仕切り直し
移動してきたコウトギ義勇軍に目をやり、アヴィオニスは気付く。まだ戦闘前の筈なのに手傷を負っている者が散見される。聞けば遭遇戦があったのだと言う。
「遭遇戦?」
尋ねる王妃にオーグナが答える。
「私がまだ集結地点に向かっていた頃、早めに到着していた者達が豪奢な馬車列と護衛の集団を見つけたらしい」
「多いの? どのくらい?」
「数十の馬車に、護衛が百数十はいたと聞く。皆が人族で、遭遇地点からするとコウトギ山脈近くを移動していた」
かなり東寄りを移動していた事になる。
「結構多いわね。弱気な貴族が早々に逃げ出したのかしら? あたし達が南下するのを悟って東寄りに針路を取ってたんでしょうね。北に向かった? ナギレヘン連邦に逃げ込む気ね。でも、獣人が後れを取るとか、護衛は腕利きだったのね?」
「ああ、軽武装だった割に手練れだったらしい。しかも発見されたと気付くと躊躇もなく襲ってきたようだ。戦う気など無かった同胞はいきなりの攻撃に対処が遅れたのだろう」
「ずいぶんと神経質になっていたのね。追い込み過ぎよ、カイ」
アヴィオニスは軽笑する。
「それは災難だったわね。魔法士隊を呼んで! 彼らに
「感謝する」
彼女は控える騎士を走らせる。
(感謝されるのも申し訳無いし。二万もの獣人兵とか、うちの攻撃力にどれだけ厚みが増すか。夜にカイに遠話しとかなきゃ)
帝都攻めに向けての戦力の増強は、アヴィオニスの戦術に幅を持たせる。
青年の困った声が頭に浮かんで彼女は吹き出した。
◇ ◇ ◇
【閣下、そちらでの伝文交信が途絶えました。やっぱりこちらの操作に勘づいちゃいましたね?】
ウェズレンの口調には落胆の色が混じる。出番を奪われたように感じているかもしれない。
「遅かれ早かれ気付かれるような仕掛けです。仕方ありません。引き続き中継局としてお願いします。統括的に感じられる情報があれば教えてください」
【お任せください!】
存在意義を認められて嬉しいらしい。
遠話器は単体同士でしか繋がらない。全ての情報が集約されるのは中継局だ。統括の彼女が状況分析の要になる。
【あ、陛下からのお言葉です】
早速機能する。
「チャムから? 何と言ってます?」
【すぐには戻れないと仰ってます。心配無用だそうですよ?】
「ええ、エルフィン隊と一緒ですからね。状況が許せばで構いませんので、戻れたら戻るよう伝えてください」
【お伝えします】
情報局長はチャムと遠話中の局員に声を掛けている。
「チャムは戻れそうにないね」
敵の動きに注意しつつ伝える。
「ファルマ、良かったら彼女の目としてフォローに回ってもらえるかな?」
「任せるにゃよー。行ってくるにゃ」
麗人の視野を補助するとともに、焦りから無茶をさせない為に送り出す。
帝国正規軍先陣と右翼陣は強引な押し出しを見せているが、左翼陣はかなり消耗を強いただけ立て直しが難しいのか動きが遅い。どうも進軍しつつ内部の再編に苦心している風に感じる。ディムザからの命令はともかく前進らしい。
「しゃーねえな。完全に切り離されちまった」
トゥリオも状況を苦々しく見つめている。
「
「あれを食らわせられちゃ敵わねえからな。しかしディムザの野郎、本気で使うとは思わなかったぜ。失望させてくれる」
「いや、阻止されるのを前提に繰り出したみたいだね。現実に仕切り直しになった。それを機に指令を信号旗に切り替えたみたいだ。あの隙に伝令を走らせたのさ」
カイの分析にトゥリオは「やれやれ面倒な事だ」と返す。
「これで攪乱作戦は使えなくなっちゃいましたねぇ」
「旗信号も暗号使ってっから読み取るのは無理だろ?」
二人は方針転換の必要を説く。
