高速機動戦
カイは獣人戦団を左翼陣の大外まで引っ張り出している。
「ここで良いのか、カイ?」
ロイン戦隊と行動をともにする事の多い四人が、ハモロ戦隊にいるのを不思議そうに彼は見ている。
「良いんだよ。
「でもさ、ちゃんとした作戦の話しなかったじゃんか? なのに何でハモロ達が重要だって解るんだよ」
「どう動くかは流動的で時には相手合わせになるんだけどね、その流れの中では重要な位置合いになるってことさ」
どうにも抽象的で理解が追い付かないようだ。
「そりゃ、みんなカイの言う通りに動くけど、目標くらいは周知しといてくれよ」
「ごめん。それさえ流れ次第なんで僕も何とも言い難くてね。局面的には本当に大事なところになると思うから悪いけど付き合ってもらえるかな?」
「そんな言われると緊張しちゃうじゃないか!」
眉尻を下げて訴えるハモロに青年は失笑する。
ハモロ戦隊を右、ロイン戦隊を左に並べ、ゼルガ戦隊は追走させる形で逆三角形の陣形で獣人戦団は滑り出す。同時にベウフスト候軍も押し出し、敵右前翼四万に向けて進撃した。
戦団は左回りに敵陣の裏側に入り込もうとする。そこは右次翼の騎馬兵団の前方になり危険地帯なのだが、右前翼を一気に叩くのなら絶好の位置でもある。
「魔法! 二斉射!」
後背から魔法の斉射は効果的で、大きく揺らいだ。
「左転進! 総員構え!」
「釣れたよ。ここからが本番」
本来なら右前翼を背後から襲うのが有効なのだが、右次翼の動き始めを確認すると対するように転進した。
「左方流れ! 一撃離脱!」
「右方流れ! 一斉射!」
ハモロ戦隊は突進してくる騎馬兵団の右側面に一撃だけを加えて円弧を描くように反転する。ロイン戦隊も同様に左側面に魔法の一斉射を加えて離脱。さすがに正規軍の魔法防御は厚く損害は与えられないが牽制にはなる。続くゼルガ戦隊が一撃を加えるまでの目晦ましにはにはなっていた。
騎兵隊というのは、基本的に突進力をもって敵を砕く性質の部隊である。同じ騎兵隊同士の戦いであればぶつかり合いの後に混戦模様となる事も多い。
ところが、突進を嘲笑うかのように躱しつつの一撃だけで離脱されれば、力の向けどころを失ったまま足を緩めてしまう。反転した戦団は再集結して騎馬兵団の前で陣形を整えた。
ハモロ戦隊を先頭にして、両戦隊が後方に付く鏃の陣形に変化。再び右側面を擦るように一撃を加えて左転進すると、突如として急転進して側面に突貫を掛けた。
「行けえー!」
三万もの数で高速機動展開を見せる獣人戦団に戸惑っている隙の側撃で、騎馬兵団は怯む。
「何だこいつら! 妙な動きを!」
「堪えろ! 分断されるぞ!」
「回頭しろ! くっ! 魔法士がやられた!」
ハモロ戦隊とロイン戦隊は一撃を加えると左右に分かれる。削った場所にゼルガ戦隊の重打撃戦力が突き刺さった。
「なっ! ぎゃー!」
「くお! ぐあっ!」
振るわれる
「な! おい、まさか……!」
「よ、止せ!」
そのまま混戦状態に突入するかと思いきや、一転してゼルガ戦隊が反転離脱するとロイン戦隊が属性セネルを並べて待機していた。
「転回! 急げ!」
「
襲い掛かる魔法の斉射が騎兵を蹂躙していく。
大きく抉り取られるようなダメージを受けた騎馬兵団だが、実戦経験豊富な彼らは立て直しも早い。指揮官達が放つ怒号に応えてロイン戦隊の正面から抜けるような機動展開を始め、転進すると両戦隊に襲い掛かる様子を見せる。
しかし、そこには二つの戦隊しかいない。距離を取って助走を付けたハモロ戦隊が転進中の騎馬兵団の側面に衝撃をともなって激突する。
◇ ◇ ◇
「何なんだ! 次々と!」
「息つく暇も無いぞ!」
「まずい! 魔闘拳士だ!」
