獣人郷の突破口

 その見慣れたようで違う果物は、カイにはバナナに見える。湾曲せず真っ直ぐに伸びてはいるが、黄色い色と言い、房を成している所と言い、バナナそのものにしか見えない。

「マルテ、君はどこでこれを? もしかして買ってきたのかな?」

「違うにゃ。ナーフスはナーフスの木に生ってるにゃ。当たり前にゃ」

 なんでそんな事が解らないのかと言わんばかりにマルテが言ってくるが、知らないものは知らないのでしょうがない。大人しくご教授いただくしかない。

「そのナーフスの木はどこにあるの?」

「密林の中にいっぱい生えている所があるにゃ」

「はい、群生地があるのです」

 ミルムが補足してくれる。その情報はカイが一番欲しかったものだ。

「良いぞ良いぞ。とりあえず、それを一本貰っても良い?」

「もちろんにゃ。その為に持ってきたにゃ」

「あ、でも勝手に持ち出してきているので後で長に叱られてしまいます。今、戻せば少しは…」

 彼女はかなり気が咎めている様子で加えてくる。

「これは大事な事なんだ。レレムには僕が後から謝っておくから」

「仕方ないです…」


 一本、口にしたカイは更に驚かされる結果になる。そのナーフスと呼ばれる果物は原始的なそれではなく、地球でも広く愛されている三倍体のバナナそのものだったからだ。

「理由は思いつかないけど、これは凄い」

「確かに美味いが普通のナーフスだろうが?」

 自身も食べていたトゥリオが言ってくる。

「トゥリオ、君はこれを知っていたんだね?」

「ごく稀に王城に献上品として上がって来る事が有るんだよ。一回だけ食わしてもらったんだ」

「君って人はこれほどのヒントを持っていながら…、まあいい、ごうに戻ろう。大急ぎで」


   ◇      ◇      ◇


 郷に戻ったカイはすぐにレレム宅を訪れる。確認しなければならない事も、相談しなければならない事もいっぱいある。

「どうしたんです、そんなに急いで?」

「レレム、君はこれの事をどういう風に思っているんですか?」

 一本譲ってもらっておいたナーフスを取り出して問う。

「ナーフスですね? マルテですか、持ち出したのは」

「ご、ご褒美にゃ。カイ達が狩りをすごく頑張ってくれたからあげたにゃ」

「そういう判断はレレムがします。これは郷の共有財産なのですよ?」

「そう言ってレレムは誰にもあげないにゃ! きっと一人でこっそり食べてるにゃ!」

「誰がそんな事しますか! これを食べているのは郷の妊婦達だけです」

 皮肉にも話の流れで獣人郷でのナーフスの扱いが解ってしまった。

「レレム、勝手に食べてしまったのは謝ります。マルテの事も大目に見てやってくれませんか? これは大手柄かもしれません」

「良く解りません。カイはこれが何だとおっしゃるんです?」

 カイが急いてしまっているので中々要領を得ない。

「ナーフスについて説明を…」


 ナーフスは獣人郷にとっては貴重な共有財産だと言う。

 密林の中の一部にあるナーフスの群生地は郷毎の秘密である。そこで採れるナーフスは非常に栄養価が高く食料としてかなり重要視されている。だが、栄養価が高いという事は、それを好んで食べるのは獣人だけでなく野生動物や魔獣もそうなのだ。

 獣人達とてナーフスは確保したい。しかし、そこは密林の中であり、危険過ぎてずっと監視している訳にはいかない。なので仕方なく定期的に巡回しては或る程度熟したものから採集してきているのだ。

 そんな方法なので競争率が高く、収量は知れている。だから、ナーフスは十分な栄養を必要とする妊婦に最優先に振り分けられる。それ以外には、稀に多く採れた時か、祝いの席程度にしか出せないというのが実情だ。


「じゃあ、あなた方もナーフスの栄養価が高いのは認識しているんですね?」

「はい、もちろんです。だから少ない量を遣り繰りして妊婦か、後は負傷者くらいにしか回せていません」

「だったら増やしましょう」

「でもナーフスには種がありません。レレムも色々試してみたのです。ナーフスの実をツレ芋のように切り分けて埋めてみても腐るだけでした。葉っぱを持ってきて差しても根付きませんでした。ナーフスの木そのものは大き過ぎて動かせませんし、植え付ける方法も解らないんです」

