聖征の行方

 メナスフット遠征軍の指揮官の焦燥感は最高潮に達している。三も停留しており、これ以上の遅滞は作戦の失敗に繋がってしまう。


 しかし、イーサル王国軍の士官は面談に応じ譲歩の気配をちらつかせるものの、本隊との使者を行き来させるだけでなかなか答えを出さない。

 今も使者の到着に、席を外して何か話しているが明確な答えは返ってこないような気がする。意図的な遅滞なのではないかと疑心暗鬼に駆られそうになるが、ここで暴言を吐こうものなら全てが灰燼に帰してしまう。


「お待たせした。少し事態の進展があったようなので、十分な確認が必要だったのだ。ご勘弁を」

 こんな台詞も何回聞いた事だろう。そう思えば声音も暗くなるというもの。

「朗報を期待したいところであるのだが、此度はどのような話だろうか? 私としては神聖騎士の方々をお待たせするのは心苦しい限りなのだ」

「当方としても期待にはお応えしたいし、お応え出来ると思っている。なにせ貴殿の希望通り、我らが王国軍司令官が直接希望を伺うつもりだそうだ」

「本当か?」


 明らかな進展だ。この使者はあくまで判断は国王が為すものだと主張をひるがえさなかったが、イーサル国軍の司令官ならば決断を下してくれるかもしれない。僅かずつでも進軍出来ればまだ希望は繋げられる。


