逆襲のカイ

 昼下がりの最も人通りが多くなる時間帯、カロフォランカ商会の前には黒髪の青年と青髪の美貌の姿が在った。青年の手には、数陽すうじつ前に発行した王家番。その一番広い範囲を占める記事の見出しは『毒婦ロアンザ、次なる標的は魔闘拳士!?』とある。

 昼食後の時間帯とあって店内は賑わっている。そこへ分け入ってきた黒髪の青年は、客を捌いている店員を一人捕まえると居丈高に言った。


「商会主を呼び出してください。今すぐに」

 ただでさえ忙しい店員は邪険に振り払おうとする。

「何なんだ、あんたは? 王家番を買いに来たんならちゃんと並べ。いう事聞かない奴になど売ってやらん」

「ずいぶんな言い草ですね? こんな出鱈目を載せる紙切れなんて欲しくは有りません。さっさと商会主を出しなさい!」

「うるせえぞ。一体何なんだ!」

「言わないと分からないんですか? 魔闘拳士が落とし前を付けに来たんですよ。それがお望みなら引き摺り出して差し上げますよ」

「ああっ! ひっ!」


 やっと気付いた店員は仰け反り、這いずるようにして店舗の奥に消えていく。遣り取りを聞いていた客もワッと散って遠巻きになる。

 そこへ押っ取り刀で商会主ダントラが飛び出してきた。


「何事だ! そんな訳…、うわ、本物だ!」

「誰が偽物ですか? 貴方が金儲けの為に書いている、この魔闘拳士こそが偽物でしょう? いい迷惑なんですよ! さっさと訂正記事を書いて配りなさい! きちんと最後に『嘘を書いてすみませんでした』って付けないと許しませんよ?」

 カイはダントラの前で手にした王家番を真っ二つに破いて見せる。

「くっ! 嘘など書いておらんわ! 言い掛かりだ! うちの王家番達は許可を得て城壁内でしっかりとした取材をして記事にしている。全てが真実だ!」

「それが嘘だと言っているんです! 国王陛下は許可など出した覚えはないと仰せになられましたよ?」

 ダントラは怯んだ。それは間違いのない事実だからだ。しかし、ここで力説しても水掛け論にしかならないのは分かっている。一歩引くのも手だ。

「そんな事は分かっておる。だが、王宮が認めているのは事実だぞ? つまり王国の許可をいただいているという事だ。貴殿にそれを邪魔する権利など無かろう?」

「王国の許可があると言って出鱈目を書いてもいい道理は無いでしょう? 嘘を認めない、訂正しないと言うのなら、陛下に面白可笑しく書いて金儲けをしたいだけの輩だと言い付けますよ? 二度と城壁内に入れないようにしてあげましょう」

 ダントラはニヤリと笑った。

「ほーら、皆さん。馬脚を現しましたよ。国王陛下の寵を良い事に横暴の限りを尽くす。これが魔闘拳士の本性です。お聞きになられたでしょう?」

「むっ! 揚げ足を取るとは汚いですね」

「何の事やら? 風向きが怪しいからと言って他人の所為にするなど、お家が知れますぞ。おっと、元はただ運良く拾われただけの食客でしたね? そうそう、今や悪名高いアセッドゴーン侯爵閣下の」


 決して知れ渡っている訳ではない事実を突いてくる。どうやらそれなりに調査能力のある人物を雇い入れているようだ。もっとも、特に秘密にしていないのも本当である。エレノアなどは、訊けば自慢げに語ろうものだ。自分が見つけたのだ、と。

 ともあれ、その一言でカイの顔色が変わったのは事実である。傍の卓に拳を落とすと、割り砕いてしまった。


「言ってくれますね? 後悔しますよ?」

「言い負けると今度は暴力ですか? 英雄などと祭り上げられても所詮は荒事師に過ぎないという事。自分で自分の評判を落としているのが分からないとは愚かしい」

 ダントラはせせら笑っている。挑発すればするだけ化けの皮が剥がれてくるのだ。これほどやり易い相手はいない。ここはもう一押しだと思う。

「増長するも甚だしい。ちやほやされて美人を侍らかして英雄気取り。もしかして何でも自分の思い通りになるとでも思っているのか? その伸びた鼻をへし折ってやるのも王家番の務めだと思っている。見ているがいい。後悔するのは貴殿のほうだぞ?」

