猛攻と堅守

 赤毛の美丈夫に渡すのは大剣になるだけ素材の量も多い。属性剣の為に基本素材はチャムと同じくミスリルでも、その量は十分に贅沢と言えるものだ。


「やけに長くねえか?」

 形作られた柄はかなり長い。

「最近は突きも多用しているから、その為だよ」

「よく見てんな」


 以前は攻撃時には大盾を引いてから斬り掛かっていく場面が多かったが、今は盾を掲げたまま相手の隙を見定めて突きを入れる攻撃の割合が増えてきている。そこに着目しているのだ。

 その時には突き込むだけではなく、柄の長さいっぱいまで滑らせて最後のひと伸びまで利用する技巧を用いている。その伸びを大きくするのが柄を長くする目的らしい。


「君は懐も大きいから少しぐらい柄が長くたって振れるでしょ?」

 大男のトゥリオは腕も長くて胸元は広い。柄尻が当たる心配は無いと考えたようだ。

「ああ、構わねえな。ちょっと慣らせば何とでもなるだろ」

「言うようになったじゃない」

 期待に瞳を輝かせる犬耳娘に応えて、そう言えるくらいまでは彼も上達している自覚があるのだろう。


 柄尻は輪になっている。特に意識しなかったが、重量を削りたい意識の表れか?

 鍔はチャムの剣と違って横向きの楕円柱になっている。そこが大きいだけ、ガードは小さめで、溝も一ヶ所しかない。彼にそんな細かい技巧は求めていない。


 構造は当然チャムの長剣と同じで、鍔から芯が伸びる。剣身の素材は結構多めで、芯棒に沿って変形していく。

 鍔元から幅広の剣身は、中ほどまでは一定の幅だが、剣先に向けて円弧を描いて幅広になり、そこからまた外に膨らむ大きな円弧で切っ先を形成する。

 かなり幅広の剣先部分は半円に切り欠きが作られ、手元に向けて一定幅の切り欠きに続いていく。

 芯との接合点が少なめになっているが、肉厚な分だけ強度は落ちない構造になっていた。


「長えな」

 実用大剣としては相当長いほうに分類されるだろう。90メック108cmは有る。

「軽い素材ばかり使って、更に切り欠き入れているから、前の剣よりは軽いかもしれないよ?」

「そうか。じゃあ、刃付けをする前に一遍振ってみてもいいか?」

「そうだね。刃付けの後に問題有りだったら面倒だから、見てみてよ」

 見た目もしかしたら体重くらい有りそうな大剣をカイが軽々と持ち上げるのを見て、メイネシアが息を飲む。

「何を今更驚いてるのよ」

「ですよぅ?」

「でもねぇ……、正直言ってチャムが神使の一族で姫様で今は女王だってのと同じくらい実感が湧かないのよ。戦場での魔闘拳士と普段のカイの差が大き過ぎて」

 あまり組手もした事のない彼女は外見に振り回されているようだ。


 トゥリオが物騒な風切り音を鳴らせてから一つ頷くと刃付けに入る。オリハルコン特殊合金が剣身を縁取ると、ひと際迫力を増したように感じられた。

 鍔に、円を描くように属性剣刻印を施すと、水晶粉入り塗料でカモフラージュする。感覚的に剣を操るところがある彼には、この部分は大きいほうがいい。

 完成した大剣を嬉々として持っていき振り回し始める美丈夫を余所に、鞘と訓練剣を製造しておく。


「こうして簡単に剣を作っていくのを見ていると、武器屋に並んでいる高価な剣の数々が馬鹿らしくなってきそう」

 貴族のメイネシアなら御用商の武器屋が高級品を見繕って邸宅を訪れるだろうに、普通に街を出歩くのを常にしている彼女は、武器類の相場も知っているらしい。

「普通は変形魔法で完成までは持っていけないものよ。粗型まで作ったらあとは職人技に頼るしかないの。この人ほどの高いイメージ力や精密変形を持っているほうが変なの」

「そうよね。変形魔法士が皆これを出来るのなら、今頃は街に武器が溢れているでしょうし」

 変と言われてしょぼくれている黒髪の青年の腕に手を掛けてフォローをするチャムを見ながら、伯爵令嬢は軽く噴く。彼が作り出している物がかなり高額になるだろう事は彼女も重々承知していた。


