力の胎動

 作業台の上に並んでちょこんと座って眺めるリドとエルミの前で、ミスリル塊を少量取り分ける。


 元ボスの黒猫をそのままボスと呼ぶのも憚られ、カイがエルミと名付けた。

 家で昔飼っていた猫の名で、彼の姉礼美が可愛がっていたのである。姉が生まれると同時くらいに引き取った時は子猫だったが、彼女が大学に入学が決まる前くらいに他界してしまっていた。

 その名を受け継いでいる。


 エルミが興味深げに見守る中、いつも通りにまずは大きな塊を棒状に伸ばす。以前は触れんばかりに手をかざしてしっかりとイメージを乗せなければならなかったが、精密変形魔法を手に入れた今は軽く指で触れるだけで変化が表れる。


 柄の部分が細長く伸びていくと先に玉子型の柄尻が形成される。鍔元に当たる部分は楕円の円錐状に変形し、そこから角のようなガードが伸びた。

 そのガードには二ヶ所にぐるりと溝が彫り込まれたようになっており、そこまで相手の刃が滑ったら、捻れば折り取れるような構造になっている。

 そこから指をずらしていくと剣身に当たる部分になるのだが、紡錘形の断面を持つそれは、全体のバランスからして長さが短く、しかも先が丸くなっている。まるで木剣の中央に通してある鉄芯のようだ。


「何か頼りなさげなんだけど?」

 チャムは率直な感想を述べる。

「これは芯だからね。剣身はこれから付けるよ」

「芯?」

「今回は強度重視の構造にするから」


 先に取り分けておいたミスリルを、彼が芯と呼んだ部分に沿わせるように長く引き伸ばす。それに指を当てると大きく変形し、剣身を形成していった。

 鍔元からグンと広がった後は剣身中央に向けてグッと括れていく。そこからまた広がっていき、剣先の形状は鋭い菱形を形作っている。

 異様な部分と言えば、その剣身と芯の間に隙間が有るところだろう。大部分は芯に融着して一体化しているが、幅広になっているところは芯と接していない部分があるのだ。


「剣身に穴が開いているなんて斬新過ぎよ」

 使う側としてのプロの目で見て、そんな形状はまず見られない。

「今回は芯の部分が重くてさ、その重量調整の為に中抜きしたんだ。何度か試作してみたけど問題無し」

「へぇ、そうなの?」

 試作を繰り返していたらしい。その上で重量軽減の為に剣身の一部を取り除く工夫に至ったのだろう。

「強度を出して重くしない方法を模索した結果、これに行き着いたのさ」

「結構苦労したのね?」

「ちょっとね」


 本当はそんな苦労をする必要などない筈なのだ。ここはゼプルの技術の粋が結集した場所。その気になれば聖剣に用いられている重量操作の方法もどこかに有るのである。

 だが、チャムが敢えて教えない部分には、カイは触れようとしない。望みもせずに、自分の知恵と工夫で何とかしようとする。それがこの青年なのだ。


 実際に重量操作の術式を仕込もうとすれば神力を必要とする為、祈りの間で何も安置する必要がある。それは秘儀に近い為に彼女も教えられない。

 それに剣士として重量操作は邪道と感じる思いも有るので、この工夫は有難いとも思う。


「この先は君も自分の判断で重強化ブースターを使うだろうから、剣の強度が負けるようじゃダメだからね」

 従来の剣では折れる可能性を危惧しているようだ。

「それでこの形なのね。ありがとう。振ってみてもいい?」

「ちょっと待ってね。まだ刃付けをしていないから」


 剣身のミスリル塊ほどの大きさではないが、取り出された仄かに青白い金属塊はいつもよりは大きい。これも残り少なくなった鎧豹アーマーパンサーの鎧片を時間を掛けて分析し、研究を重ねたオリハルコン特殊合金である。完成後はマルチガントレットの銀爪もこの素材に換えてあったが、チャム達の剣にも使う時が来た。

