導かれる局面

 カイ達と分断された、エルフィン隊を率いるチャムはベウフスト軍と合流している。

 猛々しい突進を見せる正規軍中陣に比べ、右翼陣は巧みな押し退きを見せている。隙が有りそうで無い攻め口に、再び戦場を横断するのは困難だと感じていた。


「来たにゃよ、チャム」

 焦りから裏を抜ける事まで考え始めたところで美しき使者が到着する。

「ファルマ、あなた」

「カイが無茶しそうで心配だから行けって言ったにゃ。ちゃんと戦況を見て動かなきゃダメにゃん」

「戦況って言っても、こんな感じで抜くに抜けないのよ」


 彼女の横では司令官であるイグニスが敵方の退きに対して誘い込まれないよう命令を飛ばしている。ベウフスト軍は激しい動きを余儀なくされており、そこへ突っ込んでいって味方の陣容を乱す訳にはいかない。更に先には突出した敵中陣の壁まである。


「違うにゃ。その向こうを見るにゃ」

 斥候猫は南のほうを指差す。

「正規軍の左翼陣はもう苦しいにゃ。無理してまで救援に向かう必要があるかにゃ?」

「あ! じゃあ……」

「カイは左翼を崩したら本陣に向かうにゃよ。横に抜けるよりは縦に抜けるほうが早いにゃー」

 ファルマの言わんとしている事にチャムも思い至る。

「この右翼陣を突き崩すのが一番の近道ね! ならば!」

 彼女の指示を待って待機していたエルフィン隊に長剣で目標を示す。


「突撃!」

「応!」


 短い応えととも緑の旋風が敵右翼陣を揺らがせた。


   ◇      ◇      ◇


「騎馬隊は厳しいな。潰走を装って退かせろ」

 御座馬車の展覧台でディムザは指示を下す。

「っと、伝文は使えないか。旗信号では無理だな。撤退合図を出せば不自然だ。もういい。どうせ崩れる。放っておけ」

「それが良いでしょう」

 彼の無情な決断にもマンバスは賛意を示す。


 ザイエルン、ルポックの両軍は新皇帝の意図を汲んで敵のジャイキュラ軍とベウフスト軍を引き受けた上でエルフィン隊の左翼への帰還を防ぐよう動いている。状況的に細かな用兵は不要であり、副官も決め手となる左翼に意識を置いていた。


「キラベットもよくやる。意外と役者だ」

 カイの指揮する獣人騎鳥兵団の攻撃に、効果的な対策が打てずに消耗を強いられているように欺瞞行動をしているのだ。

「このまま敗退までを演じきってくれれば作戦の第一段階は成功ですな」

「無理せずとも翻弄されているようにも見える。下手な演技など不要かもしれんな」

「口がお悪い」

 囁く副官にディムザは口の端を吊り上げて見せる。


 そうしているうちに騎馬隊は分断され、組織的な行動が敵わなくなり四分五裂していく。再集結からの反撃が困難となれば、一度本陣へと帰投する動きだ。元々無理はしないよう命じてあったので判断は早い。

 カイが率いる騎鳥隊も深追いはしないがそこからの展開が早い。負傷者に一団を作らせて戻すと、残りは加速してキラベット軍へと向かっていく。機動近接戦闘を行っていた二隊も何らかの指令を受け取って一時後退。魔闘拳士を先頭に突出した三騎が高速機動部隊へと合流すると、機動打撃戦隊が両横に付いて鏃の陣形に変化した。


「また厄介な」

 ディムザは腕組みで見つめる。

「少しは持ち堪えられましょう。ここで中途半端に退いたりもしないはずだと見ますが?」

「ああ、キラベットにも矜持があるだろう。動いたぞ」

 横に広く展開する気配。受け止めて押し包むつもりに見える。


 そこへ敵の矢が突き刺さった。


   ◇      ◇      ◇


 分断を企図するかに見えた獣人戦団は、異なる動きに移行する。ハモロ、ゼルガ戦隊は両翼に展開。包囲戦に移ろうとする左翼陣に添うように翼を開いた。

 そのままならば通常は衝突から乱戦に変化していく場合が多いようにゼルガの副官ミルーチは予想する。しかし、彼らの司令官はあの魔闘拳士。数で勝る敵にそんな戦いは挑んでいかない。