 次はトゥリオの大盾だが、これは構造が複雑ではないので難しくない。

 以前の盾は強度重視でそれなりに重量のある素材だったが、今回は軽さも考慮して剣と同じくミスリルをベースにして、オリハルコン特殊合金の箔貼りコーティングにする。

 形状もかなりアレンジを加えて、上部は大きな楕円を描き、横に張り出しを作る。そこから括れて下に伸びるが、そこも大きな円弧を作って絞られていく。下方の先端だけ鋭利な突起が作られて、広葉樹であるモノリコの木の葉のような形をしている。

 特筆すべき点は、上部の張り出しのやや内寄りのところに覗き穴となるスリットが設けられているところだろう。斜めに三本走るスリットは、使用者が前面に盾を掲げたままでも、正面の敵手が確認出来るようになっていた。


「おお、面白えな、これ?」

 スリットが出来上がったところで大男が手を叩いて喜ぶ。

「便利でしょ?」

「当然だ。ずいぶん楽になるぜ」

「でも、細剣レイピアくらいなら狙えば突き入れられるから、そのつもりで使いなよ?」

 視界を確保する為に、スリットは多少太い。そこならナイフやダガー、薄刃の剣なら突けるくらいの太さがある。

「そんな馬鹿がいたらすぐにへし折ってやる」

「使い方が分かっているなら良いや」

 カイもにやりと笑い返す。


 そんな意図も有ってのスリットだと分かってくれていればいい。或る意味、誘いの罠なのである。

 普通の大盾に覗き穴が有る物は少ない。敵手の動きは影から覗いて一瞬で頭に入れる。それ以降は下から見える足元と、あとは勘で対処するのが盾士シールダーという役職である。

 そこに大盾の覗き穴からこちらを窺う盾士シールダーがいたとする。攻め手はそれを好機と見做してしまう。そのスリットに剣を差し込んでやれと考えてくれれば思う壺だ。

 基本的に膂力が高い盾士シールダーは、大盾の操作に慣れているので僅かにずらすだけで相手の突きをスリットから外せるだろう。踏み込んできた敵手は、盾士が繰り出すカウンター攻撃の餌食になるだけ。

 或いは先にトゥリオが言ったように、体よく差し入れられたとしても剣を取られるか折られるかのどちらかの憂き目に遭うだろう。


 大盾の少し下寄りには彼らの紋章パーティーエンブレムが刻まれて、中央が突き出たような湾曲した作りになっている。

 裏側には腕通しと、反転刻印がなされた把手はしゅが取り付けられ、下部にも把手のような物が取り付けられた。


「何だそりゃ?」

 使い道が分からず問う。両手持ちするにも中途半端な位置で意味が分からないらしい。

「ステップだよ。普通じゃ受け止められなさそうな時に踏んで、突起を地面に突き刺して使うんだ」

「こいつは至れり尽くせりだぜ。やっぱりお前は良い仕事をするな」

「そう思ったらきっちり使いこなしなさいよ?」

 チャムに発破を掛けられた。

「分かってるって!」


 出来上がったばかりの大盾を掲げて構えると、キラキラした目のフィノに「格好良い!」と言われてポーズを決めている。実に乗せやすい大男である。


「よっし! 新装備が出来たんだから組手やろうぜ、組手!」

 更に浮かれている。

「仕方ないわねえ。付き合うわよ」

「フィノも訓練しますぅ!」


 羨ましそうなメイネシアにも、少し装飾の凝ったミスリル剣を作って贈り物にする。彼女も喜び勇んで組手に加わっていった。

 せっかく汗を拭いたばかりだというのに元気な事である。


「お?」

 作業台を片付けて、エルミとリドと遊び始めたカイはすぐに首根っこを掴まれた。

「あなたも来るの!」

「えー」


 黒髪の青年も組手の輪に引き摺られていくのだった。

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