北井という男

 警察に出向けば事情説明は求められる。しかし、失踪時の記憶は無いと主張するので結局、確認作業しか出来ない。

 櫂が最後の記憶として話したのは道場からの帰途、伯父宅に立ち寄ってから自宅への途中まで。それは警察に残っていた記録とも整合している。

 伯母の証言とその後の数件の目撃情報が一致するのだ。そして記憶が復帰したのは昨夜の近所の公園であったと押し通されては確かめようがない。


 その間の目撃情報どころかわずかな手掛りさえ掴めていなかったとあれば、ここで追及したところで面子は保てない。結果、記憶が無い部分が言及されるのだが、本人の受け答えは極めて明確で突っ込みどころに欠ける以上、病院での受診が勧められるに留められる。


 両親にしてみれば察しているところもあり、この頑固息子は話さないとなれば絶対に話さないであろう事は熟知しているので事実解明にはまるで乗り気ではなかったのもあり、うやむやにする方針だ。


 手続きが必要な大きなところは高校への復学だが、こちらは休学届を提出してある訳でもなく、ただ、一度学校に顔を見せて校長と担任に簡単な謝罪を兼ねた挨拶をして終わる。しかし、復学は認められたものの足りない単位と出席日数はどうしようもなく、進級は困難であろうという事だ。


 驚いたのは、級友達の反応だった。

 少なからず詰め寄られるであろうと考えていた櫂は肩透かしを食らう。比較的懇意にしていた井出良明が「何も心配要らないからいつも通りにな」と言って寄越したところを見ると、コミュニケーション能力の高い彼が事前に根回しをしてくれていたからと思われる。

 もっとも、櫂は自分の過去の所業を鑑みれば、関心があってもあまり強く事情を求めるのは級友達には難しいのだろう。


 ところが、落とし穴は高校からの帰路にあった。

「よう、櫂くん。噂通りピンピンしてるな」

 話しかけてきたのはフリージャーナリストを名乗る北井という男だ。以前に名刺を受け取った事のあるし、何かと絡んできた相手なので鷹揚に返す。

「あなたも元気そうで」

「おう、この通りだぜ」

「そろそろ煩く付きまとった相手に訴えられている頃かと思っていたんですけど?」

「ご挨拶だな。相変わらず口の減らんガキだ」


 見た目、カジュアルでチョイ悪オヤジ風の北井は世間の荒波に揉まれてきた大人だけあって、少々の皮肉は通じず、いやらしい笑いを返してきた。


「で、今回は何をやらかしたんだ?」

「やらかしたも何も全然記憶が無いんです。UFOにでも攫われたのかもしれません」

「よしてくれ。そっちは俺には管轄外だぜ」

「では、ご用はないですね?」

「果たしてそうかな? お前はそんな簡単に攫われるようなタマじゃねーだろ?」

 予想通りに食い下がってくる北井に辟易はするが、怒って見せても引き下がるような男じゃないので諦める。

「大人ならいたいけな少年に配慮が有ってもしかるべきだと思いますが?」

「ああ? いたいけな少年はあの『二年前の事件』みたいな事は起こさないだろ?」

 櫂は「そら、来た」と心の中で肩をすくめる。

「あの時、確信したんだ。お前はまともじゃない。その歳に見合わない覚悟を持って生きてやがる。俺みたいなスレた大人には眩しくて仕方ねえんだよ。だから知りたがる」

「それは買いかぶりですよ」


 北井がらしくないほどに本心を吐露したように見せるが、そんな生易しい相手でないと櫂は承知している。予想通り、動揺を誘えず毅然とした態度を貫く櫂にニヤリと笑って仕掛けてくる。


「まあ、とりあえず俺のメシの種になっとけよ」

「無理ですよ。隙を見せれば骨までしゃぶってやろうという人に」

「違いないな」

 困った大人ではあるが、意外とこのフリージャーナリストが嫌いになれない櫂だった。

「じゃ、また来るわ」

「では、また二年後くらいでお願いします」

 北井は「そいつは無理な相談だ」と笑いながら背を向けたが、思い出したように付け足す。

「今回の件もお前の正義なんだな?」

「はい。僕はそこだけは曲げるつもりはありません」


(例えそれが血塗られた人生でも)と心の中で付け加えておいた。

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