「いいさ。信号旗に変えさせただけで指令は簡略化される。これまでみたいな緻密な用兵は無理になったね。ここからは真っ向勝負だよ」
「ハンドサインにあれだけ凝っているお前が言うかよ」
遠目が利くという獣人の特性に合わせて、青年は指の立て方まで交えた複雑なハンドサインを作り出して使用している。それで獣人戦団を運用する彼は、信号旗よりは細やかな用兵を行っていた。
そこからは戦団全体を直接指揮する決断を告げたカイは、ウェズレンとの遠話をフィノに任せる。ハモロ戦隊に位置を移した彼も戦闘に加わるつもりだ。
そこから戦術を一転させる。左翼陣撃破を目指してきた戦団だが、標的を変えて本陣騎馬隊へハモロ戦隊を向ける。
ロイン戦隊を抑えておきたい騎馬隊は激突を嫌う。しかし、ハモロ戦隊も機動戦力であり、狙った獲物を容易に逃がしたりはしない。
遊撃可能となったロイン戦隊は大きく迂回し、騎馬隊の影から突然飛び出すと左翼陣に対して魔法を浴びせる。内部の編成が固まらない状態で奇襲を受けた形となった左翼陣は魔法の弾幕に大きく乱れを見せる。
そして、逆側を迂回したゼルガ戦隊が接触すると切り崩されていってしまう。半数の戦力での乱戦を禁じられていたゼルガは転進を命じ、削り取るように抜ける。
同じくロイン戦隊も魔法を温存してゼルガ戦隊とは反対側に食らいつく。この二つの戦隊は挟撃を繰り返すように相対位置を守って戦場に弧を描いていく。
帝国騎馬隊は抜けようとするロイン隊を追った動きが仇になり、ハモロ隊に横腹を見せてしまう。この辺りに指揮が行き届かない部分が露呈する。
フィノの魔法の連射で防御を剥ぎ取り、大物を数発撃ち込んで乱れたところで激突する。ここは二万対二万の戦い、一気に突き崩しに入った。
突き込まれる大剣を石突の鉤に噛ませて振り落とす。そのまま回転させた刀身で肩口から斜めに薙ぐと、並ぶ兵士が繰り出した槍の穂先を左手で掴む。肘を掛けて木製の柄を折り捨て、顔面の横に手刀を送り込んで吹き飛ばした。
ランスの先を斬り飛ばして、一度引いた柄をしごいて胸の中央に切っ先を突き立て、横様に押し付けられそうになる大盾を
「銀爪の魔人だぁー!」
「これくらいでビビるなら出てくるなー!」
「大将の言う通り! 旦那のお通りでさぁ! 命が惜しけりゃ道開けな!」
「いや、逃げられても困るんだけどね」
威勢よくハモロとオルモウも切り込んでいくが的外れな台詞に青年は突っ込まざるを得ない。
「笑わせんなよ、お前ら。力が抜けちまうだろ?」
「おっと、こりゃ失礼」
そう言う大男も軽口に過ぎず、その剛剣は相手を武器ごと斬り裂くほどの勢いを見せている。
「削りますですぅ!」
「ぶっ放せ!」
土を硬化させた錐が横殴りの雨のように敵兵に襲い掛かり、悲鳴と血飛沫を撒き散らす。
「前進!」
ゼルガ、ロイン戦隊の動きにも目を走らせつつ、銀爪で指して号令を放つ。多少の冗句を交えながらも、いつになく果断な様子を見せるカイに周囲も触発されている。彼の本気度が窺えるのだろう。
「カイさん、報告ですぅ」
黒髪の青年の参戦でいやが上にも高まる戦意に、前掛かりになる獣人達が拓いた場所でフィノが横付けしてきた。ウェズレンからの報告だろう。
「敵先陣と右翼陣は猛攻を見せているのに対し、左翼陣は引き気味ですぅ。少し違和感があると仰ってますぅ」
「そんな感じはするね。あれだけロイン達に攻め立てられているのに消極的だ」
「こちらの騎馬隊の崩れも気にしてなさそうですぅ」
(という事は、そういう意図なのかな?)
前に出過ぎたトゥリオが慌てて戻ってくる様を見ながらカイは推察する。
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