「うはっ! 来たよ、坊や! 波打ちの陣だそうよ!」

 カイのハンドサインに彼女は興奮する。

「波打ち!? カイさんは本気で潰しに掛かる気なんですね?」

「みたい。最近の彼は大胆でしびれるわぁ」

「っと、忘れるところだった。戦闘中に坊やは止めてください」

 取って付けたように言うゼルガに失笑する。だんだん諦めの境地に近付いているらしい。


 波打ちの陣は獣人戦団で考案された中でもかなり特殊な部類に入る。それは陣形と言うより戦法と言ったほうが正しいだろう。

 幅広に展開した戦隊前列はそのまま接敵。二列目がセネル鳥せねるちょうの跳躍力を利用して衝突中の両軍前列を飛び越えて後列の敵に襲い掛かる。その頃には一列目も結ぶ相手が決まっているので、三列目は横を擦り抜けて跳躍し更に後列に攻撃を仕掛ける。

 そうして波が陸地を浸食していくように敵中に侵入していく事から波打ちの陣と名付けられた。


 この戦法が怖ろしいのは戦列を無視して侵攻していくところだ。上から叩き付けるような攻撃は威力が高い。敵が形成す前列を無視して兎にも角にも押し潰していく。強引且つ凶悪な陣形だと言えよう。

 無論、欠点もある。幅広く展開して一気に攻め寄るだけに味方の損耗も激しい。味方の士気が低い状態で使用すれば逆に押し返され、陣の厚みの無さから一息に突き崩される危険性を孕んでいる。

 しかし、敵が重装歩兵などで前列を組んでいた場合、一方的に攻め立て壊滅に追い込むのも可能である。ともあれ、セネル鳥の跳躍力と攻撃力に頼った陣形なのは間違いない。


「ほらもう一押し! 踏ん張れー!」

 この時も、突飛な戦法に意表を突かれた左翼陣は歩兵の列が大きく打ち崩されていて、騎兵の列にまで食い込んだ戦列は激戦を繰り広げていた。

「大丈夫か?」

「おお、まだいけるぜ、英明果敢の!」

「続け!」

 戦死者、負傷者を乗り越えて歩を進めるゼルガは難敵と結んでいる兵の救援に入っては撃破していく。そして兵士を引き連れ、更に激戦区へとクスナの嘴を向けさせていた。

「粘ってくれる。それに数も多い。どこまで持つ?」

「心配しなさんな。英明果敢のゼルガの部下にはこれくらいでへこたれる根性無しはいないよ」

 短時間ながらあまりの激戦に部下の消耗を気にするゼルガだが、ミルーチはその背中を押す。指揮官としてこんな泥臭い戦場も乗り越えていって欲しかった。


「退いていく」

 成果を誇るよりは安堵の表れの声を出すゼルガ。

「後退する気ね。でも完全には崩せてない。まだ立て直してくる。彼は何て?」

「深追いは無用らしい。転進の指示だ。本陣のほう」

「わぁお! 今回はどこまでも押していく気だわぁ」

 ここまで強気のカイは珍しいと彼女も思う。

「負傷者、纏めて離脱! 続ける者は来い!」


(坊やまで発奮しちゃって。可愛い。これだけ戦意が漲っていれば大丈夫だろうけど、ちょっと激戦が続き過ぎるかも? 息切れしなきゃいいけど)


 戦場の空気に酔い始めている年若い指揮官の代わりに、ミルーチは部下の状態に気を配った。


   ◇      ◇      ◇


 戦団を纏めさせたカイは本陣へと向けて先頭でパープルを駆る。少し飛び出し気味な彼にも黒と黄色のセネル鳥はしっかりと付いて来てくれていた。


 ずっと戦況を見るだけだった本陣の兵士はいよいよ迫る敵に注目している。と見るや、投擲武器が彼を襲う。薙刀で弾きその場で急停止すると、戦団に向けて停止合図を送る。


「やっぱりここに仕掛けてあったね」

 軽装歩兵を装ってはいるが、その一団は空気が違う。

「居やがったな、夜の会ダブマ・ラナン。だがよ、あいつらにはちっとばかし荷が重いな。俺らで片付けてしまわねえと」

「いや、彼らにはまだ敵がいる」


 後方からは立て直した左翼陣が追撃中。迎撃のハンドサインを送るとハモロ達は躊躇いを見せたが、強調するように繰り返すと反転の指示を飛ばしている。


「さて、行くよ。重強化ブースター


 トゥリオとフィノも腕甲アームガードを撫で上げて魔法陣を起動させた。

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