「確認しないといけませんが、ナーフスには別の増やす方法が有るんです。明陽あすにでも人手を出してもらえませんか?」

 本当はカイも調査・確認といった手順を踏みたがったが、これは急務だ。無駄足にならない事を祈るしかない。


   ◇      ◇      ◇


 本来なら部外者には知らせられないそのナーフスの群生地に、郷の者たちと一緒に四人は着いた。確かに密林の中にあるそこへの道は危険が多く、狩りの折に立ち寄るくらいしか出来そうにない。向かう前にはレレムに他言無用を約束させられた。カイ本人は家業の事もあって、それは十分に理解出来るため快諾する。

 群生地に着くと同時に同行した郷の者達は散って行き、ナーフスの採集に移る。四人のもとに残ったのはレレムと、共に狩りをしたマルテを始めとした五人だけだ。責任を感じているのかもしれない。


「カイがおっしゃったのはどんな方法なんですか?」

「少し待ってくださいね。すぐに確認します」

 カイは根方の周りをグルリと回りながら「それ」を探す。


 道すがらレレムに聞いたのはナーフスの植生だ。

 ナーフスは安定して三~四往4~5ヶ月に一回、花を付け、大体三輪3年ほどの寿命の間ずっと繰り返し実を付け続けるらしい。それでも一度に付ける実は花芽にグルリと付くバナナみたいなそれと同じで、本数的には限度がある。採集で手に入るのはそのごく一部となれば、それはそのまま収量に影響してくるのだ。

 レレムは口惜し気にそう語ってくれた。彼女とて無念なのだろう。


「やっぱり有った…」

 ナーフスの根方から顔を覗かせている緑色の棘みたいな尖りを見つけたカイは思わずガッツポーズをとる。

「掘ろう。手伝って、トゥリオ」

「おう。どうすんだ?」

「この尖りを傷付けないように周りを掘って」

「解った」

 しばらく掘り進むとその姿が露わになる。それはナーフスの木の根元に繋がっていた。

「それで?」

「折り取っていいよ」

 その言葉に極端な反応を示す者達が居る。

「にゃ ──── !! ダメにゃダメにゃ! それはナーフスの子供にゃ! それを取っちゃったら次のナーフスが出て来なくなっちゃうにゃ! もうナーフスが食べられなくなっちゃうにゃー! 嫌にゃ ── !」

「はい、木の芽を折り取れば枯れるだけです」

 マルテはもう半泣きだ。若い獣人達も不安気にしている。レレムでさえ常識に捕われて、その行為に眉を顰めている。

「正解だよ、マルテ。これはナーフスの子供なんだ」

「??」

 自分の言った事の意味が解っていない。

「レレム、勘違いしているみたいですけど、ナーフスは樹木で無くて草なのです。そしてこれはその子株。これが親株に育っていくのであって、樹木のように幹から生える芽ではありません。これ単独でも育つのです」


 ナーフスに似た植生を持つバナナは、この「吸芽」と呼ばれる子株から増えていく。親株の周りに吸芽が幾つも出来、その吸芽が育って親株になりを繰り返して勢力を広げていくのだ。

 だからある程度育った吸芽は親株からの栄養供給無しでも成長していく。つまり吸芽だけ分離させて移動させればそこに新たな株を作れるのだ。


「そんなふうにして育っていく植物が有るんですか?」

 カイの説明に驚いたレレムは信じられないという体だ。

「実はこの増え方は特に珍しい物ではないんです。でも、普通はこの株分け以外にも、きちんと種を付けるものなんですよ。ただ、このナーフスはちょっと特別で、これ以外の増やし方がないんです」

「何か特殊な植物なのでしょうか?」

「ええ、そう思ってくださって構いません」

 カイも正直、なぜ種を付けない三倍体だけが群生しているか理由が解らない。繁殖に不利な突然変異が生き残れる何らかの条件が有ったのかもしれないが、彼にも全く想像が付かない。

「ともあれこれで移動と植え付けが可能と分かったので、皆で集めてもらえません?」

「はい、すぐに!」


 レレムは郷の者を集めて、先ほど掘り出した吸芽を示し、掘り出して集めるよう指示を出す。カイも補足として40メック50cmくらいを目途に、それ以上の大きさの物が適していると伝える。既に葉が出ていても構わないが、育ち過ぎた物は移動に向かないし、大きな物は出来るだけ根を傷付けないようにお願いする。

 ある程度作業が進むとレレムは人員を分けて他の群生地に向かわせ、吸芽の収集に励んだ。このだけでも相当数の吸芽の確保に成功する。


   ◇      ◇      ◇


 翌朝、前陽前日に回れなかった群生地での吸芽収集を男衆に指示して荷車と共に送り出したレレムは、郷の北側に残りの者全てを駆り出す。結構な数の獣人達を前にカイは宣言する。


「さあ、ナーフス園を作りましょう」

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