「何言わせてんのよ!」


 それまで黙っていた青髪の美貌が鞘鳴りの音と共に剣を抜く。遠巻きにしていた客が更に悲鳴を上げて逃げ去っていく。最悪血を見る結果になりそうだと怖れているのだろう。それでも通りから中を覗いているのだから好奇心に殺されそうな連中だ。


「あんた、そもそも全然なってないのよ、あんな挿絵載せて満足しているなんてどうかしているわ! あの晩餐会で一番の美人だったのは誰? あんなおばさんじゃないでしょ? 描くなら一番を描きなさいよ、一番を!」

「見目は良くともおつむは空っぽか? 王家番は低俗な似顔絵売りとは違うのだ。城壁内の市民が知る事の出来なかった真実を伝えるのがその務めなのだよ。言っても理解出来ないか?」


 チャムは顔を真っ赤にすると、そのの王家番が平積みにされている台を斬り飛ばしていく。屋内に紙片と木片が舞い散っている。

 カイも開け放たれていた扉に手を掛けるともぎ取って通りに放り出すわ、壁を殴って穴を穿つわ、散々暴れ回る。

 ダントラは頭を抱えて隅で縮こまっていたが、嵐が過ぎ去ったと知って顔を上げた。


今陽きょうはこのくらいにしておいてあげましょう。言っておきますけど、次は血を見る事になりますからね? 今後の王家番、楽しみにしていますよ」

「私を載せたいなら一流の絵師を連れて来なさいよ! それだったら描かせてあげるわ」

「誰がお前達の言う事など聞くか! 分かっているんだろうな? 明陽あすにはこの蛮行、全てのホルムト市民の知るところとなっているからな! 思い知るがいい!」

 立ち去る二人の背中に、義憤に駆られたダントラの台詞が投げ付けられる。


 奥に逃げ込んでいた店員達が出てきて、店内を片付け始めた。しかし、あまりの惨状に、明陽あすの営業は難しいのではないのかと思ってしまう。

 そこへ、苛立たしげにしている商会主から声が掛かった。


「おい、誰か魔闘拳士に張り付かせろ! 徹底的に叩いてやる! 英雄だか何だか知らないが、地に這わせて許しを請わせてやるぞ!」


 そう言って地団太を踏むダントラだった。


   ◇      ◇      ◇


「どう、釣れた?」

 青髪をなびかせて颯爽と歩きつつチャムが訊いてくる。

「ばっちり釣れたよ。三人一組なら二組だね」

「まあ、あれだけやらかしてやればね?」

「僕は途中、ちょっと本気で暴れていたよ。チャムを馬鹿にするもんだからさ」

「違うでしょ? 自分が加減しろって言ったのに」

 それほど綿密な打ち合わせをした訳ではない。基本的に口火を切った後は流れに任せて進めるつもりだったのだ。


(戻ったらイーラ女史に頭下げとかないとな。きっと損害賠償の話が来るだろうから)


 カイ個人に対する窓口はどこにもない。自動的に請求する相手に選ぶのはルドウ基金になるだろう。市民から見ればルドウ基金は半ば魔闘拳士の個人資産に見えているだろうから。実際には個人的に使えるお金は1シーグ80円とて無いのだが。


「冗談、冗談。でも、チャム、下手くそ過ぎるよ。『一番は誰?』とか『私を描きなさい』って何なの? そんな心にもない事言って、僕、吹いちゃうところだったよ」

「仕方ないじゃない。私は女優じゃないのよ。何か理由作らなきゃ振りも出来ないの!」

「それならもうちょっと気の利いた嘘にしなよ。誰が一番かなんて判り切っているじゃないか?」

 その言葉に一瞬にして頬を染めると、鼻頭に皺を寄せて言う。


「またあなたはそんな事言う! バカ!」

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