鎧の肩同士をぶつけ合い、剣が絡み合い、金属の軋む音が戦場を支配する。
「指揮は気にしなさんな、大将!」
「頼むぞ!」
ハモロは大剣を振り上げると一気に落とす。相手の剣をへし折り斜めに斬り下ろすと、血を噴いて倒れる騎士に一瞥もくれずに剣を寝かせる。横から斬り掛かってくる騎兵に、大剣の重さに任せるような斬撃を送ると胴を斬り裂いた。
「キュルッ!」
彼の黄緑色の騎鳥が警告を放ってくる。
「ありがとう、レイオウ!」
「キュイ!」
片手で跳ね上げた大剣を大空に弧を描かせて反対側に振り下ろすと、突きかかってきていた騎兵の脳天から断ち割る。
「次! 掛かって来い!」
気迫あふれる少年戦士に敵騎兵はおののいて距離を取った。
◇ ◇ ◇
(そこ)
勢いを殺ぐように魔法を放とうとロッドを差し向けてくる魔法士を
フィノにも魔法を待機してもらっているが、激突状態での使用は危険なので単なる予備攻撃としての待機だ。
(少し減らしておく)
鐙を踏んで身体を持ち上げると、薙刀を立てて前進。高さを利用して押し込もうとしている騎士の長剣を、かろうじて受けている丸耳の女獣人の後ろに入ると、長柄いっぱいに突き出す。寝かせた刀身が喉笛に突き立ち、呆然とした顔のまま後ろに倒れた。
振り返った女戦士の顔が輝くようにほころびるのに微笑を返して傍らを示す。彼女が譲った場所へ乗り出すと薙刀の血を払い落とし、斬り掛かってくる騎兵の剣を刀身の牙に絡めて折る。柄を捨て、予備のダガーに手を伸ばそうとした男は、素早く飛び出した女獣人に首を刎ねられた。
「良い動きです」
親指を立てて褒めると彼女は敬礼を返す。
「お任せを。存分に戦ってください、魔闘拳士様」
「心強い」
「光栄です」
数人の獣人が脇を固める形でカイは大きく斬り込んでいった。
◇ ◇ ◇
(ここは挟み込むとこ!)
ハンドサインはないがゼルガは独自の判断で攻めどころと判断する。
高機動及び魔法攻撃戦闘を得手とするロイン戦隊と違い、ゼルガ戦隊はハモロ戦隊と同じ打撃戦闘を得手とする。なのに黒髪の青年がハモロ戦隊を直接動かしているのは、ゼルガの判断力を買ってくれているからだと判断した。
無理に指示を送らずとも状況を読んで独自に動ける彼の能力を信じているのだ。ならば狼獣人の少年はその期待に応えなくてはならない。
「右転進!」
大剣を大きく翳して見せる。
「おうさ! 右転進! 急ぎな!」
「おー!」
ミルーチの
(反対側から削って分断する)
ハモロ戦隊が攻撃している場所の、ちょうど反対側を狙って斬り込むと決める。
「行け、クスナ!」
赤の騎鳥に命じると、意を得たりとばかりに少年の見つめる先へ突進を開始する。
「続けー! 坊やに遅れるんじゃないよー!」
「突撃ー! 我ら、英明果敢の旗の下にー!」
(いや、それ止めて!)
ゼルガは心の中で涙を流す。
両側面から攻められた騎馬兵団は耐え切れずに分断された。切り離された先頭部分は彼らのお株を奪うように転回して助走。再突入の姿勢を見せるが、そこに待ち受けていたのはロイン戦隊である。
「撃ち崩せ」
ジャセギの声が流れる。
「た、退避ー!」
「逃がさないよ~。ムーズ、発射~」
藍色の騎鳥の魔法に合わせるように斉射が始まり、反転する暇も無く魔法弾幕に沈んでいった。この局面を狙って、カイ達が魔法士を狙撃し続けていたのだ。
「ゼルガ」
分断した一団が壊滅するのを確認しているとカイが呼び掛けてくる。
「見える?」
「はい」
敵の中陣が包囲されつつあるが、左次翼がその背後を窺おうとしている。
「こっちは任せて良いかな?」
若き指揮官は大きく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます