


   ◇      ◇      ◇


【うむ、新皇帝を討ち果たして帝都入りしたか】

 遠話器の向こうからは落ち着いた声が聞こえてくる。

「はい、多大なるご協力、感謝の言葉もございません」


 私室に下がったルレイフィアは、カイに渡された新しいタブコードで遠話をしている。相手はホルツレイン国王アルバート。まずはお礼から入った。


「つきましてはもう一つお願い事がありましてカイ様にご無理を言った次第です」

 少女は改まって告げる。

【ほう? 何であろうか?】

「貴国への我が血族の暴挙、わたくしの首一つで水に流し、どうかもう一度和平をお願い出来ませんでしょうか?」

「お嬢様!」

 家令のモルキンゼスは驚き、思わず口親しんだ呼び方をしてしまう。


 彼女は帝国がホルツレインとの和平条約を一方的に破り、出兵した事の責任を取るつもりだった。そして新たな和平への道を繋ぎたいのだ。


【願いとはそれか。しかし、和平は誰と結ぶことになるのかの?】

「長兄の遺児となる幼子がおります。信を置ける者を宰相に立て、必ずや厳しく育てるよう命じておきます。どうかロードナック帝国の未来を信じてくださいませんでしょうか?」

【なるほどのぅ】

 受話面からは、内容を吟味するような溜息が一つ。

【何の事かはよく分からんのだが……、おお! そういえばしばらく前に妙に大勢力の野盗集団が現れおったの。被害は未然に防がれたので我が国には何ら被害は無かったが、それは関係のない話であろうしのぅ】

「アルバート陛下!」

【辺境の町の事件もあって和平も立ち消えになっておったが、代替わりへの道筋も立ったこと。改めて大使を立ててくれぬものだろうか? おそらくは良い話が出来ると思うのじゃがのぅ?】


 好々爺とした空とぼけた声が少女の耳に聞こえてくる。その瞳からはぽろぽろと涙が零れ、見えないと分かっていながら深々と首を垂れた。


「ありがとうございます! ありがとうございます! この御恩は生涯忘れません! 必ずや陛下の御期待に添える治世をお約束したいと思います」

 ルレイフィアは、このアルバートの温情を未来への投資だと覚っていた。

【気にするでない。余の経験が役立つのであればいつでも声を掛けるのじゃぞ?】

「はい! どうか今後とも宜しくお願い致します!」


 遠話を終えた少女は緊張から解放され、弛緩してしまっていた。家令の介助を受けて甘い果汁を口にし、ひと心地付くと居住まいを正す。


「ありがとう、お兄ちゃん。ルルは生き延びました」

 今は心からの笑顔が出来ていると思う。

「良かったね。それも君の覚悟の賜物だよ」

「そうみたい。でも、このまま帝位を望めるのなら後継の事も考えないと」

 口元に悪戯げな笑みを浮かべる。

「お兄ちゃんは帝室にご興味はありませんか?」


 伴侶にと望むと、さすがに彼らも仰天したようだった。


   ◇      ◇      ◇


 翌朝には多くの騎馬がラドゥリウス中を駆け巡る。彼らは城門前広場で第二皇女ルレイフィアからの直接の布告があると触れて回った。

 内容に関しては予想が付くものの、年若い帝室の少女が何を伝えてくるのか興味が募る。人々は手に手を取って続々と詰め掛けていた。


「父である皇帝は道を誤りました。力こそが、強い国こそが未来への道だと思い違いをしたのです。その為に多くの命を戦場に送り込み、散らしてしまいました」

 少女は設えられた壇上で悲痛な面持ちで訴え掛ける。

「それは皆の心を痛めつけるとともに、生活をも圧迫していた事でしょう。そんな帝国の在り方をわたくしは改めたいと思います。それには皆の賛意あっての……」


「もう大丈夫だ。行こう」

 カイはその姿に頷くとチャム達を促した。

「そうね」

「片を付けに行くか」

「もうひと頑張りですぅ!」


   ◇      ◇      ◇


「でもルルがあなたに求婚するとは思わなかったわ」

 帝都を発って街道を行きつつチャムは肩を竦める。

「あの子の冗談だよ」


(果たしてそうかしら?)

 麗人は少女の瞳に本気の色を感じていた。

 だが、それを告げる間もなく北へ向かう軍勢の前に影が現れる。


 五人の男女は行く手を阻むように立ちはだかった。

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