 剣身に融着して刃付けをすると、研ぎ加工を施す。これも以前ならかなりの集中と魔力を要する作業だったが今はそう難しくない。

 刃付けが済むと剣はひと回り大きくなった。長剣としては幅広となったが、手にしても極端に重くなったとは感じられない。


「もうやってるのか? お! もう出来上がってんじゃねえか?」

 チャムが振ろうとしたところへトゥリオがやってくる。湯を使って汗を拭いたのかこざっぱりしており、その後にはフィノとメイネシアも続いてくる。

「ちょうど試し斬り出来るのが来たわね」

「冗談にならねえよ! 滅茶苦茶斬れそうじゃねえかよ!」

「あら、残念。メイネも一緒に鍛錬してたの?」

 麗人は友人に笑い掛ける。

「そうなの。勉強になるわ」

「私もやっと身体が空いてきたから明陽あすは一緒出来ると思う」

 会議室でなければ二人は友人同士で、口調もいつものくだけたものに戻っている。

「ええ、楽しみ」

「ね? この後訓練剣も作ってもらえるから、腕慣らしに付き合ってよね?」

「喜んで」


 チャムが上段から振り下ろすと、前の剣より大きな風切り音が鳴る。剣身そのものが幅広で大きくなった所為もあるだろうが、切り欠きが音を強めているのは明白である。

 振る度に「ヒュッ! ヒュッ!」と鳴く剣が更に迫力を増しているように感じられた。


 振ってみて問題無いのを確認したカイは、楕円錐の鍔元に指を滑らせ属性剣刻印を順番に刻んでいく。その妙技にメイネシアが感嘆する中、刻印内容をカモフラージュする塗料を塗布して固化する。

 完成品に固定化を施して、鞘も作ったら長剣製作は完了。チャムは腰の剣を佩き直すと満足げに抜きの練習をしている。その間に刃潰しの練習剣も作られていた。


 その次に取り出されたのはプレスガンの筺体。

「え、盾も作り直すの?」

「うん。手持ちの装備は全部換えるよ」

「ずいぶんと派手にやる気だな?」

 無言で微笑む青年が、今後の激戦を想定して動いているのだと思わせる。


 別に取り出されたミスリル塊は薄く円盤状に広げられると、球面状に変化する。今度は円盾かと思いきや、肘に当たる部分だけが長く伸び、前腕全てを覆うように形取る。射出口が空けられて、円盾部分には大きく彼らの紋章パーティーエンブレムが刻まれた。

 オリハルコン特殊合金の箔貼りコーティングが為されると、裏返して付属品の組み込みに移る。まずはプレスガンを取り付けると、把手はしゅをガイドにして剣身射出器ブレードドライバーのレールが組み立てられていった。

 一度、脇に置かれた本体とは別に、射出用の剣身作りに入る。今回は以前の剣を流用せずに新作だ。と言うのも、基本は長剣と構造は一緒なのである。芯材に剣身を取り付ける方式。同じ力で振るうのに、こちらだけ強度が足りないでは片手落ちである。

 ただしこちらは複雑な形状はしておらず、幅広の根元からだんだんと幅を狭め、剣先が返し状になった剣身になっている。素材も仄かに赤いオリハルコンの剣身。

 レールに通して円筒コロの滑りを確認した後は留め具と格納用シリコンバンド等を組み付けて剣身射出器ブレードドライバーも完成だ。


「今回もなかなか凶悪な作りじゃねえか?」

 各部に起動線を繋げているカイをトゥリオが茶化す。

「そんなでも無いよ。プレスガンは小型軽量化しただけで従来品と同じ威力。剣身がオリハルコン製なのと、弾箱カートリッジの装弾数が増えているくらい」

「十分、凶悪だろ?」

「弾数増えるのね。助かるわ」

 二十発だったのが三十五発になると聞いて麗人は単純に喜んだ。

「おい、物よりは使い手のほうが凶悪だってのか?」


 余計な一言で尻を蹴られた大男は悲鳴を上げた。

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