「ありがたい。喜んで……、いや、どうか引き合わせ願いたい」

 使者は手で制する様子を見せる。

「そう急がないでいただきたい。我らが司令官もお話を伺いたいと申されているが、他にも貴殿の主張を気に掛けている方がおられる。そちらの準備も必要なのだ」

「他に? どなただろうか?」

「ウルガン王国軍司令官殿なのだが?」

 その台詞に遠征軍司令官は椅子を蹴って立ち上がる。

「何だと!?」


 そこへ駆け込んできたのは斥候をともなった副官だった。

「閣下! 閣下、大変でございます! 北より大軍が姿を現しました!」

「イーサル軍の本隊か?」

「いえ、掲げているのはウルガン軍旗にございます!」

 怖気とともに背筋が凍り、ゆっくりと振り向くとイーサルの使者は朗らかに微笑んでいる。

「だからお越しだと言ったではないか?」

「う、ウルガンが出兵を?」

「ええ、そろそろ我が国の軍も到着しますぞ」

 しらじらしくも宣う。メナスフット司令官が天幕の外に飛び出すと東から近付いてくる軍勢が見えた。

「き、貴様! たばかったな!?」

「人聞きの悪い。我が軍もウルガン軍も貴殿にこの長征の是非を問いたいだけだ。別に問答無用で交戦する意思はないのだが、何か問題でも?」


 北から迫るウルガン軍が後背に回り、東からのイーサル軍が鼻先を押さえるように展開を始める。その総数、両軍合わせて三万は下らないだろうと思える。


「断っておくが、強引に突破したところで、国境を越えた帝国領ではジャルファンダル陸軍が待ち受けておるぞ? 諦めて貴軍の意図をつまびらかにしていただこう」

 迫られるが、諾々と従う訳にはいかない。本気で使者を人質に取ろうと考えるが、警戒して護衛兵に固めさせている。

「叛乱軍に通じていたのか……?」

「勘違いしないで欲しい。我らは中隔地方の平和を願っているだけだ」

「いけしゃあしゃあと!」

 そこへ更に早馬の兵が身体を引き摺るように割り込んでくる。


「申し上げます」

 息も絶え絶えに伝えてくる。

「王都ポーレンが落ちました」


 メナスフット司令官は膝から崩れると、顔を覆った。


   ◇      ◇      ◇


「フィノ! やって!」

 青髪の美貌が長剣を煌めかせつつ目標を指す。

投炎槍フレアジャベリンマルチ!」


 五十を越えようかという炎槍が発現すると、綺麗に一列に大地に突き立っていく。炎の柵と化した魔法は動き始めの左翼騎馬兵団の行く手を阻むのには十分だった。

 錐陣形に展開し、モイルレルの西部連合軍右翼の背後を窺おうとする動きは妨げられる。その隙にハモロとロインの両戦隊を間に滑り込ませていく。


「来るわよ」

 騎馬兵団から水系の魔法が放たれて柵を消していく。

「いきり立ってやがるぜ」

「怖気付いたんじゃないでしょうね?」

「受け甲斐があるって言ってんだ」

 トゥリオは大盾を揺すって答える。

「やる事は同じさ」

「いつでも良いですよぅ!」


 犬耳娘でさえロッドを頭上に掲げて覇気を出す。


   ◇      ◇      ◇


「お嬢、まだ走れるな?」

「もちろん~。だって走るのはムーズだもん~」

 ロインは騎鳥の首筋を撫でる。


 そうは言うが、戦闘機動となると騎手に掛かる負担も大きい。あぶみに掛けた足首、鞍を挟む膝と内腿、振動を吸収する腰と腹筋。常に様々な方向から負荷の掛かる状態でずっと耐えなくてはならない。

 子供の頃から慣れ親しんだ鞍上とは言え、武器を振るいつつそこに留まれば疲労は刻々と蓄積されていく。上体が限界を迎えれば満足に戦えなくなり付け入る隙を産んでしまうし、足が限界を迎えればセネル鳥せねるちょうの翼頼りになって最悪落鳥してしまうかもしれない。


「まだまだいけるよ~」

 気丈に振る舞っているようには見えない。金髪犬娘は細身の見た目に拠らずタフらしい。

「ならばいい。指示来るぞ」

「うん。前進! 左やや転進!」


 ロイン戦隊は、騎馬兵団の向かって左側面を削ぐように進む。駆け抜け様に武器を合わせると一斉に金属音が戦場に鳴り響く。

 戦闘も長引いており、騎鳥の魔力のほうは残量を気にしなくてはいけない状態。余力として数射分はあるだろうが、それは非常用。ここからは彼女らも近接戦闘を主に戦わざるを得ない。


「や~」

 気の抜けるような声だが、ロインは至って真面目である。


 相対速度まで加わって怖ろしい速度で繰り出される槍を首を傾けて躱し、右の長剣で穂先を斬り飛ばす。腋の下から左の小剣を滑り込ませて敵の脇腹を抉ると、派手に仰け反って落馬した。

 押し付けてくる円盾に右肘を打ち込み脇に寄せると、小剣の斬撃を送り込み胴の半ばまで斬り裂く。倒れる騎兵の影から繰り出されたランスを両手の剣を交差させて跳ね上げる。思い切り振り抜いた右の剣閃が斜めに走ると、胸甲ブレストプレートが割れて血飛沫が舞った。


 青年からのハンドサインを読み取りつつ、高速機動で一撃離脱を重ねる。大きな打撃を加えるのはハモロ戦隊の仕事だ。彼女は敵が彼らに集中しないように牽制の一撃を重ねていくのが役割である。

 しかし、三万の騎馬兵団は容易には揺らがない。軽装歩兵一万を抱えるだけに大きな機動は取れないが、魔法抜きの二万で削るのは困難だ。徐々に殺ぎ落としていくにせよ時間が掛かる。切り崩すには力足らずだろう。


 それはカイのほうが良く解っているようで、後退して合流の指示が出た。

 見れば包囲されていた敵中陣が一点突破を掛けて離脱。零れるように本陣へ向けて撤退しているのが確認出来た。


「これで一段落する筈だよ」

 撤退のラッパが響き、騎馬兵団も後退していく。

「勝った~?」

「まずまずの勝利ってところかな? さあ、君達も戻って休むんだ」


   ◇      ◇      ◇


(騎馬兵団まで引っ張り出されたのは余分だったな。来るべきまで温存しておきたがったが仕方ない。負け過ぎてはいない)

 本陣のホミド将軍は難しい顔で戦場を見つめる。


 今は青旗がほうぼうでひるがえり、負傷者や戦死者の収容が行われている。その中にぽつりと違和感を感じさせる存在がゆるゆると正面まで移動してきた。


(何だ? 青旗を無視するつもりか? ならば更に一手打てるが)


 白ずくめの青年、魔闘拳士だと思われる男が大きく手を振っている。しばらくすると拡声ラウドの効果を得た声が届いてきた。


「どなたか存じませんが伝えておきます。メナスフット軍は国境越えをしてヴィスカリアを攻めたり出来ませんよ?」

 左手の魔法具らしき物を示す。

「今連絡がありました。ポーレンはメルクトゥー軍が落としました」


(な……、に?)


 将軍の顔は驚愕に染まった。

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